ガンマ01 転生。
俺は草原の中に伏せていた。目の前には鬱蒼とした草木。日向の丘の上。ここはどこだ? 国語の授業中だったはずで、俺は退屈だった。窓際じゃないから景色は見れないし、時計の秒針はチクタクチクタク繰り返し。意識が途切れたことを思い出して俺は心底驚いた。意識不明で机に突っ伏したはずの俺が目覚めたら草原の中で伏せている。顔は地面にぴったり、背の高い雑草の中に身を伏せて一体何をやっているやら。そもそもここはどこだ――と顔をあげようとしたとき、俺は異変に気付いたわけだ。
顔だけが妙に高く伸びる。肩や腕、胸に腹、普通、顔をあげようとすればそこらへんの筋肉も一緒に動くはずだろ。つまり筋肉の動きってやつを感じるだろ? なるほどな、わかるわけはないか。そりゃそうさ。身体の構造に異変を感じるなんて感覚がそう簡単にわかってたまるかって話だな。たとえば事故で腕を失ったやつがいたとする。これはどっかで読んだ話だから本当かどうかはわからないけど、つまりそいつは身体のバランスがうまくとれなくなるってことらしい。人間ってのは無意識にも両腕を使ってバランスをとってる生き物なんだよ。だから突然腕がなくなるとそのバランス感覚ってやつがなくなって、おっとっとって身体がよろける。本当かどうかは知らないさ。でもそういうことってあるだろ? 生まれてからずっと使いつづけてる身体に少しでも異変があればすぐにわかることだって。俺の場合は少しどころじゃなかったわけだが、つまり雑草から顔をあげた俺は顔だけじゃなくて首や胸の筋肉まで動かして、それでいて腕や足、腰の筋肉はそのままに、何ていうか背筋と顔が同じ筋肉なんだよな――って思わず下を見た瞬間、俺の頭脳はフリーズ状態になった。画面停止だ。操作不能。わかるか? 解析不能の意味不明、理解不能な現実だ。いやこれは現実じゃない。麻薬か麻酔か、違法ドラッグか何だか知らないが、とにかく幻想だって、そう思いたかった――けどな、やっぱり現実なんだよ。この感覚がリアルすぎるから、俺の頭脳は結局、「これは現実です」って判断を下したわけだ。本当によくできてるよ人間の頭脳ってのはさ!
俺は悲鳴をあげた。
「ヒヒヒィーン!」てな。
わかるだろ? 馬のいななきだよ。その声は。
下を見た俺は五本の指が生える手じゃなくて、頑丈な蹄を持つ馬の脚を見たってわけだ。その瞬間、火薬が炸裂して風を切る音を聞いた。ハリウッド中毒じゃなくてもわかることだ。銃弾だよ。
勢いよく飛び上がると雑草の中を走った。それがまたすげー速さ。当然だろ俺は馬なんだから。馬だけに馬鹿らしいことだけど、俺の頭脳は「これは現実です」って判断してるんだから逆らえないよな。銃弾は丘を駆ける俺を狙ってやがる。後ろをチラ見すると数人の男たちが迷彩模様みたいな服を着て銃を構えてるんだから恐怖をすっ飛ばして感動したよ。
こういうことってあるわけだ。「これは現実です」だもんな。よくあるだろ? 漫画、小説、映画、アニメ、民話に神話におとぎ話、ライトノベルにテレビゲーム、つまり、俺は転生したんだ! よりにもよって馬にさ!
「これは現実です」
わかったよ! ああ頭脳よ、今はそんなこと言ってないで逃げることだけを考えてくれ!
そして俺は馬のまま丘を越えて森を抜け、すっかり暗くなった山奥へ逃げ込んだ。深い闇、木々の枝の隙間から見えるのは満月と黒く不気味な雲の流れ――。
ファンタジー世界、異世界の夜。どうでもいいさ。どうすんだ! 馬の身体でどこまでいける? 一生馬のままか? 頼む幻想であってくれ――「これは現実――わかったよ! そのときだ、
「ガンマ! ガンマだな!」
と叫ぶ声。
闇に灯。松明を持った一人の男が近づいてきて俺の背をなでた。
「ガンマ! 探したぞ! 探しまくったぞ!」
顔を見ると凛々しい青年。迷彩模様みたいなボロボロの服に狩猟用ナイフ、背中には槍。ふざけるなどこの猟師マニアだ――ってマジの猟師だった。彼は俺を小屋まで連れていって馬屋にとめた。用水桶の水をかけて全身を洗い、お手製の櫛で毛並みを整えてくれて、俺はすっかり上等な馬になったわけだ。
「ガンマ、お前どこに行ってたんだ。このあたりにはアウトライダーがうようよしてるんだ。やつらは軍馬調達のために野生馬を仕留めてる。麻酔弾で撃たれれば、さすがのお前もおねんねだぞ。そうなりゃ、戦場行きだ。気を付けろよな。相棒」
と彼は笑った。いいやつだ。信頼できるタイプの男――って俺は馬だった。返事さえできない。だから代わりに「ヒヒヒィーン」と啼いてやった。
「相棒、今夜は眠りな」