第4話:戦争
――――――――――ニーナ追放後三ヶ月、王都パリスの聖女教会にて。筆頭聖女カトリーヌ・ディクスドラン公爵令嬢視点。
あの忌々しい平民ニーナを追い出せたの!
アラスター様の婚約者になれたし、流れがいいわ。
間違いなくうまくいってるはずなのに、どういうわけかストレスがかかる展開なのよ。
どういうこと?
わたくしがやらなければならない煩雑な作業が増えたわ。
大司教テオドール猊下が辞めたから?
いえいえ、テオドール猊下なんてただのお爺さんじゃないの。
存在感はあったけれど、具体的に何かをしていたわけではないし。
じゃあ実務を担当していた司祭、助祭や修道士修道女が抜けたから?
ううん、わたくしの派閥で固めたのだから、却ってやりやすいはずだわ。
じゃあどうして……。
……きっと考え過ぎね。
実質トップが忙しいのなんて、どこの組織でも同じだと思うわ。
一時的な混乱で人が多く入れ替わったこと。
そしてわたくしがまだ業務に慣れていないことが原因だわ。
時間が解決すると思う。
今は我慢の時。
「カトリーヌ」
「あっ、アラスター様。いらっしゃいませ」
わざわざアラスター様がいらっしゃいました。
平民ニーナが婚約者だった時、アラスター様が聖女教会に出向いてくださることなんかなかったのですわ。
わたくしは平民ニーナと違って確実に愛されている。
それがわかっただけでも心が温かくなりますね。
「お疲れのようではないか」
「いえ、まだ慣れていないだけで、大したことはないのですわ」
「カトリーヌは偉いな。あのちゃらんぽらんな平民とは大違いだ」
「アラスター様……」
ちゃらんぽらんな平民とはニーナのことでしょう。
当然ですけれども、わたくしはニーナよりも評価されているのですわ。
嬉しいことですね。
「大司教がいないから、カトリーヌに仕事が集中してしまっているのだろう?」
「今はそうですね。はい」
「大司教選挙はいつだ?」
「来月です」
「ではカトリーヌが忙しいのもあと一ヶ月ほどか。頑張れ、僕がついているからな」
「アラスター様……」
ありがたい仰りようです。
でも本当に急がしさから解放されるかしら?
大司教が決まっても実務の人員が足りないのは解消されないような気がするのです。
いえいえ、筆頭聖女のわたくしが弱音を吐いてはいけません。
今だけです、今だけ。
テオドール猊下も平民ニーナも全然忙しそうじゃなかったのに。
むしろずっと楽しそうで、いつも笑っていて。
仕事を楽しんでやっていたから? そんなことできる?
それともわたくしよりもずっとスペックが高くて、仕事なんてちょちょいのちょいで片付けていた?
ふうと、淑女らしくないため息を吐いて首を振ります。
あのちゃらんぽらんで高度な教育を受けているはずのないニーナが、わたくしよりずっとスペックが高いなどということがあるわけないではありませんか。
アラスター様に評価されて婚約者となったわたくしなのですから。
そう、疲れて少し弱気になっているだけなのですわ。
「ところでアラスター様。今日はわたくしに会いに来てくださったのですか?」
「カトリーヌに会いたいから遣いを引き受けた、というのが真相だな」
「遣い、と言いますと?」
「うむ。これを見よ」
「拝見いたします」
アラスター様の持っていた手紙……いえ、これは軍のデレク中将からの正式な依頼ですね。
何事でしょう?
ええと、東方の隣国シアノイツに侵略の気配あり?
おそらく戦争になる?
聖女教会には聖女を派遣していただけるよう要請する?
ええっ? 大変な事態ではないですか!
でも戦争なんて怖い!
アラスター様が仰います。
「戦争において回復魔法の使える癒し手をどれだけ派遣できるかというのは、勝敗を帰結するほど重要な要素だ。そして我が国の聖女達は、普段から治療院で鍛えられているという強みがある」
「は、はい」
「ニーナでさえも従軍したことがあるくらいだ。カトリーヌも軍の要請に従ってくれるな?」
「も、申し訳ありません。現在聖女教会は混乱しております。聖女も多数脱退してしまったので数が足りず……」
「ムリか。まあいい」
「えっ?」
いいのですか?
拍子抜けです。
「国境付近に陣地を作っての防衛戦になるから、さほど聖女の必要性はないのではないかな。一応どこぞで遊んでいるニーナに連絡しておけばよかろう」
あの平民ニーナを頼らねばならないのは屈辱ですけれども。
「こんな時くらいあいつを働かせておけばいいのだ。それくらいしか能がないのだからな」
◇
――――――――――その頃、ラパ村の偽聖女教会にて。ニーナ視点。
三ヶ月も経つ頃には偽聖女教会ラパ村本部が知れ渡り、王都から癒しを受けに来る人がいたり寄付してくれたりする人も出始めた。
ちょっとだけどお給料を出せるようになったよ。
自給自足&物々交換経済から脱した!
「それにしても人が随分多くなったんじゃない?」
「ラパ村に移住する者が増えておるからの」
「何でだろ? 街道から離れた辺鄙な村なのになあ」
のんびりした田舎でいいところではあるけど、お肉が……魔物が出るしな?
「やたらと農作物の収穫量が伸びており、牛乳や鶏卵の収量も増えておるじゃろ?」
「あたしや聖女達が暇に飽かせて祝福しまくってるからね」
「ケガしてもまず安全じゃし」
「まあこれだけ聖女がいればね」
「この世の楽園ではないか」
そー言われりゃそうかも。
あれ、見慣れない軽装兵が来たぞ。
伝令かな?
「テオドール大司教猊下、ニーナ様!」
「もうわしは大司教ではないぞ」
「偽聖女教会は小さいからなー。小司教かな?」
アハハ。
あれ? 笑いどころじゃないの?
「隣国シアノイツが攻め寄せてまいりました!」
「意外ではないが……」
「ちょっと変だね」
リサルチア王国と東の隣国シアノイツ王国は伝統的に仲が悪い。
利権を取ったり取られたりの間柄だから。
国王夫妻が外遊してたのも、対シアノイツを視野に入れて友好的な国を増やそうという思惑があったのだ。
「王が外遊中に攻めてくるならわかるが、今になってとはな」
「そうだねえ」
「ニーナがリサルチア国内にいることに拘ったのも、戦争の危険があったからじゃろ?」
「まあ」
聖女はクビになったけれども、お世話になった人も大勢いるしな。
見捨てるに忍びない。
「それでニーナ様にヒーラーとしての協力要請が出ているのです」
「聖女教会に頼めばいいじゃろうが」
「いえ、協力要請を出しているのが国でも王家でもなくて、デレク中将でして」
デレクのおっちゃんはいい人だ。
二度ほど魔物退治に付き合ったことあるし、時々御飯を奢ってくれた。
戦闘指揮官としてはリサルチアで一番有能なんじゃないかな。
平民出身で中将って結構すごい。
「デレクのおっちゃんが司令官なんだ?」
「はい。王家からは聖女教会に協力要請をしたらしいのですが、聖女不足のためムリだと」
「愚かな! こんな時こそ筆頭聖女が聖女全員を引き連れてでも戦地に向かうべきじゃろうが!」
「聖女教会の権威を上げるためにもカトリーヌちゃんが立場を固めるためにも、じっちゃんの言う通りにすべきだねえ」
伝令兵さん苦笑しとるわ。
どうやら軍では今の聖女教会使えんっていう認識みたいだな。
「デレクのおっちゃんの頼みじゃ断われないわ。あたし一人いれば十分だろ。行ってくるね」
「助かります!」
「気をつけるのじゃぞ」
「あたしは大丈夫だけど、こっちよろしくね」
せっかく偽聖女教会も順調に進み始めたところだからな。
まー大司教のじっちゃんに任せとけば平気だろ。




