青い鳥への贖罪 第4話
その日のお昼過ぎ、スーツ姿の男が二人、家へとやってきた。警察の方々だった……。
彼らを玄関へと招き入れると、無精ひげを生やした四十代半ばくらいの男の方が話しかけてきた。
「すみません、ご両親は?」
「どちらも仕事でいません」
男二人は互いに目配せした後、おもむろに警察手帳を取り出し、聞き込みの態勢に入った。
「本当はご両親の立ち合いが欲しいところですが、こちらも急ぎでして……お話を伺えますかね?」
立ち話ではあれだと思い、中へと招き入れようとしたが、直ぐに終わるからと言われ、玄関で話すことになった。
ちなみに、最初に話しかけてきた男が杉森、後ろで少しオドオドしている若い男性は宮野というらしい。
軽く自己紹介を済ませた後、杉森が話し出す。
どうやら、宮野はメモを取る係らしい。
「妹さんのこと、残念でした」
「はい……」
「妹さんが生前抱えていた悩みなど、知っている事がありましたら教えていただけませんか?」
「すみません、妹とは最近ほとんど話していなくって……」
杉森の言葉に、私は思わず目を伏せた。
「そうですか……では、妹さんがやっていたチャットなどはご存知ですか?」
〝チャット〟――その単語に、内心ひやりとした。こういう事を聞くって事は、もう事情を知ってる?
(なら、言うしかない)
私は決意を固め、ギュッと自身の服の裾を掴んだ。
「……その、実は妹が亡くなった後、その存在を知って――」
「『幸せの青い鳥』というチャットルームのことですね」
「はい……あの、もしかして、警察の方々は紗代の死の原因を探ってくれているんですか?」
思わず声が震えた。一瞬だけ樋山の顔が浮かぶ。
「いえ、紗代さんの死は自殺で処理されているので、残念ながら……」
「そう……ですか」
少し安心して、大きく息を吐く。
(はあ……紗代が死んだ直接の原因は樋山君のせいじゃない。動揺するな――私)
警察が紗代のことについて聞いてくる理由。それには何となく察しがついていたが、ここで何も聞かないのはおかしいだろう。そう思い、乾いた唇を動かし、質問した。
「じゃあ、どうして聞き込みに?」
私の問いかけに、杉森は口を歪めて笑った。
「もう、ご存知かもしれませんが……『幸せの青い鳥』のメンバーが次々と亡くなっているんですよ。だから、何か手がかりがつかめればと思いましてね――」
警察の二人が帰った後、私は予想通りの展開に安心しながらも、警察の仕事が早い事に驚いていた。
(もしかしたら、ルリ、ナツキ、ハスミのうちの誰かが警察に言ったのかも?)
そんな事を考えながら自室の扉を開ける。その時、棚に置かれた透明な瓶に目が留まる。思わず紗代の部屋から持ってきてしまった瓶。鮮やかな青色が半分を占めているその瓶を見るたび、思い出すのは檜山の涙……。私は頭の中でちらつく記憶から目を背けるように、自室の扉を閉じた。
(今は何も考えたくない……)
深い溜息をついた後、私は台所へと向かった。
(何か冷たいものでも飲もう。そう、気持ちを切り替えなきゃ)
暗くなりかけている気持ちを押しとどめ、冷蔵庫の中身を見ると、ジュースと食料品がほとんどなかった。代わりに詰め込まれていたのは、大量の缶ビール……。
予想と違う光景が広がり、思わず呆然といてしまったが、遅れて納得する。
(ああ、父さんか母さん、帰ってきてたんだ……)
他の家族の気配を感じ、何となく安心した。父と母は不定期に帰って来ては、冷蔵庫の中身をあさっていく。どうも、私が出かけている間に帰ってきていたらしい。
(メールとか置き手紙くらいしてくれたら良いのに……)
私は冷蔵庫を閉じ、ため息をついた。ドライな家族間の関係に、思わず自称気味な笑みがこぼれる。
(……買い物、行くか)
さすがに缶ビールを飲むわけにはいかず、私は仕方なく夕闇に染まる街へと繰り出した。
✜ ✜ ✜
(はあ……つけられてる)
手鏡で髪を直すふりをして、ちらりと後方を確認した私は、頭が痛くなった。先程家にやってきた警察の二人が、私の後を尾行している……。
(多分、疑ってるんだろうなあ)
ぼんやりとそんな事を考えながら、スーパーへと入った。まあ、無理もない。
『妹を死へと追い詰めたチャットルームの奴らに復讐を!』なんて火サス的な要素は普通にありそうだ。
(それにしても、人に見られてるって、案外落ち着かない……)
紗代はいつも人から注目を集めていた。その分、私へとスポットライトが当たらなかったため、今までこんなふうに注目されることはなかった。
(まあ、今回も紗代あっての私だけど……)
買い物を済ませ、帰り道をとぼとぼと歩く。
何となく、泣きたくなった。最近の私は紗代がいないせいか、情緒不安定だ。目元をごしごしとこすりながら角を曲がる。
その時、突然、肩に痛みが走り、私は無様な声をあげながら買い物袋を落としてしまった。
「クミコとケイを殺したの、アンタでしょ!」
金切り声をあげる目の前の金髪美女――いや、少々ケバイが、女子高生に、私は掴みかかられていた。彼女の砂糖のように甘い香りが鼻腔をくすぐり、脳が上手く働かない。
「は……?」
随分と間抜けな声が出た。状況がまだ理解出来てなかった。
「知ってるんだから! アンタが紗代の姉だって事! 紗代が私達のせいで自殺したから、恨んで私達皆殺す気なんでしょ!」
(ああ、この人がナツキか……)
噂には聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。
すごい剣幕の彼女に、私は茫然としながらそんな事を考えていた。
「そうはいかないんだから……」
押し殺した怒り……いや、殺意かもしれない。そんな彼女は叫びながら私に殴り掛かってきた。
「!」
殴られた瞬間、後ろにあった塀に頭がぶつかる。頭がぐらぐらする中、私を尾行していた警察の二人が止めに入ってくれた。彼らの足元には、カラフルな包みの小さなお菓子達が散らばっていた。
二人に取り押さえられたナツキは、子供のように泣きじゃくった。
「わ、私だって紗代の事、悪かったと思ってる……。でも、死にたくなんかない! だから、だから!」
悲痛な叫びを聞きながら、私は意識を手放したのだった。