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とある侍女の独り言2

「お嬢様は、いつになったらその仮面を外されるのですか?」


 私はある日、前から聞きたくて知りたかったことをお嬢様に尋ねる機会に恵まれました。

 お嬢様は私を見つめ、「そうねえ」と考え込むようにして頬に手を当て、しばらくどこかを眺めました。

 やがて考えがまとまったのか、私の方を見てにっこりと笑っておっしゃったのです。


「女は20の半ばからより一層魅力的になるそうよ。それまでは外さないわ」

「…お嬢様、その前に殿下とご結婚されているのでは。まさか、殿下との婚礼の時も仮面をつけたままでいるおつもりですか?」

「そのまさか、よ。わたくしは殿下をぎゃふんと言わせたいの。一番美しいわたくしを見せて、『申し訳ありませんでした。ジョセフィーネ様が世界で一番美しいです』と謝らせたいのよ」


 お嬢様はその場面を想像したのか、ふふ、と楽しそうに笑みを零しました。

 そんなことを殿下がおっしゃるとはとても思えませんが…。お嬢様は夢見がちなところもございますので。…それに少しだけ、妄想癖もあるのです。

 お嬢様は昔から、『あんな失礼な奴じゃなくて、もっと素敵なわたくしだけの王子様がわたくしを迎えに来てくださるのよ』と夢物語をうっとりと語ることが多々ありました。

 殿下のことに関しても、それと同じなのでございましょう。

 きちんと現実をみてくださいませ、お嬢様。何度そう告げてもお嬢様は夢物語を夢見続けるのです。困ったお嬢様。だけど、そこもお嬢様の可愛らしいところなのですが。



 そんなお嬢様ですが、最近様子がおかしいのです。

 ある時はどこかを見つめぼんやりとし、ある時はそわそわと落ち着かない様子で部屋の中を行き来したり、1人で赤面して「きゃあ!」と騒いでみたり…。

 なにか、変な病にも罹ってしまったのでしょうか。とても心配です。

 ですが、お嬢様に問いかけても「なんでもないの」の一点張りで、私に教えてくださらないのです。

 本当に、お嬢様はどうしてしまわれたのでしょうか…。


 ある日、私は庭の隅に出て探し物をしておりました。

 母から貰った大切なブローチを落としてしまったのです。

 庭を通る前までは確かにあったので、庭を通った時に落としてしまったのだと思うのですが…。

 私が必死に庭を探して花壇の手前に落ちていたブローチを発見し、ほっとしました。

 大切なものだったのです。これは母の形見の品ですので。

 決して高価なものではありません。けれど、母はこのブローチを大切にしておりました。

 これは私が母から受け継いだものです。私は母の代わりにこのブローチを大切にしなければならないのです。


 私は少し汚れてしまったブローチをハンカチで丁寧に磨き、今度こそは無くさないようにとポケットの奥にブローチをしまって顔を上げた時、何やらそわそわした様子で屋敷から抜け出そうとしている人物を発見致しました。

 誰かしら、と思い、よくその人物を観察すると、その人物はなんと、お嬢様ではありませんか!

 私は驚き、思わずお嬢様に声を掛けようかと思いましたが、お嬢様はなにやら人目を避けている様子。これはなにかある、と私の勘が告げました。

 お嬢様は注意深く周りを見て、そしてそっと屋敷から抜け出し街の方へ走って行きました。

 私はこっそりとお嬢様の跡をつけることを即決し、お嬢様の跡を追いました。


 お嬢様はいつもの豪華なドレスではなく、少し仕立ての良いワンピースを着ておりました。

 お金持ちの商家のお嬢さん、というような感じでしょうか。貴族だとはわからないようにしているつもりなのでしょうが、お嬢様は幼い頃から伯爵令嬢として、そして未来の王太子妃としての所作を叩きこまれていますので、育ちの良さは服装だけでは隠せません。

 それに、なんと、お嬢様は仮面を外しておられるのです。仮面を外したお嬢様は女神と見間違うほどに美しいのです。そんな美しいお嬢様が一人で街へ。それもこれが初めてではない様子。

 なんということでしょう。よく今まで暴漢に襲われずに済んだものです。お嬢様ほどの美貌の持ち主ならばあっと言う間に男どもの囲まれてもおかしくはないのに。

 いえ、お嬢様が美しすぎて逆に手が出せなかったのでしょうか。とにかく今までお嬢様が無事でいたことを神に感謝せねばなりません。


 お嬢様は迷いのない足取りで街の中を歩きます。周りはぼうっとお嬢様を見つめていますが、お嬢様は気にされていないご様子です。さすがお嬢様です。

 お嬢様は街の中心にある噴水の前にたどり着くと、急にそわそわと身だしなみを気にし始めました。そしてきょろきょろと忙しなく辺りを見ています。

 なんなのでしょう。誰かと待ち合わせでもしているのでしょうか。

 ま、まさか。お嬢様の美貌かまたは財産を狙っている悪人どもに騙されているのでは…?

 お嬢様は箱入り娘です。ご家族と殿下以外の殿方とはあまり接したことがないのです。

 そんなお嬢様ですから、少し見目の良い者を用意し、甘い言葉を囁けばホイホイと騙されてしまうのではないでしょうか。

 なんていうことでしょうか。私の大切なお嬢様を騙すなんて、万死に…。


「ニーナ? こんなところでなにをしているんだ?」


 私が昏い考えに染まり始めた時、背後から聞き慣れた声がして、はっと目が覚めました。

 そして背後を振り向けば、不思議そうに私の顔を見つめる兄の姿があったのです。


「兄さんこそ、どうしてこんなところに…?」

「あー。俺にも色々事情があってだな…」


 兄は頭をぽりぽりと掻いて困った顔をしました。

 色々な事情とはなんなのか気になりますが、それよりもお嬢様です。兄に構っている暇など私にはないのです。

 私は兄を放置してお嬢様の様子を見つめることにしました。

 兄は私の視線の先を辿ったようで、「あっ」と小さく叫びました。私は兄を睨み「静かに!」と言ったあと、すぐお嬢様に視線を戻しました。

 その時、お嬢様がパアっと顔を輝かせてある方向を見たのです。

 私と兄も一斉にそちらを見つめました。

 お嬢様が見つめた先に居たのは、黒髪の若い青年でした。年は私とそう変わらないように見えますが、遠目で見ただけですのでなんとも言えません。

 その青年はお嬢様に軽く手を振り、お嬢様に近づいてなにやらお嬢様と楽しそうに話をし始めました。

 少し頬を染め、青年を見つめるお嬢様。その顔はまるで恋する乙女のようでございました。


 えっ。恋……!?


「……まじかよ…」


 兄が呆然としたようにお嬢様たちを見つめ呟きました。

 …そうでした。兄はお嬢様の信者でした。お嬢様が恋をされたと知って、とてもショックを受けたに違いありません。きっとその衝撃は私以上のものでしょう。

 私は兄を慰めようと、兄に話しかけることにしました。


「兄さん。その…なんて言ったらいいか…」

「まじかよ、信じらんねえ…。おい、ニーナ。あの黒い髪の男、誰だかわかるか?」

「え?」


 私は兄に言われたことがよくわからず、思わずぽかん、とした顔を浮かべてしまいました。

 兄はそんな私を気にしたことなく、じっとお嬢様たちの方を見つめてとんでもないことを言い出したのです。


「あそこにいるのな…殿下なんだよ」

「は? 殿下…?」

「ああ。我らが王太子、ラウール殿下だ」

「ちょっと待ってよ兄さん。殿下は確かアッシュブロンドだったじゃない…あんな黒い髪じゃ…」

「染粉を使ったんだろうよ。最近殿下が王宮を抜け出してるような気配があってな、ちょっとつけてみたら案の定だ。街の可愛い子と逢引でもしてんのかと思ったが、その相手がジョセフィーネ様だとは…」

「…まさか、殿下はお嬢様と逢うために…?」

「…みたいだな。まあ、殿下があそこにいるのが自分の婚約者だと気づいているかどうかは知らないが…10年前に一回見たきりじゃあ、顔なんて覚えてないだろうと俺は思うけどな」

「…じゃあ、もしかして、殿下とお嬢様は…」

「ああ。お互いが自分の婚約者だとは知らずに、逢っているんじゃねえか?」

「…なんてことなの…」


 私は兄の言葉に頭を抱えたくなりました。

 お嬢様は明らかにあの黒髪の青年――殿下に恋をされているようです。

 だけど、その恋の相手の正体が敵だとも思っているラウール殿下だとは夢にも思っていないでしょう。

 恨んでいる殿下に恋をしてしまったお嬢様。その事実を知ったとき、お嬢様はどんな反応をされるのでしょうか。


「…なんてすれ違っているの、あのお二人は…」

「激しく同感だな」


 すれ違っているお二人に眩暈を覚えました。

 お嬢様と殿下の恋はこれからどうなるのでしょうか。

 私にできることはこっそりとお二人をサポートし、お二人の恋が上手くいくように祈るだけです。

 ですが、ひとつだけ。ひとつだけ言わせて頂いてもよろしいでしょうか。


 なんて面倒くさいお二人なのかしら、と。






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