プロローグ
中学校なのか高校なのか。一寸見だけでは通う生徒の年齢層が特定できそうもない、どこにでもありそうな外観の高等学校。そのまた何の変哲もない部室棟のとある一室。放課後特有の吹奏楽部が奏でるアンバランスなメロディへ、さらに不協和音を付け加えるかのように、引き戸がガラガラという無粋な音を響かせながら開かれた。
虚ろな瞳に力ない足取り。入室してきたひとりの少女は、出入り口から数歩踏み入ると、そのまま呆然と立ち尽くした。室内にいた他の三人の少女たちの視線が、一斉に彼女へと集中する。
「どうした、元気ないね。持病の貧血?」
中央の長机に寝そべっていた少女が、そのつぶらな瞳で虚ろな瞳の少女を凝視する。
「『持病の貧血』ってなんだよ。それに、元気がないのはいつものことだろ」
窓際の長いすにふんぞり返ってケータイをいじっていたつり目の少女が、呆れたようにため息をついた。
「そんなことないよ、なんかちょっと顔色悪いし。とにかく座ろう?」
パイプイスに腰掛け、チョコレートの付いたプレッツェルをかじっていた糸目の少女が、自分の隣のイスを引いて手招きする。
「……うん」
虚ろな瞳の少女は小さく頷くと、勧められるままに腰を下ろした。
「きっと会議の熱気にあてられちゃったんだね、ごくろうさま」
糸目の少女は、カバンから取り出した下敷でパタパタと虚ろな瞳の少女を扇ぎだす。
「大袈裟だなぁ。予算配分の話し合いなんて形式、形式。今回だって例年通りに満場一致で可決だろ?」
つり目の少女はそう言うと、退屈そうにあくびをした。
「……違う」
伏目がちにつぶやかれた虚ろな瞳の少女の言葉に、一同こぞって聞き返す。
「え?」
「半減よ、半減! 去年の半分! しかも実績ないから、このままだと部室の接収、廃部もありうるって言われた!」
「うぇ!?」
「ウソ!?」
「マジで!?」
三人はそれぞれ驚きの声をあげた後、お互い顔を見合わせた。
「実績がないことは認めるけど……。でも、何で急に?」
「子供の数が減ってきて生徒の数も減ったから、支出を切り詰める必要があるんだって。うち以外も、実績のないところはみんな大幅に部費削られた……」
虚ろな瞳の少女は、いかにも哀しげに事情を説明する。
「そういうことかぁ。私立校ってそういうとこ、シビアだよねぇ」
「まったく、生徒を呼び込めない無能経営の煽りを食らうなんて、とんだとばっちりだな」
糸目の少女は頬に手を当ててため息をつき、つり目の少女は腕を組んで眉を怒らせた。
「これもご時世だね。これはもう私たちがんばるしかないね。生めや増やせや自分のために!」
表情をキリリと引き締めた、つぶらな瞳の少女が、ふんすと鼻を鳴らす。
「何をがんばるつもりだ、何を! そもそも今からがんばっても間に合わないだろうが!」
叱責を受けたつぶらな瞳の少女は、つり目の少女をまじまじと見つめながら小首を傾げた。
「赤ちゃん、嫌い?」
「違う、違う! 今のはそういう話じゃないだろ!」
「じゃあ、どういう話?」
「し、知らねーよ! バーカ!」
頬を赤らめたつり目の少女は、バツが悪そうにそっぽを向いた。
「とにもかくにも、まずは実績を示さなくっちゃね」
「部費はともかく、部室の接収と廃部だけは避けないとね……」
笑いながら、ふたりのやり取りを見つめていた糸目の少女が話を切り出すと、虚ろな瞳の少女がそれに賛同した。
「よ~し! なら一丁やるか! 私たちの部の存続のために!」
『お~!』
つり目の少女のコールに合わせて、他の三人が腕を突き上げる。
「お昼寝の楽しみを奪われないために!」
『お~! ……え!?』
怪訝な顔の三人に見つめられたつぶらな瞳の少女は、屈託のない笑顔で微笑んだ。