第5話:シアノイツ王国第一王子エセルバート
――――――――――少し時を遡って、リサルチア王国の隣国シアノイツ王国にて。エセルバート第一王子視点。
文武百官の居並ぶ中、父陛下の声が高らかに響く。
「遠征軍の総司令官をエセルバートに申しつける。小癪なリサルチアに鉄槌を食らわしてまいれ!」
「はっ!」
「うむ、下がってよい。準備を怠るでないぞ」
「はっ!」
もちろん肯定以外の答えなど許されていないわけだが。
我がシアノイツ王国とリサルチア王国の関係は伝統的に良くない。
互いが領有権を主張し合う国境地域。
同じ神を信仰する国同士ではあるが、解釈の違いがあること。
そして過去の因縁の集積等々。
戦争になる理由などいくらでもある。
しかしなぜ今なのかということに関しては疑問がある。
一つにゾリバス帝国の急激な勢力拡大があることはわかる。
リサルチアは西のゾリバスと東の我がシアノイツに挟まれた国家だ。
西のゾリバスに注意を割かなければいけなくなれば、当然リサルチアは東の我が国に対する警戒が薄くなるだろうという、兵力の分配に関する理屈だ。
が、リサルチアには真の聖女が現れたという、無視できない条件がある。
リサルチアは聖女教会が最も優勢な宗教であり、聖女と呼ばれる女性の癒し手が多いことで知られている。
ただ王太子たるアラスター殿下の婚約者となった筆頭聖女ニーナは、どうやら本物の聖女だという。
つまり聖女教会の甘い聖女基準でなく、世界各国どの基準に照らしても聖女だということだ。
となると莫大な魔力容量と魔法力、聖属性の適性を併せ持っていることになる。
真の聖女一人いれば、ヒーラー一〇〇人分に相当すると言われる。
もちろん聖女が従軍するとは限らないのだが、純軍事的に無視できない存在だ。
聖女出陣となれば士気も違うだろうしな。
敵軍に聖女がいるとなれば勝つことは難しい。
父陛下もそんなことは理解しているはずなのだが……。
また聖女ニーナには、全属性持ちであらゆる魔法を使いこなすのではないかという未確認情報がある。
実際に彼女の飛行魔法を見たという者もいる。
聖女の魔法力で放たれる攻撃魔法などというものを警戒しなくてはならないのなら、こちらも魔道士を大勢用意して結界を張る必要がある。
王都の守りが薄くなるぞ?
本当にこの戦争は必要なのか?
「エセルバート殿下」
「ブレナンか」
ブレナン・パーキンズは勇将だ。
戦闘経験も豊富で、そのいかつい容貌はいかにも安心感を抱かせる。
オレに好意的ということもあり、今回の遠征でオレの指揮下に入る指揮官の中では最も信用できる。
「貴殿にオレの副官を申しつける。よろしく頼むぞ」
「いえいえ、もったいない。しかし殿下御存じでしたか?」
「何をだ?」
「この度のリサルチア戦ですが、それがし外されそうになっていたのですぞ」
「えっ?」
ただでさえ難しい戦なのに、ブレナンほどの戦闘指揮官がいなければ勝てるわけがないだろうが!
「やはり御存じなかったですか。それがしも強引に従軍を希望しましてな」
「助かる。しかしどういうことなのだ?」
「……エセルバート殿下ならば察することができようかと」
心当たりがないこともない。
死んでこいということか。
オレは第一王子ではあるが、亡くなった正妃の子であるから。
侯爵家出の母であったが、亡くなるとどうしても宮廷でも影響力は弱くなる。
オレの立場は揺らいでいる。
対する弟の第二王子ヴァーノンは辺境伯の娘が母だ。
辺境伯は王家に次ぐ兵力を有するから、後ろ盾は強いと見なければならない。
第三王子ギルバートもまた有力だ。
今を時めく宰相の孫だから、宮廷闘争になると最も有力かもしれない。
末弟の第四王子ユリエルも侮れない。
母の身分は高くないが、父陛下の寵愛を一身に受けている寵妃であるから。
「……だから今、リサルチアと戦争ということになったのか。あまり考えないようにしていたのだがな」
「そのよく回る頭で考えてくだされ。危機を放置するのはよろしくないですぞ」
「いや、貴殿の話を聞くまでそこまでの危機とは思っていなかったのだ」
何だかんだでオレは唯一の正妃の子ではある。
法制上弟達の王位継承権がオレを上回ることはないから。
オレが見る限り弟達は特に優れた才能を持っているというわけでなく、これは共通認識と考えていいと思われる
ならばオレが優秀さを見せていれば、いずれ王となるオレにすり寄ってくるだろうと考えていたのだ。
甘かった。
オレを葬ろうとしてくるとはな。
「それがしはエセルバート殿下を買っておりますのでな。次期王として殿下以外に仰ぐお方はおりません」
「ハハッ、ありがたいな。貴殿の見解ではこの度の戦、どう見る?」
「無用の戦ですな」
ブレナンは命令に忠実な将軍と思っていたから、真っ向から否定してくるとは思わなかった。
ちょっと驚いた。
「リサルチアの国王夫妻が親善使節として来訪したばかりではありませんか。何の失礼があったわけでもなく、いきなり当方から戦争を仕掛けるのでは、国民の支持など得られませんよ」
「うむ、ブレナンの言う通りだな」
リサルチアは和平を模索しているようなのだ。
国境地帯の紛争地域でも共同開発を提案していったしな。
現実的な判断で、落としどころとしては最善だとオレも思ったくらいだ。
両国の共同開発が成れば当然陸路交易も活発化すると考えられるから、経済的恩恵も大きくなるのではないかな。
どうやら父陛下はそう考えず、リサルチアの腰が引けている内に我が国で領有することの利が大きい、という思考のようだが。
「実際に戦闘になるとどうなる?」
「兵の質、戦力としては互角と見ます。エセルバート殿下が総司令官となると、弟殿下達を推す勢力からは目立たぬ程度のサボタージュがあるのではないかと推察いたします」
「うむ、あり得ることだな」
「しかしリサルチアもまた背後にゾリバス帝国の脅威を抱えております。我が方に全力というわけにはいかないのではありますまいか?」
頷ける。
ただリサルチアの国王夫妻はゾリバスも訪れるのだ。
ゾリバスと不戦条約を結んでくるならば、全力で兵力をシアノイツに向けてくることもあり得るだろう。
楽観はできない。
そして……。
「ブレナンは世界唯一の聖女ニーナの存在をどう思う?」
職業軍人は聖女というものをどう考えているのだろうかと、少々興味があった。
オレは噂による虚像を見てしまっているという自覚があるから。
「さて。聖女殿の詳しい実像が明らかになっていないではないですか。何ができて何ができないのかが不明です」
「うむ、ブレナンの言う通りだな」
「それがしの聞いた噂からすると、超人的な魔法使いのようにも思えます。しかしそれが本当なら、我が国を訪れたリサルチアの国王夫妻はもっと強気に交渉しようとしても不思議でないと思うのですよ」
「なるほど?」
ブレナンの指摘は適切だ。
「ではリサルチアは噂によって聖女を大きく見せようとしているのか?」
「そういう印象も受けなかったのですがね。ともかく情報収集に注力することが肝要かと」
「うむ、スッキリした」
超絶ヒーラーとして機能し得る聖女ニーナを忘れてはならない。
しかしそれ以上でも以下でもないということだ。
情報を集めて実際どうかということに対応すればよい。
リサルチアが聖女ニーナをどう運用してくるかも不明であるのだし。
「ブレナン。全体の指揮は任せる」
「はっ、この命に代えましても!」
不確定要素の大きい戦いだ。
可能ならオレの評価に繋げたいが?




