客
「えっ・・・」
何を言っているのかわからなかった。今なんて言った?人の肉?
「・・・そ、それって大丈夫なんですか?」
「ですから誰にも言わないでくださいとあらかじめ約束したじゃないですか」
背中を冷たい何かになぞられたような気がした。
「ちなみにここは日本で唯一と言ってもいい、人の肉を提供することが法的に許された飲食店です。と言ってもグルメ誌やそういったものには載せてはいけないので、ここを知ってるお客さんはほとんど常連の人ぐらいですけどね」
アハハハと笑う店主の声は、僕の耳には届いていなかった。今食べたものを吐き出しそうになってこらえるのと、今の状況を理解するのでいっぱいいっぱいだった。それでも店主は明るく続ける。
「あ、でも勘違いしないでくださいね? 別に人殺ししてるわけではないですからね? ほら、ドナーカードってあるじゃないですか。ドナーで持っていかれた臓器以外の部分をウチが買い取って、それを提供してるんですよ。よく『肝臓売った』とかあるじゃないですか。あーゆーのも提供してる店もあるみたいですが、今は内臓系ってあんまり需要がないんですよねー。まぁウチでは扱う予定はないですけどね」
店主がひとしきり話し終えたとき時、店のドアが勢い良く開いた。
「まいどー!」
元気よく入ってきた声に驚いて、僕と店主が入口のほうを見る。
「あ。カルバさん、いらっしゃい」
「ん? 客か? 珍しいな。ってそれにしても酷い顔だな」
カルバと呼ばれた男は、僕の顔を見るなりそう言った。
この人はさっき言っていた常連のうちの一人なのだろうか?
彼は僕のほうをじっと見ていたかと思うと、飽きたように視線を外し店主のほうを見る。
「そんなことより良い肉が入ったって聞いたんだけど本当か?」
「全くカルバさんの情報網には驚きますよ。さっき入ったところですよ。見ます?」
「いや、食べたい」
フッと笑うと店主は厨房へと姿を消した。それを見計らったように彼が話しかけてくる。
「あんた、初めて食べたんだろ?」
「・・・はい」
彼の質問に吐きそうな気分を堪えながら答える。
「どうだった?」
「どうって?」
「味だよ。うまくなかったか?」
僕は思い出していた。あの柔らかい肉圧、口の中に広がるジューシーな味わい、どれもが新鮮で格別な美味しさだった。しかし人の肉となると話は別だ。そのことを彼に話した。
「うーん・・・。俺はな、人間が死んだら焼かれて灰になるのが正しいと思わない人間なんだ」
「でも・・・」
「まぁいいから聞けって」
急に語りだした彼に制止され、僕は大人しく聞く側になった。
「でさ、死んだら灰になるのって人間だけじゃん? 動物って食物連鎖の上で死んだ動物は、その時点で他の動物に食べられたりするわけじゃん。例えば、プランクトン・・・いや、もうちょっと後でいいか。魚を食べた動物がいて、そいつをミンチにした食べ物を人間が食べて、そいつが死んだら草木を育てるって流れだとするじゃん? でも最近は骨壷に骨を入れて墓参りとかするわけで、灰になったところで連鎖が止まっちゃってるって思わね?」
そう聞かれた僕は妙に納得してしまった。彼の理論だと、確かに連鎖が止まってしまっていて後に続いていない。
「だから俺たちカニバリストは、灰にされる人間の肉を食べて、自分が死んだ時には灰になっても墓とかを作らずに、自然に返してもらうことによって連鎖を繋げていくことにしているんだ」
「カニバリスト?」
「人の肉を食べてる人間のことな。食べる行為をカニバリズムって言うんだけど、その行為をする人間をカニバリストって呼ぶわけ」
僕は彼らのことを宗教やなんかのように感じた。彼の軽快な声で話を聞いているうちにだんだんと気分が落ち着いてきた。
「昔はよく食べてたみたいだけどな。今だって外国の小さな島とかでも、その習慣が続いてるところもあるみたいだぞ? 中国とかでも犬の肉とか食べるらしいし、それと一緒だよ」
「でも犬と人間を一緒にされたら嫌じゃないですか」
「みんな大きい括りでは哺乳類だぜ?」
「そうですけど・・・」
「そんなことよりうまかったろ? 俺がカニバリストを続けているのは、あのうまさの虜になってるからなんだ。もちろんさっき言ってたことも事実だぞ? でもそれ以上に、人の肉以上の肉にはまだ出会ったことがないな。テレビで時々美食家がやってる番組があるけど、あんな肉よりもこっちのほうが断然うまいと思う」
僕もそう思った。初めて人の肉を口に入れた時の感覚は、今までに食べたどの肉よりも美味しいと感じた。しかしまだ抵抗があるのは事実だ。
「うーん・・・まだ納得いかないのか?」
「納得っていうか良心が傷んでます」
「まぁ無理にとは言わないが、周りにはここのこととカニバリストのことを言わないでくれよ?」
「そうですよ。ウチもこれで食べてるんですからね」
厨房からステーキを持ってきた店主も言った。カルバに出された肉は均等に一口サイズに切られたサイコロステーキだった。
「お? もしかして首か?」
「よくわかりましたね。今回は首が手に入ったんですよ」
その会話を聞いた瞬間、僕の胃袋が大暴れして、中身が逆流してきた。
慌てて口を押さえて、店主に案内されたトイレへと駆け込んだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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キーマン登場。
次回もお楽しみに!