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偽装と能力

書斎の入り口付近には、真姫さんと多恵さんがいた。


真姫さんは腰が抜けて呆然としており、多恵さんはショックで立っているのもやっとという感じだった。


私とお姉ちゃんは急いで二人の元へと駆けつけ、その視線の先に目をやった――


そこにあったのは首を吊った人間の後ろ姿だった。服装や体型からして榊さんだろう。


咄嗟に書斎の時計を確認する。時刻は3時を回った所だった。


「こっ、こいつは一体...!?」


溝口さんが後ろで驚きの声をあげた。


「さっ、さっ、榊くん!?どうしてこんなっっ!?」


海藤さんは半ばパニックになっていた。


「さっ、榊先輩!?」


死体役の田辺さんがそう言った。非常事態だしリビングデッド状態なのは仕方ないだろう。


榊さんが亡くなっているのは誰の目にも明らかだった。


....が、取り敢えず本当に亡くなっているのかどうか、亡くなっているとしたら、明らかとはいえ死因が何なのかは、はっきりさせておかなければいけない。


現場を保存するため、中に入るべきではないかもしれないけど....。


「お姉ちゃん、入っても大丈夫そう?」


「周辺をスキャンしてみたんだけど、ほら、最初に案内されて皆あちこち動き回ったでしょ?あれで、絨毯の上が結構色々と散らかっちゃってて、証拠と言えそうなものが見つかりそうもないの。取り敢えず物には触らない様にして、榊さんに飛沫が飛ばないよう、ある程度離れた所から観察すれば問題ないかな」


私達は部屋の中に入り、首を吊った榊さんの前方に回った。顔がうっ血して青黒くなっており、目がカッと見開かれた凄惨な状態になっているが、やはり榊さんで間違いない。吊られているから正確には分からないが、背は私と同じ位だろうか。体格的に、恐らく体重は50kgちょっとといった所だろう。


榊さんの周辺には靴がきちんと揃えて置いてあり、椅子も倒れている。


「お姉ちゃん、どう?」


「間違いなく亡くなってるわね。死因は頸部圧迫による窒息死。結膜とかに複数の溢血点が見えるし、肺にうっ血が見られる。それに舌骨も折れてるわ」


先程からのお姉ちゃんとの会話は他の人には聞かれていない。いわゆるテレパシーの様なものなのだが、何故私達にこんな事が出来るのかは、なんとなくでしか分からない。また、通信は光速度を超えるのかとか、どこまでも届くのかどうかも、検証した事がないから分からない。


あと、司法解剖した訳でないのに、肺のうっ血や舌骨が折れている事が分かったのは、お姉ちゃんの能力によるものだ。


その能力とは、視界に入った半径3m以内にある死体を隅々まで透視出来たり、機器を使わず科学捜査が出来るというものである。


また、部屋に一歩でも入って3Dスキャンをし、3Dモデルを構築すれば、半径3m外であっても、その部屋に残された証拠を何処にいても分析する事が出来る。


ただ、残念ながら大きな欠点もある。それは、生きている人や、その人が身に付けている物等はスキャン出来ないという事である。


だから、生きている人の着ている服や装飾品などは、脱いだり取り外したりしてもらわない限りはスキャン出来ないし、目で見える外傷以外の細かい部分は、実際に機器を使わないと調べられない。


また、能力の中には当然DNA 鑑定や指紋照合なども含まれるわけだが、照合先はお姉ちゃん独自のデータベースであり、そこに登録されるには3つの条件がある。その条件とは――


1.相手の本名が分かっている。


つまり偽名では登録出来ない。


2.相手と会話した事がある。


この場合"会話"というのは、例えば全校集会の様な場で、全員に呼び掛けて返事をもらう時、呼び掛ける側が、心の中では全員を対象にしているのではなく、ある個人を対象にしていた場合も"会話"として認識される。


3.相手と接触がある。


接触は布越しでも良い。つまり、肩と肩がぶつかったりするだけでも良いが、袖と袖が触れ合うだけとかでは認識されない。


以上3つの条件を満たすと、自動的にデータベースに登録され、DNA、指紋はもちろん、歯型や耳紋なども照合出来るらしい。


お姉ちゃんによると、登録されている場合、スキャンをした時に、例えば髪の毛だったら髪の毛の上に、その人の名前が表示されるという。しかもこの場合、髪の毛と自分の間に何らかの障害物があって、髪の毛が視界に入ってなかったとしても、どうやら名前だけは見えるみたいだ。


今回の場合であれば、本名が分かっていて、会話もしていて、談話室で立ちくらみを起こして倒れかけた時にお姉ちゃんが支えた奥田さんは、データベースに登録されている事になるので、例え壁の向こうであっても、そこに奥田さんの痕跡があれば、それが何なのかは分からないまでも名前は表示されるという事だ。


それに未確認ではあるけど、鍵を届けに行った時に接触した可能性のある海藤さんも、もしかしたら登録されているかもしれない。


また、データベースに登録されていない場合でも、DNAだったらDNAどうしを、指紋だったら指紋どうしを比べる事は出来るので、同一人物かどうかは分かる。


しかし残念ながら、さっきも言った通り、生きている人間を直接スキャンする事は出来ないので、抜け毛とか、その人が触った物とかをスキャンする必要がある。


あと、科学捜査の能力は今の技術レベルに依存している。つまり、技術が発達すればする程、お姉ちゃんの能力の精度は向上するし、やれる事も増えてくるというわけだ。


というか、そもそもこんな能力を授ける位なら、犯人の名前や手口、その証拠の場所を最初から教えてよとか、生きている人はスキャン出来ないなんて痒い所に手が届かないというかなんというか、神様ってちょっと抜けてる所があるのかなとか思わないでもないんだけど、それでも事件を捜査する上では十分過ぎる程、強力な能力だと思う。


お姉ちゃんは親戚のお葬式で、この能力の存在に気付いた。


最初少し戸惑ってはいたけど、すぐに順応し、その親戚の死因を理解した。その時は特に何の事件性も無かったみたいで良かったなと心から思う。


科学捜査は目の前に明確な形で浮き上がり、死体の所見は頭の中にイメージとして現れ、なんとなく答えが分かってしまうらしい。


お姉ちゃんが法医学や科学捜査を趣味で学んでいるのは、それらをきっちり自分の中で言語化し、頭の中を整理する為みたいだ。


そしてこういった能力だからこそ、周りにバレてしまうと危険が伴う可能性が十分考えられる。


だから、その為にテレパシー能力が必要だったんだろうなと思ってるんだけど、そう考えるとただの神様の気紛れという訳でもないのだろう。


因みにお姉ちゃんの能力の事を知っている人は、私の他に、やたら勘の良い女刑事さんがいる。


その刑事さんとは、ある事件で知り合ったんだけど、お姉ちゃんの能力に気付いちゃって、それ以降、私達は秘密裏に警察に協力する事になったのだった。



○うぉぉぉぉ~!!とんでもない秘密が明かされましたね~!まあ、能力は私があげたんですけどね、えへ☆


ああ....。今にも「おい、クソ女神っ!こんな未知の能力なんて聞いてねえぞっ!約束事とかほざいておきながら、フェアプレーの精神もクソもねえじゃねえか!ふざけんな!!」という皆さんの声が聞こえて来るようです....。うぅぅぅ......。


で・す・がっ!!ご安心下さいっ!私は女神なので、この事件の犯人が当然分かってますけど、そんな未知の能力とかなんとかは一切関わってません!更に言えば、この洋館に隠された秘密....なんてものも一切ない事を私が保証します!!


ここで、冒頭で言い忘れてた約束事をお伝えしますね。


今後、もしも皆さんの世界に存在しない"未知のなんとか"――これを今はXと呼ぶ事にします――が、今後事件の推理に関わって来る時は、必ず皆さんにその存在をお知らせします!


その時はXの性質についても一緒にお話する事もあれば、Xの存在のみを示唆して、その性質を推理していただくという事もあるかもしれません!


でも、と・に・か・く!今回の事件の犯人はXを一切用いていませんので、安心して推理を楽しんで下さいね!それでは続きをどうぞ!


はぁ~~~っっ!!!華凛ちゃんも華澄ちゃんも可愛い...ふへへへ○



さて死因は分かった、あとは....。


「それでお姉ちゃん、もしかしてこれって....」


「ええ、他殺ね間違いなく。一応、そこに倒れてる椅子に榊さんの靴の跡があるし、靴の中には榊さんが履いていた靴下の繊維もある。それに靴から検出されたDNAと榊さんの髪のDNAが一致して、他には検出されない事から、この靴は榊さんしか履いてない事も分かる。でもほら、あそこ」


お姉ちゃんのが視線で示す。


「少し太めの縄で見えづらいけど、首の周りに傷がある。つまり、誰かに首を絞められた時に抵抗したという事ね。索痕も不均等な線になってる。恐らく最初は、相手の首にロープを掛けた状態で自分の肩に背負う様にして締める、いわゆる"地蔵背負い"の様なやり方で榊さんを絞殺したあと、首吊り自殺に見せかける為に吊るしたって感じじゃないかな」


「死亡推定時刻は?」


「mRNAの分解状況と、硝子体液中のカリウム濃度とグルコース濃度から、2:05~2:45の間って所だけど、遊戯室の入り口の辺りで、海藤さんと溝口さんが話している時、榊さんが東から西に通りがかるのを見てたから....」


「ああ、あれは多分2:20分頃じゃないかな。私が遊戯室の時計でその後確認した時刻から逆算してだけど。という事はつまり、死亡推定時刻は2:20~2:45ていうこと?」


「ええ、そうね」


「そういえば、お姉ちゃんが言ってた首吊りの偽装の事なんだけどさ、それって検死の段階ですぐに分かっちゃうんじゃない?」


「そうね。犯人にそういう知識がないという事も考えられるんだけど、それにしては引っ掛かることがあって...」


「引っ掛かること?」


「ええ。そういう知識がない割には、死体と接触した痕跡が全く残ってないの。犯人が着ている服の繊維とか、飛沫とか、髪の毛とかね。最近の技術ではこういう麻ロープからも指紋を検出出来るんだけど、抵抗した時の榊さんの指紋があるだけで、犯人らしき指紋もない」


「でもそんな事ってあるの?もしかして防護服みたいなのを着てたとか?」


「防護服そのものっていう事はないと思うけど、その代わりになるものっていう事なら、そう考えるのが妥当かな」


「なるほどね。他には何かある?」


「地蔵背負いで榊さんを殺害したんだとしたら、犯人の左右どちらかの肩がまだ赤くなってたり、服の肩の部分の繊維が目に見えないレベルで擦れてたり、切れたりしてるかもしれない。それに、麻ロープの、目には見えない微細繊維が、防護服代わりの服の繊維の微かな隙間を通り抜けて、犯人が着ている服の肩に付着している事も考えられる。でもこれだけだと言い逃れされる可能性もあるし、他にも証拠が欲しいかな」


「分かった」



榊さんの絞殺死体は書斎の梁に吊るされている。


ロープの先端の結び目の穴が、書斎のドアノブに引っ掛けてあった。


「お姉ちゃん、書斎の椅子とか机とか本棚に足跡ついてない?」


「無いわね。あと、梁にロープが擦れた跡がある他は傷一つ付いてない」


恐らく犯人はロープの結び目をボール代わりにして、投げて梁に掛けたあと、ロープをドアノブまで手繰り寄せつつ、死体を吊し上げたのだろう。


「衝動的にやったって感じじゃないよね」


「ええ、私もそう思う。多分無駄に時間を使ったり、余計な痕跡を残さずスムーズに事が運ぶよう、かなり用意周到に準備してきてるわね」


「そういえば凶器はこのロープなの?」


「そう。索痕とロープの繊維のパターンが一致するし間違いないわ。あと、榊さんの服の正面側にロープの繊維が多く付着してる。多分、絞殺したあと、首吊りの輪を首に掛けておいて、ロープの残りの部分は榊さんの身体の上に置いておいたんじゃないかな」


この部屋のドアノブの高さは約1m、梁の高さは約3mだから高低差約2m。ドアノブから死体までの直線距離は約4m。20の平方根は、2√5だから、2×2.236=4.472。まあ大体4.5とすると、垂れ下がった部分と首吊りの輪の部分、ドアノブに引っ掛けてある部分を多めに見積もって約2mとして、ロープの合計の長さは6.5m程という事になる。そこそこ長いけど、何処にあったんだろう?


私達がテレパシーでそんなやり取りをしていると、いつの間にやって来たのか、海藤さんが亡くなった榊さんをじっと見つめながら、何か呟いていた。


「ごめんね」


海藤さんの口の動きから、その言葉だけは辛うじて読み取れた。


「自殺…ですか?でもどうして榊先輩が?」


驚きと悲しみを滲ませてそう言ったのは、こちらもいつの間にか死体の周辺にまでやって来ていた田辺さんだ。


「わ、私が来た時には、もうこんな状態でっ!だっ、だから、何がなんだか分からなくなっちゃって!!」


しどろもになって震えながらそう言っていた真姫さんが、ついに泣き始めた。


「真姫ちゃんの叫び声がいきなり聞こえて、びっくりして、慌ててこっちの方に走って来たらこんな事になってて....っ!....わ、私ちょっと行って来る!」


吐き気を催したのだろう、顔面が蒼白になりながら多恵さんが駆け出した。恐らくトイレに行ったんだと思う。


「さ、さっきまでそんな素振りなかったよな?なんで急に...?」


こう呟いたのは溝口さんである。


「とっ、とにかく!先ずは警察に連絡を…!」


そう田辺さんが言った時、死体を見上げていた海藤さんが突如


「あれ?首の周りに傷がある!」


と叫んだ。私とお姉ちゃん以外の、その場にいた全員が驚いて、一斉に海藤さんを見る。


「それがどうしたってんですか海藤さん?」


突然の事で驚かされたためか、少し苛立ちながら、溝口さんが尋ねた。


「分からないのかい!?抵抗した痕があるって事は、これは自殺じゃないんだよ!誰かが榊くんを殺したんだ!


海藤さんがそう言った瞬間、その場に緊張の糸が張り巡らされるのが分かった。


「そっ、そんなっ!じゃあこの近くに、こんな事をする殺人鬼が潜んでるって事ですか!?」


真姫さんが泣きわめいた。人里離れたこの場所で外部犯がいるとも思えないし、痕跡を残さないようわざわざ工夫したり、手間をかけてまで首吊り自殺に偽装する必要性などを考えると、可能性は低い気がする。しかし今までの話を考慮すると全くあり得ない話でもない。取りあえず外もある程度調査した方が良いだろう。他に気になってる事もあるし。


「じゃあさ、とにかく警察に連絡するのは当然としても、来るまでに時間がかかるだろうし、ある程度僕達で調べるっていうのはどうかな?」


友達が殺されたからだろう。海藤さんは積極的だ。


「いっ、嫌ですよ、そんなの!!それよりも食堂か何処かで、警察が来るまで皆で固まって待ってた方が絶対良いです!」


真姫さんが拒否する。まあ、普通はそうだろうな。


「僕...私もそう思います!それに責任者の一人として、これ以上皆さんを危険に曝すような事は出来ません!」


断固とした調子で田辺さんが言った。


「分かったよ…。じゃあ、君達は食堂で待っててよ。僕は一人で行くから。僕が死んだとしても、それは僕のせいだから、田辺くんは気にしなくて良いよ」


海藤さんも断固とした調子でそう言って、走り去って行った。


「あっ!ちょっと海藤さん!……クソ!」


田辺さんが苛立ちながら言った。



「すみません。私達、緊張のせいかちょっとお手洗いに行きたくなっちゃって…。多恵さんの事も心配ですし、私達がついでに様子を見に行って来ますから、先に食堂で待ってて下さい」


と私は切り出した。


「そうですか...。溝口に付き添わせましょうか?」


「いえ!来ていただきたいのはやまやまなんですけど...。あっ、あのぉ、ちょっ、ちょっと長くなっちゃうかもしれないので...」


恥ずかしそうな感じで言ってみた。実際ちょっと恥ずかしい。


「あっ、ああ...。それは仕方ありませんね。くれぐれもお気を付け下さい」


「はい!」


「華凛ちゃん達、ほんとに大丈夫....?」


真姫さんが心配してくれる。


「ええ大丈夫です!いざとなったら大声出しますし、一応こっちは二人いるので!だから、真姫さんは食堂でゆっくりしていて下さい」


「うん...。分かった...」


「あっ!そういえば、奥田さんの様子も見に行った方が良いんじゃないですか?調子が良さそうなら、事情を説明して、そのまま食堂で待機してもらうとか....」


私が提案すると、田辺さんは今まで気付かなかったという感じの様子で


「あっ、ああそうですね。そうします」


と言って私の提案を受け入れた。


色々上手くいって良かった。私とお姉ちゃんはトイレの方へ駆け出した。



トイレにはまだ多恵さんがいた。だいぶ吐いたのだろう。かなりやつれたような気がする。


「大丈夫ですか多恵さん?」


私が尋ねた。


「あ、ああ、華凛ちゃん...。あんな所にいきなり死体があって、私、訳分かんなくなっちゃって...。ごめんね年上の私がこんなんで....」


いや、これがまともな反応だろう。非常事態だからか誰にも突っ込まれなかったが、私たちが慣れすぎているだけだ。


あと榊さんとは、ほとんど面識が無いというのも大きい。結局、一度も会話をする事は無かったし、ミステリー研究会のOBで、海藤さんの友達という事以外、どんな人なのか全然分からない。榊さんの事については、あとで海藤さん辺りに聞いてみた方が良いだろう。


「いえ、そんな...。あの状況では誰だってパニックになってもおかしくないです....。あっ!今、海藤さん以外は食堂に集まってるので、落ち着いたら多恵さんもそちらに行って下さい」


「あっ、うん...。分かった。もう大丈夫そうだから、行くね。華凛ちゃん達も行く?」


多恵さんの表情が少しずつ回復して来ていた。


「いえ、じ、実は、緊張のせいで姉妹そろってお腹が...。で、ですからちょっと長くなるかもしれません....」


「そ、そう。それは大変だね。やっぱり華凛ちゃん達も緊張してたんだね...。うん!私も頑張らないと!じゃあ私行くけど、気を付けてね華凛ちゃん、華澄ちゃん!」


「はい!」


多恵さんがトイレから出て行った。


トイレの窓は、しっかり施錠されていた。


私達は、いざという時の為にポケットに忍ばせている手術用のゴム手袋を取り出し、両手に装着した。


「時間も無いし二手に別れよう。私は外を見て来るから、お姉ちゃんは中をお願い。何かあったら連絡ちょうだいね。終わったらまたここに集合して、二人で食堂に行くって事で」


「分かったわ」


お姉ちゃんがこくりと頷いた。



それからダッシュで外に出た私は、先ず駐車場を見渡した。


私たち以外の誰かの車が止まった様な痕跡は無かった。


車でここまで来ていないとすれば、何処かからか歩いて来た事になるので、昨日から今朝までの雨でぬかるんだ地面を歩いていたら、当然泥が付着するはずだが、しっかりとアスファルトで舗装された駐車場や、洋館の周囲――全部回った訳ではないけど――には、泥の跡らしきものは一切無かった。


ここまでは予想通りである。次が本命だ。もう手遅れかもしれないが、私は焼却炉へと急いだ。



焼却炉に着いた時、私は予想外の事に少し驚いていた。焼却炉が動いていなかったのだ。それはつまり誰かがボタンを押したという事だけど...。


焼却炉を見ると、一部窓の様になっていて、中が覗けるようになっていた。扉を開けようとしたが、鍵が掛かっているため開かない。


仕方がないので、窓の様な部分から中を覗いてみると、青い物の上に透明な何かが乗っかっているのが辛うじて見えた。


なんとなく筋道が見えて来た気がする。確証はまだないが、スイッチを切ったのは多分あの人だろう。


多分、あっちも調査が終わっている頃合いだろう。3Dスキャンを使えば、理論上は他の場所に移動しながら目につく場所は色々調査出来るし、お姉ちゃんにはそれが出来る。あとはクローゼットの中など、何かが隠されているかも知れない所を中心に時間をかけていけばいい。


私はお姉ちゃんと、テレパシーで連絡を取り合う事にした。


「お姉ちゃん、どう?そっちの様子は?」


「やっぱり、どこにも泥の跡とかは無かったし、窓が開けられた形跡も無かったわ」


これは予想通りだ。


「ロープは物置にあったものみたい。箱の中に同じ物があったから。あと、箱は他にもあって中身も入ってたんだけど、一つだけ空の箱があったのが、ちょっと気になったかな」


少しずつ事件の輪郭が浮かび上がって来る。


「それと、田辺さん達が奥田さんを食堂に連れて行ったあと、休憩室に入ってみたんだけど、クローゼットに透明なレインコートが掛かってたの。ポケットの中にゴム手袋とマスクが入ってた。検出されたDNAは奥田さんのものだったわ」


「ああ、なんかそうじゃないかなって思ってた。因みにそのレインコートはいつ着たのか分かる?」


「皮脂とかの酸化具合からして、ここ24時間なのは間違いないかな。まあ昨日は断続的に雨が激しく降ってたから、外で用事があった時にレインコートを着ていたとしてもおかしくはないけど」


「そっか。そういえば物置とかに踏み台みたいなのあった?」


「ううん。そういうのは何処にも無かったよ」


「なるほど。他に何か気付いた事ある?」


「泥の跡を探してる時に、色んな人の足跡がついちゃってて、特徴的なものはなかったんだけど、唯一洋館の北東隅に、四角い線上になった跡が絨毯に少しだけ残ってたの。車輪か何かかなって思うんだけど....。あとは、榊さんの毛髪と同じDNA は廊下全体と、書斎と男子トイレでしか見つからなかったっていう事かな。食堂にも間違いなくあると思うけど。あと、男子トイレのドアノブに榊さんの指紋が付いてた」


ああ、そういう事ね。


「ていう事はお姉ちゃん、男子トイレにも入ったんだ?」


こういう状況ではそれも当然なのだが、少しいじってみる。


「うん。ちょっと恥ずかしかったけど...」


お姉ちゃんが照れてる。可愛い。



「私の方は、焼却炉のスイッチが切られてたからゴミがまだ残ってたの。鍵がかかってて中をしっかり確認出来なかったんだけど、少しだけ覗ける所があったから覗いてみたら、青い物の上に透明な何かが重なって捨ててあった。あと、駐車場に私達以外の誰かの車が停まっていた痕跡も、泥の跡らしきものもなかった」


私が報告すると


「ああ、うん、そういう事ね。もしかして捨ててあった物って....」


「間違いないと思う。そうだお姉ちゃん、今からこっちに....」


と言いかけた瞬間


「わっ!!」


と背後でいきなり声がしたので思わずビクッとして


「きゃっ!なに!?」


とか言ってしまった。振り返ってみるとお姉ちゃんがいた。


「ふふ、来ちゃった」


さっき少しからかった事への逆襲だろうか?でも来てくれて良かった。


「もう、ビックリさせないでよ!......それでこの焼却炉なんだけど...」


「うん。これね。青い物の方からは榊さんのDNAとか服の繊維が、透明な物の方からは、今洋館にいる誰かのDNAが見える。あと、どうも青い物の下に奥田さんの痕跡が残った何かがあるみたい」


「名前が表示されてるってこと?」


「うん。もしかしたら奥田さんが飲んでた飲み物のペットボトルじゃないかな?さっき洋館の中の何処を探しても無かったし」


「えっと、確か真姫さんが奥田さんに連れ添って行った時は、まだ飲みかけのまま談話室のテーブルの上にあったよね?」


「ええ。あの時あった誰かの飲みかけのペットボトルはまだ置いてあったんだけどね」


なるほどね。


「そういえば海藤さんには会った?」


「予備室に入っていったのがちらっと見えたけど、ちょうどタイミングがズレた状態で同じ順番で調査していたのか、上手い具合に会わなかったよ。多分もう全部回って、食堂に行ってるんじゃないかな」


「私達もそろそろ行こうか?」


「そうね。調べるべき事は一通り調べたと思うし」


「あとは....」


「ええ、アリバイだけ、でしょ、華凛ちゃん?」


「ふふ、そうね、お姉ちゃん」


私は再びダッシュでトイレまで行き、お姉ちゃんと合流した。結構汗をかいた気もするけど、まあトイレで厳しい戦いがあったとでも言えば納得してくれるだろう。


私達は食堂へと向かった....。

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