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第九話 海棠 愁

「ねぇ夕華っ、星が綺麗だねぇっ!」

「そうだね」

 時刻は夜の九時前。

 私と彩音は宿屋の部屋から、蝋燭を消して窓の外を見ていた。

 東京の空とは比べ物にならないほどの星の光が、私と彩音を照らしている。

「こんなに空が綺麗だなんて……! 健太郎君もこの空、見てるかなぁ。私も一緒に見たいなぁ」

 不意に、そんなことを彩音が言う。

 好きな人と、二人、満天の星空の下で語り合う。そんなことが出来たらとても素敵なことだ。

 ――そう、好きな人が居れば、だ。

「すぐ近くにいるんだから、いつでも一緒に見れるでしょ」

 辛辣な言葉が出てしまったので、私は自分で自分に驚いた。

 確かに、彩音はいつでも健太郎君を誘って星空を見れる。

 だけど私は……。

 私の好きな人は、遠くに行ってしまっている。

 誘いたくても、誘えない。

「あっ、ご、ごめ」

 彩音を困らせてしまった。

 ロマンチックな気分に浸ってそんなことを呟いたがために、私を傷つけたなどと思わせてしまったかもしれない。

「気にしないで、私こそごめん。――ちょっと夜風にあたって来るね」

 決まりが悪くなった私は、彩音の方を見ずに、早足でその部屋を立ち去った。




 正直なところ、あんな出方をするつもりじゃなかった。

 彩音には軽く、センチメンタルになった感じで軽く出ていくフリをするつもりだった。

「あ~あ、やっちゃったな……」

 あれでは明日、どんな顔をして彩音と接すればいいのか。

 私にはわからない。

 考えがまとまらないからだ。

 色んなことがごちゃまぜになったから、ではない。

 確かに、彩音との関係は大事だ。

 これから捕まえに行くエルドレッドの事も、もちろん大事だ。


 だが、今、私はそれよりもっと、もっと大切な人の事で頭が一杯なのだ。

 それは、私が物心ついた時からずっと、私の頭を占拠している、一人の男。


 とめどなく溢れてくるのは、愁への想い。


 トラックに轢かれ、命を失った幼馴染。


 彼とは隣の家で、しかも、私の部屋と彼の部屋はベランダから行き来できるほど近かった。

 休みの日は、互いの家に遊びに行ったりもしていた。

 しかし、テスト勉強中とか、深夜とか、外出する宛てもないときがある。

 そんな時、決まって彼は私のところへ来た。

 ノックは、七回。

 トトン、トン、トトン、トン、トン。

 その音が、今は酷く懐かしい。

 独特の、彼のリズムだった。

 私と彼の、秘密の合図。

 けれど、あの音を聞くことはもうないだろう。

 彼のあの声を聴くことも、もうないだろう。

 朗らかで、快活で、そんな人。

 たまにドジをやらかして、私に怒られちゃったりするけれど、決まって愁はこう言っていたっけ。

 『許せユーカ! 将来はお前の婿になってやるから、許してくれ!』って。

 本当に何様だ、って感じだった。

 でも、嬉しく思う私も居て――。

「ねぇ、愁。今、貴方はどこにいるの?」

 私の掠れた涙声は、潮風に紛れて消えていく。

「ねぇ、愁。もう一度、もう一度だけでいいから……」

 ――会いたい。

 できることなら、将来を誓い合って、共に生きていきたかった。

 私の恋の相手は、絶対に彼だけだと思ってた。

 でも、違った。

 この異世界の使命だって、愁がいればきっと楽しかっただろう。

 冗談を言ったりして、私を怒らせたり、笑わせたり。

 今よりきっと、私は感情豊かになれただろう。

「っ……ぅ」

 涙が次々と零れ落ちる。

 あれからもう一か月も経っているというのに、私の心はあの日のまま立ち止まっている。

 神様が生き返らせてくれる、って言っていたけど、映画なんかじゃああいうのは欠陥があるものなのだ。心がなかったり、他の人には見えなかったり。

 そんな不安要素で私の心はいっぱいだ。


 ――だけど。


 進むしかない。


 今は神様と名乗るあの人だけが、愁への道を示してくれているのだから。

 そう思うと、僅かに、止まっていた足が動き出す。


 全部、愁の為に。


 私は、愁にすべてを捧げても構わないのだから。




「おぉ、来られましたな、アマツキ殿」

「遅くなってしまってすみません。彩音が放してくれなくて……」

 私がウミネコ亭の付近に到着した時、もうすでに団長さんや他の騎士団の人が集まっていた。

 みんな、エルドレッドを捕まえるために来ているのだ。

「さぁ、中ではエルドレッドが仲間を募集するため、面談をしているようですぞ……。アマツキ殿は風を操る術でエルドレッドを封じ込めておいてくだされ。他の乗組員たちは我々が捕縛します」

「は、はい、分かりました」

 もう、愁の事を考えていたら動けなくなる。

 今、ほんのこの時だけ、彼の事を忘れよう。

 エルドレッドを捕まえたら、部屋の布団をかぶって大泣きするんだ。

「準備は良いな――かかれぇぇぇぇええええええ!!」

 団長さんが一息に号令をかけ、ウミネコ亭のドアを蹴破った。

 他の騎士団の人がどっと内部に流れ込む。

 私もその流れに乗って団長さんに続いた。

「な、なんだ!?」

「紅血騎士団だ!! 頭を守れぇえええ!!」

 海賊たちの雄叫びが聞こえる。

 怒声、罵声、剣を抜き放つ音、発砲する音。

 いろいろな音がごちゃまぜだ。

「あれがエルドレッドだ!! アマツキ殿、早く!」

 若い騎士団員の一人が、映画に出てくる海賊そのもの……おっさんというより、若々しい青年という言葉がぴったりの男性を指さした。

 あれが――エルドレッド。

 一瞬、彼が私の方を向いた。

 するとなぜだろうか。かなり驚いたような表情を彼はしたのだ。

 明らかに、私を見て驚いた表情だった。

 騎士団が流れ込んできたから驚いたふうではなかった。

 なぜだろうか、などと考えている暇なんてない。

 今にも彼は三階の窓を蹴破ろうとしているではないか。

 早く、捕まえなくてはいけない。

 私は一息に床を蹴り、尋常ではない脚力で吹き抜けになっている三階の手すりに着地する。

 すなわち、彼の真後ろだ。

 ガツン、と私の革の靴が木の手すりにあたり、豪快な音を立てる。

「なんだ? ――っ」

 私の方をチラっと見て、彼は一瞬、嗤ったように見えた。

 だが、私にはそんなこと関係がない。今捕まえなければ、私が呼ばれた意味がないだろうから。

 本能的に、私は彼を腕で捕まえようとしてしまった。能力があるから、能力を使えばよかったのに。

 その一瞬が命取りだった。

 彼は私の腕をヒョイと危なげなく躱し、豪快な音を立てながら勢いよく、彼は窓から――飛び降りた。

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