捨て男と人外
とある都内の喫茶店。
そこの二人掛けのテーブルに座るカップルが居た。
その二人は見るにぎこちない雰囲気を醸しだしていた。
付き合い初めという初々しさはない。
見る人から見ればどちらかが別れ話を切り出したのだろうと感じる雰囲気だ。
そして、二人の表情を見る限り、彼女の方が彼氏に対して別れ話をしているのだとわかる。
「別に好きな人できちゃったし、正直ね竜馬くんに飽きちゃったんだ……一緒に居ても最近楽しくないしさ。
だからね、竜馬くんには悪いけど別れよ?」
「な、よ…四年も付き合ってたのに、内定も決まったし……俺は伝えたい事あるのに……」
「しょうがないじゃん、告白したのは私からだけどさ、今はもう竜馬くんの事好きでもないし、恋愛感情はもうないもん」
彼氏は絶句し、全身から絶望感を醸しだしている。
彼女はそれを気付いているのか気付いてないのか、知らぬ素振りで最後の言葉を紡いでいく。
「という事で、さようなら。今後見かけても声掛けてこないでね」
そう言うやいなや、元彼氏の言葉を聞かずに席を立ち、店を出て行ってしまった。
残された竜馬は周りの客から憐れみの視線を受けながら呆然としている。
彼が店を出るため支払いをしようとした時に気付いた。
「振っておいて、俺に奢らせるのかよ……」
時は変わって19時過ぎとなっていた。
竜馬は未だに元彼女の言葉のダメージから立ち直れず。
人の多い街中を夢遊病患者の如くフラフラと揺れながら歩いていく。
竜馬は周りに人が居ようが居まいが構わず千鳥足で歩いた。
そして、他の人にぶつかるのは当然といった所だろう。
傍からみてすぐに柄の悪い学生だという事がわかった。
しかし、竜馬はぶつかり、前のめりに倒れたため気付かない。
むしろぶつかった事さえ気付いていないし。
倒れた事さえ気付いていない風であった。
「ってぇなっ!」
ぶつかった学生はいきなりの衝撃に苛立ち、ぶつかってきた人……竜馬を睨みつける。
「ぶつかっといて、謝罪もねーのかよアンタ」
ぶつかった学生の友人だろうか、が注意をかけてくるがまったく動こうとも謝ろうともしない竜馬。
「お、おいヤバいんじゃねーの?」
ぶつかった学生が多少パニくっている、ぶつかった竜馬は変わらず反応をしないのだが。
そして、そんな竜馬を見て、学生の友人はいい事を思いついたと言った表情で竜馬へと話しかける。
「あっ! ……アンタ大丈夫か? 今病院まで連れてってやるから」
傍から見たそれは明らかに裏のある表情だ。
街中で足を止め、見続けている野次馬は。
『警察を呼んだほうが」等と言っている。
それを聞いた学生二人は竜馬の肩を担ぎ立ち上がらせると。
「大丈夫ですか?」
等と励ましの言葉を言いながら裏路地へと連れて行ってしまった。
そして、残された野次馬達は興味を失ったかのように思い思いに散っていく。
既に竜馬という存在に対する興味は失われていたのだから。
路地裏に連れてかれた竜馬は、殴る蹴るの暴行を受け、身体が意識的にも動かせなくなるまでに痛めつけられた。
そして、サイフの中身のお金を全て抜き取り、男の友人は竜馬のサイフを投げ捨てながら言う。
「これは慰謝料としてもらっておくわ」
「今後はアンタも気をつけなよーギャハハハ」
身体の動かない竜馬を近くにあったゴミ捨て場に投げ捨て、急に入ってきた臨時収入に笑いながら何処かへと去っていってしまった。
ブロック塀に後頭部をぶつけた竜馬は意識さえも朦朧とし、切実に死ぬのかもしれないと想像していた時に前から声が聞こえてきた。
竜馬は殴られすぎて目も当てられなかったため、どんな人なのかもわからないまま、返事をするのも億劫だったために反応をするのを止めた。
「ねぇねぇ、貴方捨てられてるの?」
女性の声が竜馬に向けてだろうか、質問をしてきてるようだ。
しかし、竜馬は返事をするのさえ億劫だと言うように無視する事にした。
「生きてるー? 死んでたら返事してよー」
「死んでたら返事できないでしょう……」
「お、返事した、で捨てられてるの?」
ボケといて突っ込みをスルーされたのだが、それさえも苛立たない程に竜馬は気力が減少していた。
「だったらなんですか……」
「そっかぁ、捨てられたんだ……じゃあもらっちゃおう」
身体にUFOキャッチャーのアームのような物に掴まされたと思った瞬間、吊り上げられる浮遊感に襲われた。
いきなりのことに驚嘆して、竜馬は目を開くと見慣れたコンクリートジャングルの景色ではなく。
普通ならそうそう行かないであろう、樹海が広がっていた。
「はっ?」
「お、綺麗な黒目だねぇ! ますます気に入っちゃった」
声のした方を竜馬は向くと、半裸の女性が気ぐるみの腕を上下にバッサバッサと振り回して浮いて、否飛んでいた。
「はっ!? はあああああああ!?」
「おお、拾った途端元気になったねぇ、一応回復魔法は使ってあげたから痛みはもうないでしょ?」
彼女の言葉に反応する前に、竜馬は今の状況に混乱していた。。
この上半身裸の女性はなんだなんだ!?
というか、この女性は人間なのか?
竜馬は混乱しているのだろう、彼女の格好や、周囲の状況はわかるのに何処か現実味を感じられなかった。
「え? いや……は?」
「貴方面白いねぇ、顔青くしたり赤くしたり、なんか可愛い」
可愛いと突然言われ、慣れない言葉に若干顔を赤くしているが。
竜馬が彼女に質問をしようとするが。
「今はあまり動かれると危険だから、もうちょっと待ってね、今巣に連れてくから」
何かを聞く前に、彼女に止められてしまった竜馬は質問を聞く事もできず。
ただ、大人しく待っているほかなかった。
内心では、ああ鷲の襲われた小動物ってこんな感じなのかなと何処か冷静になりかけた頭が考えているが答えはでない。
そして、竜馬はこの後どうなってしまうのか。
食糧として食べられてしまうのか等。
同じような事をグルグルと考えていたら、高度がどんどん上がっている事に気付いた。
けれど、周囲の木々より高くなり、周辺を見渡す程の高さになった時に竜馬は絶句する事になる。
地平線の先まで森が広がっていたからだ。
そう、ここは日本ではなく、けれど外国でもないのだと直感的に浮かぶ思考。
「ここ何処だよ……」
「ん? ここわからないの? えっとねぇ、ここはハーメナイズって国の領地の隅だよ」
ハーメナイズ……? 竜馬は聞いた事もない地名を聞き困惑していると、どうやら巣に到着したようだ。
樹の中に入れられ、静かに落とされると青年は一言ありがとうと伝え、先ほどの言葉に質問を被せる。
「知らない国ですね……というかですが、その前に貴方は何者なんですか?
人間ではないですよね、人間に羽なんて生えてないし、ましてやそんな足や腕はありえない」
「貴方、ハルピュイアヒューマン《妖鳥人種》を知らないの? 珍しいのねぇー」
そういいながら、彼女はケラケラと笑う。
顔だけを見るのならば、彼女はとてつもなく美人だろう。
目を奪われる程には。
ただ、腕と足は鳥のような形をしているのだが。
「私貴方に興味あるんだ! だから、貴方の事色々知りたいな、教えてね?」
純真無垢な笑顔を見て、目を奪われる。
彼女の一挙一足はどれもこれも、竜馬の思考を止める程の破壊力があった。
そのせいか、彼女が声を掛けてくるまでまったく頭が働かなかったのだから。
「で、ここはどこですか……俺は日本の東京に住んでたんですけど」
「ニホン? トウキョウ? なーにそれ、ここはハーメナイズって国だよー?」
いったいどういう事なのか……
彼女に振られて、そのまま不良に殴られた挙句サイフの中身を取られ。
そして、気付いたら半裸の変な女性に拉致られた。
こんなの誰が信じるというのだろうか。
竜馬自身でさえ信じられないと言った表情を浮かべ困惑していた。
「まぁ……ここがハーメナイズという土地なのはわかりましたが。
なんで私はここに連れてこられたのですか?」
確か捨てられてたからもらったと言っていたと竜馬は思うが、現代人である竜馬だけでなく普通の人が聞いてもおかしいと思うだろう。
人間が捨てられたから拾ってきましたというのだから。
捨て猫ならぬ捨て人間の飼い主になりますと考えればいいのかもしれないが。
そんな事を竜馬がわかるはずもないし、納得もできないのだろう。
「捨てられてたし、私の好みだから番いにしようと拾っただけだよ?」
この場合の番いとは、動物の雄と雌の一組み。また、夫婦という意味での番いだろう。
頭ではわかっている竜馬ではあるが、聞き返さなければ認めたくなかった。
「えっと……つまり、結婚するといった意味で?」
「あ、そっか人間は結婚って言うんだっけ? うんうん結婚しよう結婚! ついでに子作りも」
色々と順序が飛びすぎてるた彼女の言動に竜馬は驚いてばかりいる。
無理もないのだけれど。
訳の分らない場所に拉致られ、挙句結婚しましょうと言っているのだから。
「いや、結婚には色々と順序があると思うのですが」
「なに言ってるの? 貴方は捨てられてたのだから、拾い主の私が結婚してって言ったら結婚するの」
言葉通じない、会話は成り立つというのに何処かずれている彼女に困った表情を浮かべる竜馬。
一瞬、先ほどまで一緒にいた彼女の……元彼女の顔が浮かぶが、竜馬はその彼女に捨てられたという現実に泣きそうになる。
「確かに……拾われたらしいけど……俺は人間で、君はええーとハ、ハル……」
「ハルピュイアヒューマンだよ」
「うん、簡単に言うと人間じゃないよね?」
ヒューマンと着いてるのだから人間だと言われるかもしれない。
しかし、足や腕を見れば彼女が人間ではないのは丸分りだろう。
「んー亜人種って人間からは言われるね、けど私のお母さんはハルピュイアヒューマンだよ? お父さんは人間だったし」
つまり、結婚に関しては問題ないよって言いたいのだろう。
竜馬はその部分で困惑していたわけではないのだが、彼女としてはまったく気がつくそぶりを見せないでいる。
「それに」
それになんだろうか、まだ何かあるのか?
内心嫌な予感を感じながら竜馬は彼女の次に出てくる言葉を待った。
「ハルピュイアヒューマンは雌しか生まれないから、自然と雄は異種族になるの。
だから、ハルピュイアヒューマンに種族間の問題はないよ?」
ああ、番いは自然と異種族間となるから問題ないと彼女は豊満な胸を揺らしながら胸を張り、言った。
「俺には俺の生活があるわけだからさ、気持ちは嬉しいけど……」
「だめだよ、貴方は私が拾ったの、だから貴方に拒否はさせない」
自然と身体に怯えが走りながらも、なんとか彼女と納得の上別れようと思ったが。
そうは行かないようだった。
「どうしてもイヤだって言うなら……無理矢理にでも貴方の子種もらっちゃうけどいい?」
背筋に悪寒が走る。
なんなんだよ一体、色々と現実離れしすぎていて意味がわからなかった。
彼女の目を見た瞬間、それは冗談ではなく本気なのだと本能的に感じ取った。
目はさっきとは違い柔らかさなどなく。
口元は笑みを浮かべてはいるが、目が血走っていた。
「ちょ、ちょちょっと待った!」
竜馬はなんとか落ち着かせようと両手を前に突き出し、それ以上近づかれないように警戒したが。
まったくの逆効果だとは思わなかったのだろう。
竜馬の両腕の間に翼を割り込み、翼を広げた。
その勢いは人間である竜馬の腕を左右に吹っ飛ばす程の威力だった。
そのため、竜馬は突き出していた手は左右に大きく広がる形になる。
瞬間、彼女が体当りと言っていいほどの勢いで竜馬を押し倒し馬乗りになると。
「フフッもう逃げられないよ?」
竜馬はもう肉食獣に襲われる草食動物の気持ちがわかった気がした。
-=Ξ=-=Ξ=-=Ξ=-
「ゴチソウサマでした」
あれから何時間経っただろうか。
竜馬はズタボロと表現言える体と焦燥した顔。
片や肌は心なしか光、充足感を身体全体から溢れ出している妖鳥人種。
「やっぱり、貴方はいい番いだね。拾ってよかったー」
笑みを深めながら彼女は竜馬へと笑顔を向けている。
しかし、竜馬はそれ所の騒ぎではない。
竜馬は正直、これが現実だとは思えなかった。
しかし、夢だとも思えなかった。
確かに、夢のような場所だ。
もしかしたら、竜馬は暴行された時に死んでしまって、ここは死後の世界なのでは?
脈絡もない事を考えはじめる始末だった。
「あ、そうだ! 貴方の名前なんていうの? 私はピュアって言うんだ」
「坂本竜馬……」
「サカモトタツマ?」
「サカモトが苗字でタツマが名前だ」
苗字って何? 等ピュアは竜馬に向け色々と質問を聞いていく。
竜馬は頭の中ではどうしてこうなった? 等と考えながらもピュアの質問に律儀に答えていく。
いや、答えなければ後が恐いというべきか。
「ん~……じゃあ、私はサカモトピュアって名前になるんだね? よろしくね」
竜馬はその言葉を聞き固まる。
結婚すれば、苗字は変わる。
しかし、竜馬本人はそんな事決めたわけではない。
「待てって……知り合って間もないのに……」
「えー、けどもう子供出来ちゃってるし、人間って子供できたら責任とって番いになるもんじゃないの?」
<子供が出来ている。>
竜馬は絶句すると、そんな早くできる訳がないと彼女に言うが。
「妖鳥人種は、御腹の中に卵があるんだ、それに男の子種が入り混む事で子供が出来るの。
他の種族の人とくっつく機会が少ないから簡単に子供は出来るようになっているんだよね。
本当にありえないと内心竜馬は感じている。
しかし、これが現実だと感じている竜馬も居る。
彼女は如何見ても人間ではない。
そうファンタジー系の物語から出てきたような姿だ。
今居る場所もそうだ。
こんな場所はそうそうありえない。
今、竜馬は素人目から見ても樹齢何百年ぐらいはあると思える巨大な樹の上にいる。
そして、その樹の中に人間のようなとはお世辞にも言えないが。
それは現代人である竜馬からの視点であり。
この世界の住民からすれば十分可と言える生活ぶりだろう。
そんな風に周りを見る余裕が出来てしまったからだろうか。
彼は本能的にではあるが帰れないんじゃないかと思い始めていたし。
この人に流される生活は楽でいいんじゃないかと思い始めていた。
「あ、それと……もう貴方は逃げられないし逃がさないからね?
今後ともよろしくね。あ・な・た」
ピュアの顔を見て、心のどこかで諦めと一緒に別の何かが生まれた瞬間だった。