商
「はい到着」
「ここ・・・ですか」
到着したのは病院の裏口前だった。
「まぁあんたはとりあえずここで待っててくれ。誰が来ても気にしちゃダメだぞ」
「誰か来るんですか?」
「いや、誰も来ないとは思うけど一応な。んじゃ行ってくるわ」
そう言ってカルバさんは、車を降りて病院の中へと入っていった。
一体どのくらいかかるのだろうか?
それも告げずに行ってしまったので、僕は手持ち無沙汰になってしまった。
「・・・普通、か」
どうやら僕はとんでもない世界に踏み込んでしまったらしい。
車の中でカルバさんから聞いた話は、到底体験出来ないことばかりだった。
旅人としてはとても素晴らしい体験だったのだろうが、踏み込んではいけない世界だったのかもしれない。
と、考えているとカルバさんが戻ってきた。
そして窓ガラスをコンコンと叩く。
エンジンは切っていたのでドアを開けてそれに応じた。
「どうしたんですか?」
「いやーちょっと予想よりも多くてよ。手伝ってくれねぇか?」
「えっ」
多かったって言うのはもちろん肉のことだろう。
一人で持ちきれないほど多いって・・・
「大丈夫だって。袋に入れてるからさ。外からじゃ何かわかんねぇって」
「大丈夫とかじゃなくて・・・」
気持ちの問題だよ。だって人の肉持って歩くなんて、なんか嫌じゃん?
「いいから来いって」
カルバさんに手を引っ張られて病院の脇へと連れて行かれる。
あれ? こんなところで受け取りしてたんだ。
さらに少し進むとカルバさんが手を離してクルリと振り返った。
その顔には笑みを浮かべていた。
「さてと。色々と話を聞かせてもらおうか」
「どういうことです?」
「なんだよ。まだ何も気づいてねぇのか」
そういうとカルバさんは自分の首の下辺りの皮膚の皮をつかむと、それをぐいっと上に引っ張った。
そのまま顔の皮膚が伸びて伸びて顔から剥がれていった。
それを全て取り終えると、その下からはカルバさんとは似ても似つかぬ顔が現れた。
「・・・あなた誰ですか?」
「まぁ俺からしてみてもあんたは誰だい?って感じだけどな」
今になってカルバさんから言われていたことを思い出した。
『誰が来ても気にするな』
あれはそういう意味だったのか。
まさかカルバさんに変装した人が来るなんて思いもしない。ご丁寧に服も一緒だ。
こんなのわかるわけがない。
「僕に何か用ですか?」
「用って程じゃないさ。ただ人肉の販売方法を教えてもらいたいってだけさ」
たしかに供給が少ない人肉は、高値で売れることだろう。
「あの男、なかなか販売方法を教えやがらねぇんだ」
カルバさんのことだろう。
それで僕に白羽の矢が立ったというわけか。
「でも僕はただの旅人です。何も教えてもらっていないので教えることは何もないですよ?」
「どんなことでもいいんだ。裏で誰かが糸を引いてるらしいんだ。そこまでわかったんだけどよ、そこからが全然わからねぇんだ」
きっとシンさんことだろう。
しかしカルバさんが何も話していないのに、僕の口から言うわけにはいかない。
「僕は旅人なのでどちら側につくとか言うことはありませんが、知らないことは教えられません。すみませんが失礼します」
そう言って男に背中を向けて車に戻ろうとした。
「おっと。ここまで連れ出したんだ逃がすわけないだろ」
男は僕の背中に何か硬いものを押し付けた。
拳銃か。僕は拳銃を見たこともないけど、なんとなくそんな気がした。
人肉を狙っているんだ。拳銃くらい持っていても不思議ではないと思った。
そして身の安全のために両手をゆっくりと上げた。
「なかなか物わかりいいじゃねぇか」
「・・・これからどうするんです? きっと僕のことなんか見捨てて帰っちゃいますよ?」
「そんなことねぇだろ。俺が知る限りだけどよ、あいつが誰かを連れているのは初めて見たんだ。そんなやつを見捨てて帰るほどひどい人間じゃないと考えた」
「つまりは人質にしようと言うわけですか」
「そういうことだ」
なんか・・・この人まっすぐな人だ。
素直というか直上型というか。なんにせよ目的のために一直線に突き進んでいる。
敵ながらあっぱれ。
「これからどうするんですか?」
「とりあえずは車のところまで戻る。まずはあいつに会わないとダメだからな」
そういうと拳銃をグイっと押し付けて、僕を歩かせた。
駐車場に着くと、カルバさんは戻ってきていた。
「おいどこに・・・」
「すみません」
「はぁ・・・だから誰が来ても気にするなって言ったのに」
「すみません」
「まぁこいつに非はねぇよ。悪いのは全部俺なんだからな!」
なぜか完全に悪人役になる男。
「こいつの命が惜しくなかったらその肉をこっちに寄こしな」
背中から拳銃を握った右手を離さずに、左手を僕の脇腹から伸ばした。
「こいつが欲しいのか」
カルバさんは手に持った肉が入っていると思われる縦横50cmの立方体のクーラーボックスを持ち上げた。
「そうだ。こいつと交換だ」
「はぁ・・・」
めんどくさそうにため息をつくカルバさん。
カルバさんに迷惑はかけられない。
いくら誘われた身ではあるとしても、タダではないものを無駄にさせてしまうのは僕としても心が痛む。
こう見えて格闘技をやっていたので、こういう場合にも対処出来る。
しかしそろそろ男も油断してくれるだろうと、その時を見計らっているのだが、なかなか拳銃が背中から離れない。
少しでも離れてくれると動けるのだが、こうピッタリと付けられてしまっていては動こうにも動けない。
「わかった。そいつを傷つけたら俺が怒られちまうからな。取引しよう」
まさかの取引成立だ。
てっきり見捨てられると思っていただけに余計に驚いた。
「よーし。じゃあそこにクーラーボックスを置いて下がりな」
男はカルバさんとの中間の位置にクーラーボックスを置くように指示した。
カルバさんは意外にもあっさりとクーラーボックスを置いて、言われるままに元の位置へと下がった。
「よーしよしよし。これから取るから動くんじゃねぇぞ」
僕は男が動き出したのを確認すると、蹴りを入れてやろうと足を肩幅に少しずらした。
その時、カルバさんをチラリと見ると、僕に向かってウインクをしてきた。
これは何もするなと言う意味なのか?
驚いた顔を向けると、カルバさんはゆっくりと頷いた。
やっぱりそういうことなのか。
僕は開きかけていた足を元に戻した。
そして静かに動向を見守ることにした。
男が僕を盾にしながらクーラーボックスに近づいていく。
そしてクーラーボックスに手が届くところまで接近。
「よし。取引成立だ」
そう言うと僕を突き飛ばすと同時にクーラーボックスを手にとって、一目散に走り去っていった。
僕は慌てて追いかけようとしたのだが、カルバさんに肩を掴まれて止められてしまった。
「追わなくていいんですか?」
「んー? 大丈夫大丈夫」
「でもせっかくの肉が・・・」
「だから大丈夫だって」
そう言って車の方へと歩いていくカルバさん。
それに続いていくと、トランクの方へと周り込んで開けた。
その中にはさっきのと同じようなクーラーボックスが入っていた。
「これは?」
「こっちが本物。んで、あっちが偽物」
「偽物?」
「万が一のために持ってるわけ。戻ってきたらあんたが居ないもんだから、俺の忠告を無視したんだと思って、トランクの中に入れておいた偽物と交換しておいたのさ」
「そんなことを・・・」
「またあいつが追ってきたら面倒だから出発するぞ」
「あ、はい」
車に乗り込んでエンジンをかけると、僕らは駐車場を後にした。
そして車内で僕はカルバさんに訪ねた。
「あの偽物の中身って何入れてたんですか?」
「牛の頭」
「げっ。本気ですか?」
「まぁ俺も見てないからなんとも言えないけどさ、シンが言うんだから間違いないだろ」
「シンさんが入れたんですか・・・」
「同じ哺乳類だし、あいつも今頃は大喜びしてるかもな。ハハハ」
上機嫌に笑うカルバさん。
ひと騒動に巻き込まれた直後だというのに、僕もカルバさんの笑いにつられるようにして、あの男のリアクションを想像して笑ってしまった。
そして車はシンさんの店へと向けて山道を進んでいった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
感想とか書いていただけると嬉しいです。
シリアスになりすぎないように気を付けてみました。
お久しぶりすぎてすみませんでした。
次回もお楽しみに!