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顔なし令嬢の初恋

ジョセフィーネ視点です

 私は美しい。

 美人と評判の母と美丈夫として名高い父との間に生まれた私は、当然の如く美しい。

 私が微笑めば春のように辺りが華やぎ、私が悲しそうに俯けばまるで雪がそよそよと降っているかのごとく幻想的に。

 誰もが私の美しさを称え、私は自分が誰よりも美しいのだと自負していた。

 そう、アイツに出逢うまでは。


 その日は父に連れられ、初めて王宮を訪れた。初めて見る王宮はとても華やかで、なんて私に相応しい場所なのかしら、と思いながら王宮の中を歩いた。

 父に連れられるがままたどり着いたのは王宮のとある一室。そこで私の未来の夫となるラウール殿下とお会いすることになっていた。

 ラウール殿下はとても美しい容姿をなさっていると聞いた。どんな方なのかしらと期待を胸に、ラウール殿下がお見えになるのを待った。

 そして現れたラウール殿下は、私の目から見ても十分美しい容姿をされていた。

 サラサラの珍しいアッシュブロンドに、大きな青紫色の瞳。私と2歳しか違わないとは思えないほどとても落ち着いた雰囲気。私は生まれて初めて、人に見惚れた。

 この人が私の未来の旦那様―――

 そう考えると、知らずと胸が高鳴る。

 私は覚えたばかりの淑女の礼をして、ラウール殿下に挨拶をした。我ながらうまく出来たと思う。

 お父様も微笑ましい目で私を見ていることから、尚更私はちゃんとできたと自信が持てた。

 なのに、アイツはあろうことか、この美しい私に対してこう言い放ったのである。


『……不細工だな』


 この一言に、部屋の空気が凍り付いた。

 私は何を言われたのか、すぐには理解できなかった。やがてゆっくりと頭が回り出し、言われたことの意味を理解すると、頭にカアっと血が上るのを感じた。

 生まれて初めて見惚れた相手に、一瞬だけでも憧れを抱いた相手に、不細工だと言われたこの屈辱。

 ―――赦せない…!


『このわたくしが、ぶさいくですって…?』

『ジョセフィーネ、落ち着いて…』

『おとうさまはだまっていて!』


 私は短気だ。すぐ頭に血が上ってしまう。この時も、私のその短気さがいかんなく発揮された。

 私はあろうことか、ラウール殿下を指さし、仁王立ちをしてこう叫んだのだ。


『みていなさい! ぜったい、あなたにきれいっていわれるくらいびじんになってみせるわ! それまでくびをあらってまっていなさい!』


 今なら殿下になんてことを、と顔を青ざめたくなるようなことを言っていた。あの頃は、若かった。若さゆえの過ちだった。

 だけど、私は今も昔もそうラウール殿下に宣言したことを後悔はしていない。

 いつか絶対、殿下に綺麗だと、私以上に綺麗な者などいないと言わせてやるのだ。

 その目標は、今も昔も変わらない。



 自身の美貌を磨き、次期王妃となるべく教育を受け、己を磨く日々。

 毎日がとても目が回りそうなほど忙しかった。だからこそ、息抜きがしたい。

 きっと私と同じ体験をすれば誰しもそう思うだろう。だから、私は息抜きにこっそりと屋敷を抜け出すことにした。

 警備の抜け目をくぐり、密かに用意した市井の者が着る服を着て、ちょっとしたお小遣いを持って街を探索する。

 いつもつけている仮面は外し、今はただの“フィーネ”として街をぶらぶらとする。街の人は皆優しく、私が困っているとすぐに声を掛けて助けてくれる。

 街にあるものはどれも物珍しく、夢中になって歩き回っていれば、気づいたら知らない場所にたどり着いていた。

 ここはどこかしら、と周囲に気を取られていたため前方の注意が不足していた。

 どん、と何かにぶつかり、私は小さく悲鳴をあげて倒れ込む。

 だけど訪れるだろう痛みはなく、何かに支えられるような感覚に、思わず閉じていた目を開ける。

 そこにはとても整った容姿の、黒い髪に青紫色の瞳の青年が申し訳なさそうな顔をして私を見ていた。


「…ごめん! 大丈夫? 怪我はない?」

「え、ええ…お蔭様で」


 私が辛うじてそう答えると、青年は心からほっとしたような表情を浮かべ、そしてすぐに「君に怪我がなくて良かった」と笑顔になった。

 私はその笑顔に、胸に何かが突き刺さるような、そんな音が聞こえた。顔に熱が集まり、どくんどくんとやけに大きく響く鼓動。

 固まってしまった私を、青年は心配そうに見つめる。

 きれいな青紫色の瞳に私しか映っていないことに、私は喜びを感じた。


「…どうかした? やっぱりどこか痛いとか?」

「…いいえ。どこも痛くないわ。それよりも、私を助けてくれたお礼がしたいの」

「お礼なんて…たいしたことをしたわけでもないし…」

「私の気が済まないの。お願い、お礼をさせて?」

「うーん…まあ、そこまで言うなら。お礼をしてもらおうかな」

「ええ、そうして! 私はフィーネ。あなたの名前は?」

「俺? 俺の名は…ランディ」

「そうランディ…ランディと言うのね…」


(なんて素敵な名前なの…! きっと彼こそが私の運命の王子様なのだわ…!)


 思わずうっとりとした目でランディを見つめる。

 ランディはただ不思議そうに私を見つめる。

 ああ、私のこの美しさに惑わされないところも素敵…!


 これが、私の初恋の始まりだった。




 ランディは、とても素敵な人だった。

 笑顔は爽やかだし、優しくて紳士だし、話を聞くのが上手で、女性の褒め方も上手。

 服装は私とそう変わらないけれど、しぐさに気品を感じるから、もしかしたら彼も私と同じ貴族の子息なのかもしれない。

 あまり社交に出ないため、貴族の子息の顔はあまりわからないのが残念でならない。ランディがいるなら、積極的に参加するべきだった。そんな後悔を抱えつつも、こうして街でランディと逢うのが楽しいから、まあいいか、と思ってしまう。

 ランディとの約束の日が待ち遠しくて、指折り数えてしまう。約束の日になれば約束の時間が待ち遠しくてそわそわしてしまい、ニーナに怪訝そうに見られしまった。

 危ない、危ない。ランディとのことは内緒なのだ。ニーナにだってバレるわけにはいかない。

 そもそもお忍びで街へ出ていると知られたら、特大の雷を落とされてしまう。それだけは勘弁願いたい。


 その日もいつも通りにランディと逢って、いつも通りにお喋りをして楽しんで、夕方前には別れて家に戻る。

 ランディは自分の事をあまり話してくれない。私がいつも一方的にしゃべっているだけ。時々、私ばかりしゃべっていて、ランディが呆れているのではないか、と不安になってランディに問いかけると「呆れるなんて、そんなまさか! フィーネの話を聞くのは楽しくて好きだよ」と言ってくれた。


(―――好きですって! きゃあ!)


 いや、わかっている。私の話を聞くのが好きなのであって、私の事が好きだと言っているわけではないと。

 だけど好きな人に「好き」と言われて喜ばない乙女がいるだろうか。いやいない。それがたとえどんな意味でも、好きだと言われて嬉しくないわけがないのだ。


 るんるん気分でこっそりと窓から部屋に戻り、窓を閉めて振り向くと、部屋の中にはにっこりと笑顔を浮かべたニーナが立っていた。

 あ、まずい。

 そう思っても後の祭り。逃げようとした私の腕をがっしりとニーナは掴み、笑顔のまま私に話しかける。


「お帰りなさいませ、お嬢様。とても楽しく過ごされたようですね?」

「…た、ただいま、ニーナ…」

「確かお嬢様は眩暈がすると、そう言ってお部屋でお休みになられていたと私の記憶ではあるのですが…おかしいですね? それに、先ほどと今のお嬢様のご衣装が違うような気がするのは私の気のせいなのでしょうか?」

「ああ、あの、これはその…」

「お嬢様」

「は、はいっ!」

「―――詳しく、お話を聞かせて頂きましょうか?」


 そう言ってとびっきりの笑顔を浮かべたニーナに歯向かうことはできない私は、渋々と今日の事だけを話そうと思っていたのに、結局初めて屋敷を抜け出したことをから話すはめになった。



「…なるほど。お嬢様に言いたいことは山ほどありますが、まあそれは今は置いておきましょう」

「ほっ…」

「今は、ですからね?」

「は、はい…わかっています…」


 しゅんとして私が頷くと、ニーナはため息をついた。


「…お嬢様、その…ランディでしたか。そのランディという方に恋をされているのですか?」

「まあ…やだ、ニーナ。そんなにはっきり言わないで。恥ずかしいわ…」

「恋をされているのですね」

「見つけたのよ、わたくしの運命の王子様を…! ランディこそがわたくしの運命の王子様に違いないわ!」

「左様ですか。それはよろしゅうございました」

「…反対しないの?」

「反対したらしたで、お嬢様は勝手に燃え上がるでしょう。ですから、敢えて反対は致しません」

「さすがニーナね。わたくしのことをよくわかっているじゃない」

「…お褒めの言葉ありがとうございます。ですが、お嬢様。次から街に出る時は私も連れていってくださいませ。お嬢様お一人で街へ出るのは危険すぎます」

「…街へ出ることは反対しないのね」

「反対してもお嬢様は私の言うことを聞かずに一人で街へ出てしまうでしょう。ならば私と一緒に街へ出かける方が私の心労が減ります。ご安心ください。お嬢様のデートを邪魔するつもりはありませんので」

「…そう。まあ、デートの邪魔をしないならそれでいいわ」


 私は自分に折り合いをつけ、納得する。

 邪魔をしないとはいえ、ニーナは私のすぐ近くに待機をするのだろう。ちょっと嫌だけど、まあ仕方ない。それでニーナの気が済むならそうしてあげよう。

 ランディに逢えるなら、なんでもいい。


 私の頭の中から、宿敵であり婚約者であるラウール殿下のことはすっかりと抜け落ちていた。

 それくらい、私はこの初恋に浮かれていたのである。



 そんな私をニーナが同情した眼差しで見つめていたことに私は気づかなかった。

 早い段階でおかしいな、と気づくべきだったのに。

 なぜニーナが私のことを諫めることなくランディのことを承認したのか。普通に考えれば婚約者のいる身で、どこの馬の骨とも知らない者に主が現を抜かしているとあらば諫めるのが普通だ。

 なのに、ニーナは諫めなかった。

 それが何を意味するのか、その時の私は知る由もなかった。

 知っていれば、後悔しなかったのに。






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