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青い鳥への贖罪 第3話


 次の日の朝、私はけたたましい目覚ましの音で目が覚めた。

 何事かと慌てたが、音の発信源が隣の部屋である事に気付いた瞬間、納得した。


(そう言えば紗代、土曜は朝練で早く起きてたんだった――)


 朝練の時は一人で起きて行かなければいけないため、紗代はいつも大音量の目覚ましを使っていた。ただ、ここ一年ほどは目覚ましが鳴る前に起きていたらしく、この音を聞いたのは久々だった。

 私は紗代の部屋のドアを開け、目覚ましを止めた。その時、不意に紗代の部屋に置いてあったパソコンに目が留まる。


 私はおもむろにそのパソコンを自室へと持って行き、『幸せの青い鳥』を開いてみた。このチャットルームは、紗代の通う学校に比較的近い学校の女子高生ばかりで形成されていた。――というか、各文面から人物が特定できてしまっていた。住んでいる地域、学校、私生活まで暴露していて、お前達は馬鹿なのかと言いたくなった。


(そして、そのせいで紗代は死んだ……)


 気持ちを落ち着かせ、チャットの内容を見る。



  ―― 本当にサヨの怨念なんじゃ ――



 浅井の死の知らせは、他校にも届いていたらしい。

 ルリがそんな事を呟いていた。他校生ではあるが、谷口瑠璃たにぐち るりは有名である。小さくて可愛いロリ顔――だが、グラマー。それが彼女に対する皆の評価だ。


(まあ、チャットを見る限り、かなりのぶりっ子だという事が分かったんだけどね)


 そんな時、突然新しいコメントが増えた。



  ―― ケイも死んだ ――



 ケイとは、梶原恵かじわら けいの事だろう。彼女はここいらのギャル系女子高生として有名だった。コメントを書き込んだのは、ルリだった。



  ―― 遺体の手には青い羽根 ――



 続くコメントの中の一行に、私はぞくっとした。文面から、ルリの怯え具合が伝わってくる。そう、瑠璃の怯えはもっともだ。なぜなら、『幸せの青い鳥』のメンバーは全員で六人。チャット上からサヨ、クミコ、ケイの三人が消えてしまった今、残るは三人――ルリ、ナツキ、ハスミしかいない。




        ✜ ✜ ✜




 朝食の前に、私は庭の裏手にある花壇へとやってきた。朝の日課の花壇の水やり。私はこの少しひんやりとした湿っぽい空間が好きだ。こじんまりとした花壇には、いつものように紗代が好きな青系の花々が咲き誇っていた。

 そう、これは全て紗代のために私が用意した花々。紗代がいない今、もう、何の意味もない花達だ。

 私は丁寧に全ての花を摘み取り、近くの川へと向かった。


「真紀さん?」


 青い花束を抱え、川岸で立ち止まった瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。心臓がうるさく鳴り出したが、軽く息を吐き、冷静さを取り戻す。


(私は一人でも大丈夫――)


 呪いのような言葉を頭で繰り返した後、私は声の主がいる方へと振り向いた。


「何か用? ……樋山君」


「ああ、すみません。真紀さんの姿が見えたのでつい声をかけちゃいました」


「そう……」


 困ったように笑う樋山は、泥だらけのジャージを着ていた。


(そう言えば、樋山君が学ラン以外の服着てるところ、初めて見たな)


 私が彼の青いジャージを凝視していたのがいけなかったのだろう。樋山が何を勘違いしたのか、顔を真っ赤にしながら弁解し始めた。


「あ、これはその……父と山菜採りに行った後、そのまま自主トレしてて、ええと、いつもは知り合いに会わないから! じゃなくて、そう! いつもはもっとちゃんと普通の――」


「ああ、別に私は気にしないから。安心して」


 そう言った後、私は樋山とは反対側にある川を見つめた。


「……その花、真紀さんの花壇のですよね?」


「私のじゃない――あれは紗代のための花壇だった」


 私の左隣へとやってきた樋山の方は見ずに、私はひたすら川を見続ける。昨日の雨のせいで水位が増し、濁流が流れていた。


「ああ……そう言えば、紗代は花壇のこと自慢してました。おねぇちゃんが私の好きな花を集めてくれたって――確か、元々は近所の山に咲いていたんですよね?」


「…………ええ、そうよ」


 そう、これは花屋なんかで買ったものではない。山に自生していた花を私が勝手に花壇に移し、育てていた。全ては紗代のために……。


「捨てちゃうんですか?」


「うん。だって、これは紗代のための花だから」


「…………じゃあ、俺にもやらせて下さい」


 樋山の真意が分からず、私は彼の瞳をじぃっと見つめた。


「俺は長い間、紗代に憧れていました。何でも出来て、誰からも愛されている紗代――彼女は俺の光でした」


 樋山の想いに、自分の姿が重なる。


「それなのに、俺に送られてきた紗代から他の男に宛てた間違いメールで喧嘩になって……。俺、自分に自信なかったんです。紗代にフラれるんじゃないかとか、浮気されるんじゃないかとか、そんなことばっか考えてて……疑心暗鬼になって……そのせいで紗代は――」


「樋山君だけのせいじゃないよ。私だって――」


「それは俺単体のせいじゃないってだけで、俺のせいも含まれているってことですよね? いろんなことが積み重なって紗代は死んだ。それなら、俺にだって責任はあるはずです!」


 彼は、私の両肩を掴み、苦しげな表情で切実に訴え続けた。


「真紀さん! だから、だから――俺にもやらせて下さい!」


 私は泣きそうになるのを堪えながら頷いた。


「…………はい」


 私達は綺麗な花々を濁った川へと捨てやった。

 少しだけ……心が軽くなった気がした。


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