青い鳥への贖罪 第7話
2016/3/4 誤字脱字訂正
「紗代……もう、あなたがいなくなってから結構時間が経つっていうのに、まだこんなにも私は――」
紗代の名が掘られた墓の前にそっと花束を置きながら、私は何度目かになる紗代の墓参りをする。
「ねぇ、紗代……私まだ生きてるの。不思議ね……本当はあなたが死んだと分かった時、私も死のうと思っていたのに――なのに、あの人が私を死なせてくれなかったの。だから私は――」
その時、不意に人の気配を感じ、私は咄嗟に後ろを振り向いた。突然の強い風に、長くなった自身の黒髪が舞う。
「……お久しぶりです。真紀さん」
出来過ぎた偶然の出会い――いや、もしかしたら必然だったのかもしれない。
「久しぶり――樋山君」
「はい。その……お元気そうで良かったです」
「ええ。あなたも」
樋山は私と同じように持ってきた花束を紗代の墓の前へと置いた。
「やっぱり、あなただったのね」
私が紗代の墓参りに来ると、いつも先に花束があった。なんとなく、樋山なのではないかと思ってはいたが、確証はなかった。
「今回は真紀さんに先を越されちゃいましたね」
樋山は苦笑しながら紗代の墓に手を合わせた。
「ありがとう」
私はそっと、か細い声でお礼を言った。
(紗代を忘れないでくれていてありがとう。そして――)
様々な想いを込めて言った私の言葉に、樋山は悲しそうに笑った。
「……そういえば、あの事件以来ですね。こうやって会って話すのは」
あの事件――そう、全ては紗代の死から始まってしまった、あの……。こうして、樋山の言葉により、私の意識はあの事件後へと引きずり込まれたのだった。
✜ ✜ ✜
非通知の電話……その相手は、やはり私の予想した通りの人物だった。
夕暮れ時の青鳥公園へと足を踏み入れた私は、眩しい夕焼けに目を細めた。公園のシンボルとなっている小さな青い鳥の像が、夕日により、血のように真っ赤に染まっている。
私は、沈んでいく太陽の中に目当ての人影を発見し、そちらへと近づいた。
「お待たせ……樋山君」
「あ、真紀さん……どうぞ、ここ、座ってください」
私は大人しく樋山の隣へと腰を下ろし、真っ赤に染まる町並みを眺めた。
「とりあえず、終わりましたね」
樋山の言葉に、私は唇を噛み締めた。
「……やっぱり、樋山君が?」
「はい。だって、言ったじゃないですか。俺にも『殺らせて下さい』って……あの、トリカブトの青い花束を一緒に川へと捨てた時に――」
「……ごめんなさい。こんなことに巻き込んで」
「いえ、もともと俺一人でもやる予定だったので、気にしないで下さい」
下を向いた私の手を樋山はギュッと握ってくれた。
「でも……もともとは私が原因で――」
「知ってます」
樋山の言葉に、私はひやりとした。
(樋山君は知っている……の? 真実を?)
思わず、樋山の顔を凝視する。
「紗代からきた他の男宛ての間違いメールって、真紀さんが送ったんですよね?」
「いったい、いつ――」
声が震える。もはや、樋山の顔を見ているのが辛い。
「やっぱり、そうなんですね……」
「え――?」
悲しそうに笑う樋山の言っていることが、理解できなかった。
(やっぱりって?)
「確証はありませんでした。今、この瞬間までは――」
「じゃ、じゃあ――」
「はい、鎌をかけてみました」
やられた。もう、その一言でしか表せない。私は樋山から顔を背け、自傷気味に笑った。
「言い訳は……しない。しても、紗代が死んだ事実は取り消せないからね。殺すなら殺せばいい。もともと私は――」
「全てが終わったら自殺するつもりだった……でしょう?」
「……」
樋山が私の手を強く握った。
「そんなこと、許しませんよ」
樋山の言葉に、泣きそうになる。多分、彼は全てに気付いている。
「あなたは、生きなくてはいけない。それが……あなたの贖罪なんです。そして、同時に俺の贖罪でもある。俺も、あなたと同罪なんです」
「?」
またもや彼の言葉の意図がわからず、俯いていた顔を上げて彼の表情をうかがった。
「俺は、紗代に憧れていたんです。太陽のような彼女に……俺はただ彼女を真似ていただけなんです。本当の樋山洋介はこんな奴じゃなく、もっと卑屈で嫌な奴なんですよ。そう、実際の俺は誰からも見向きもされないような存在でした」
暗い影を落とした彼の表情が、悲しげに歪んだ。いつもの笑顔は、そこにはなかった。そう、この表情は知っている――これは、私だ。
「だから、俺は紗代がいじめられているのを知っていて放置したんです。だって、他の奴らにいじめられていたら、いずれ俺のもとに戻ってくるしかないでしょう? ただ、その原因が俺と付き合った事にあったって知って……そんな時にあのメールが来て……」
「私、紗代がいじめにあってるのに気付けなかった。あの時は自分のことで手一杯で……」
「あのチャットの『サヨ』は……真紀さん、あなたのアバターなんですよね?」
樋山は、私の言葉に耳を傾けた後、確認するように聞いてきた。
「ええ。その時、瑠璃の恋を応援するってチャットに書いてたから……まさか、紗代が瑠璃の想い人の樋山君と付き合い始めるなんて思わなかったから――」
言い訳のようになってしまったのが悔やまれる。やるせない気持ちになり、私は再び唇を噛み締めた。
「だから、俺と紗代を別れさせようとあのメールを送ったんですか? そのチャットが原因で紗代がいじめにあっていることに気付かず……」
「ほんと、馬鹿よね……私、自分の居場所が欲しかったの。いつも紗代ばかりが注目されて、私は誰からも見てもらえなかった。そんな時にチャットを始めて……紗代の名前を使った。私、少しでも紗代のようになりたかったんだ」
暗闇に染まる空を見上げながら私は泣きそうになるのをこらえる。
「『サヨ』の時の私は、まるで本当の紗代のようになれた。初めて、私の居場所ができた気がした。だから……だから、取られたくなかった。私のささやかな居場所を――」
本当に私は馬鹿だった。本当の居場所がどこにあったかに気付かないなんて……。
「俺達って、似た者同士ですよね。結局、本当の居場所は――本当の俺達に気付いてくれていたのは、紗代しかいなかったのに……」
幸せはすぐそばにあっても、なかなか気がつかない。そして、私達はその幸せの青い鳥を――殺してしまったのだ。紗代は間違いなく自殺だった。でも、その原因を作ったのは、私達……。
「私達、これからどうなるのかな?」
「生きるしかないですよ。紗代がいなくなってしまったこの世界で――だって、死よりも辛いでしょう?」
「ええ、そうね。私達は簡単に楽になっちゃダメなのよね」
公園の明かりが淡く光り始めていた。辺りはすっかり闇に包まれている。
「なんか、この連続殺人って、私達のただの八つ当たりよね」
不意にこぼした私の言葉に、樋山は笑った。いつものような爽やかな笑顔ではなく、濁った笑みだった。
「俺は今回の殺人を正当化しようなんて思っていませんよ。だって、罪は罪なんですから……ただ、俺達が一番苦しむのが生きることで、あいつらが一番苦しむのが希望半ばで死ぬことだった――ただそれだけのことです」
「そう……ね。きっと、私は私が殺した浅井久美子と梶原恵を罪として忘れられないし、あなたも城之内蓮見と菅野夏樹を忘れられない。ううん、違うわね。私達二人が殺してしまった六人を一生――それこそ死ぬまで忘れられない」
先程まで唇を強く噛み締めすぎていたようで、にわかに口内に血の味が広がる。
「そういえば、樋山君の家って、料亭飛山なんでしょ? 城之内蓮見の薬に毒を仕込む時、大丈夫だった?」
「荷物の預かりなら誰でもできますし、自分の家の監視カメラの位置はバッチリ把握しているので大丈夫でしたよ。それよりも……トリカブトを育ててたなんて驚きましたよ。よくバレませんでしたね」
「花屋で買ったものじゃなかったから――それに、庭の裏手の花壇なんて見に来るもの好きは、紗代くらいだし」
「そう……ですね。…………それにしても、便利な世の中になりましたね。トリカブトの抽出方法がネット上にあがっているなんて」
「そうね。でも、私はネットって嫌い……」
夕日が完全に沈んでしまい、辺りを闇が覆う。頼りない街灯の光は今にも消えそうだ。
「真実を見失ってしまうから――」
私達はしばらくの間、沈んでしまった夕日を見続けた後、何事もなかったかのように別れたのだった。
✜ ✜ ✜
「樋山君、私、生きるよ。辛くて、苦しくて、毎日悪夢にうなされるけど……だって、それが、紗代を殺してしまった私の――私達の贖罪だから」
私達は再び紗代の墓の前で誓った。紗代がいないこの世界で生きることを……。『生きる』それはもう、私達にとって呪いの言葉でしかない。でも、私達は苦しんで生きるしかないのだろう。全ての罪を背負いながら、この呪われた道を……。
トリカブトの花言葉は敵意・復讐。彼らは復讐の意味からこの毒を使ったのかもしれませんね。そして、彼らの罰は生きること……幸せの青い鳥を失ってしまった彼らは、きっと一生その罪を背負い、二度と掴めない幸せの中を生きるしかないのでしょう。
そう、時に生きることが一番辛い罰となりうるのです。
……とまあ、カッコイイこと?を書いてみましたが、少し後味が悪いものとなってしまった気がします。この作品に対し、意見や感想などがありましたら、どんな些細なことでもかまいませんので、教えてくださると助かります。