表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

嵐の前の静けさ

食堂に入ると、厚いカーテンが閉められた部屋は暗くなっていて、音楽と雷の音が大音量で鳴り響いていた。


テーブルや椅子の配置がさっきまでとは変わっていて、食堂の中ほどにちょっとしたスペースが出来ている。


そこに血のような赤い色で魔方陣が描かれた白いシーツが置かれ、そこで田辺さんが胸を刺され死んでいる...様に横たわっていた。


頑張ってはいるけど、やっぱりちょっとお腹が動いちゃうのは仕方ないよね。


シーツはさっき食堂の端の目立たないところに、何かの置物に掛けられていたのと同じ様な感じがするけど、良く覚えてない。


ただ置物があったと思われる場所には今、砂嵐が映っているテレビが置いてあるので、恐らくシーツを裏返しにして、テレビに被せていたのだろう。画面から発せられる光によって、うっすら見えている柱時計を確認すると時刻は2時40分だった。



どこまで現実に沿った設定かは分からないけど、現場の雰囲気は典型的な儀式殺人の様相だ。


だけど、幻覚型のシリアルキラーの様に現場は無秩序ではなく、寧ろ整然としている。他に外傷らしきものも見当たらないので、もちろんナイフが凶器と思われるけど、凶器を現場に放置したままなのは、それ自体が儀式に必要な行為だったからと思われる。


つまりこの犯人は幻覚型と確信型の混合で、高い知性を持ち、パッと見は普通に日常生活を送っているタイプだろう。


儀式の意味合いは分からないが、血の魔方陣という感じの設定から考えて、犯人の琴線に触れた人間を悪魔の生け贄に捧げる事が、世間に対するメッセージになると感じているのかもしれない。


....と、まあ、真面目に考えてみたけど、ナイフが刺さりっぱなしなのは、イベントの都合上、この人はナイフで刺されて死んでますよっていう表現なのかも。


お姉ちゃんの方をちらっと見たら、やっぱり何か考えている風だったけど、多分、これが実際の現場だとして、この角度、深さで刺さっているナイフと血痕から、犯行時の様子がどの程度把握出来るのかとか考えてるんだろうな。


海藤さんは最初おっかなびっくりな感じだったけど、そのうちワクワクしてる感じになっていた。



音楽と雷の音が自然にフェードアウトしていくと、突然テレビに映像が写り始めた。テレビ台の下にDVDプレイヤーがあるし、あらかじめタイマーを設定していたのだろう。


これ見よがしにテレビの周りに椅子が置いてあるので、多分座れという事なんだろうな。


横に3脚並んだ椅子が2列、前列と後列の間に距離をとって置かれてる。私達は前列に座った。


映像はホラー調で、この洋館にまつわる伝承や呪いなどの話だった。


割と良く出来た映像を観ている途中、後ろの方で「きゃっ!先輩!?」という声がした。真姫さんだろう。


構わず私達は映像を観ていたが、なんというか良く出来てはいるし、映画みたいで面白いんだけど、なかなか本題に入らない気がする。ただ要するに、昔この洋館に来ていた人達が、突然乱入して来た気が触れた人間に皆殺しにされた。その殺人鬼はこの洋館の主人に過去の事で復讐したいだけだったけど、悪魔に魂を売り渡したため、その代償に多くの血が必要になったという伝承がある事は分かった。


つまり、これがホラーイベントでも、狂信者による殺人を暴くというイベントでもないなら、田辺さん扮する被害者は、その時の悪魔の逸話に見立てた殺人の犠牲者という事になるだろう。


しかしそうなると、なぜその見立てをする必要があったのかだが、その辺りは現在の被害者の人間関係に触れてもらわないとなんとも言えない。因みに今は被害者の人となりについての映像が流れている。


被害者――ここではAさんと呼ばれている――は、一代で大企業を育てあげた辣腕の社長だったけど、ワンマンで周囲の反発も多く、あまりに強引なやり方に恨みを買う事も多かったという。


そして、そんなAさんだったからこそ悪魔に惹かれた。


疑心暗鬼に駆られ、家族を含め、他人を信用出来なかったAさんは、どんどん悪魔崇拝にのめり込んで行き、いつしかこの洋館の存在を知るのだった。


自らの目的を果たすため、Aさんは廃墟同然だったこの洋館を買い取り、儀式に必要な部屋を修復した。その部屋の一つが、この食堂であったわけである。


そして、Aさんの目的とは、永遠にして絶対の権力と不老であり、それを叶えるためには多くの生き血が必要だと、既に狂信者となっていたAさんは考えた。


その結果、親睦会と称するパーティーに集められたのが、今回の容疑者達である。


だがAさんは殺されてしまった....。


....う~ん、田辺さんはAさんのイメージではないし、ここまで有りがちな流れではあるけど、そこはご愛嬌という事にしておこう。


次に、その容疑者達の説明に移った。


どうやら、その日呼ばれた人達は十人以上いたみたいだけど、それぞれの証言を検証したところ、最終的に容疑者は三人に絞られたという。


Aさん同様、この人達もアルファベットで呼ばれていた。


Bさん:Aさんの息子


Cさん:Aさんの弟


Dさん:長い間Aさんを支えてきた、Aさんの右腕的存在


以上が今回の容疑者である。


ところで、この洋館の右辺廊下が東側通路、下辺廊下が南側通路という様に、方角で呼ばれていたので、以降は私もそれに倣う事にする。


あと、事件があった日、ドアが開放されていた部屋は、遊戯室と書斎だけだったみたいだ。


犯行時刻における、それぞれの証言は以下の通り。


Bさん:「人が集まっている所が昔から苦手で...。本当は立ち入り禁止だったんですけど、東側通路の方をぶらぶらしてたんです。そしたらDさんがトイレから出て来たのが窓から見えたので、このあと何処に行くのかちょっと気になって、北側通路をこっそり覗いたんです。でも全然Dさんが現れないのでおかしいなと思いました。多分食堂か厨房に寄ってたんじゃないですかね」


Cさん:「私は談話室にずっといました。誰もいなかったので寛げましたね。途中寝てしまった気がします」


Dさん:「私はお手洗いに行ってました。その後はスタッフの様子を確認するため、厨房を少し覗いたあと、書斎に行きました」


なるほど、どういう筋道かは大体読めた。犯人はあの人だろう。因みに厨房のスタッフ数人が食堂での異変に気づかなかったのは、犯行が静かに行われたのもあるが、猛烈な雷雨でうるさかったのも理由であるという事らしい。


また、Aさんが食堂で儀式を行おうとしてた事を、犯人だけは知っていたとの事だ。つまり、Aさんが準備していた儀式を見立てに使って、狂信者の犯行に見せかけようとしたという事だろう。


そんな事をしても、捜査が撹乱出来るとも思えないので、メリットがあるとすれば、儀式の準備をしていたAさんの名誉が護られる事位な気がするのだが、犯人はAさんに好意でもあったのだろうか?


それでこの後、どうなるのかなと思いつつ見ていたら、先程の容疑者の中で、Bが怪しいと思ったら食堂に残り、Cが怪しいと思ったら遊戯室へ、Dが怪しいと思ったら書斎へ行き、手がかりを探すよう誘導があった。


映像はそこで終わり、カーテンが開けられ部屋の中が明るくなった。因みにカーテンを開けたのは溝口さんだった。


ちょっと伸びをしつつ周りを見ると、奥田さんと榊さん以外の全員が揃っていて、後列の三席には真姫さんと、何故か多恵さんが座っていた。


「あれ、榊くんは?」


海藤さんが不思議そうに尋ねると、


「さっき私、食堂でお会いしたんですけど、お腹の調子が悪そうでしたから、もしかしたらお手洗いに行ったままか、行ったあと休憩室か談話室にでも行って休んでるのかも」


真姫さんが答えた。


「えっ、そうなの!?まぁ、かなり疲れてたみたいで最初の案内もパスしちゃってたからなぁ。そっかぁ、残念だなぁ....。ところで皆はこれからどうする?取り敢えず僕は食堂に残って手がかりを探そうと思ってるんだけど」


海藤さんが参加者全員に質問した。


「私は書斎にしようかな。誰が怪しいとかは分からないんですけど」


真姫さんがなんとなくといった様子で答える。


「えっと私は、厨房の片付けが終わったら、ゲストの皆と一緒にイベントを楽しめって田辺さんから言われてて、片付けが終わったからここで座って見てたんだけど、途中から見たから良く分かんないな。まあ遊戯室にでも行ってみるよ」


多恵さんが取り敢えずといった感じで答えた。


お姉ちゃんの方をちらっと見ると、お姉ちゃんが頷く。やっぱりお姉ちゃんも私と同じ考えみたいだな。


「私達は、海藤さんと同じく食堂に残って探しますね」


私がそう言うと溝口さんが


「おぉ、忘れてた!各部屋にカードが2、3枚隠されてるから、それを見つけて俺のところに持って来てくれよな!」


と簡単に説明した。


そうして真姫さんと多恵さんは食堂を出ようとしたが、食堂組が手がかりを探し始めて程なく、海藤さんが「あっ!」と大声をあげたので、真姫さんと多恵さんが引き返して来た。


「どうしたんですか、海藤さん?」


真姫さんが心配そうに尋ねる。


「これ見てよ!なんとなくテーブルの下を探っていたら、早速カードを見つけたよ!」


私達は海藤さんの周りに集まり、カードを見た。そこにはこう書かれていた。


***


問題:ある事件で容疑者をXとYの二人まで絞り込めた。犯人なら必ず嘘をつくが、そうでないなら気分によって本当の事を言ったり、嘘をついたりする。また、二人のうち少なくとも一人は間違いなく犯人である。証言はそれぞれ以下の通り。


X:「"私が犯人であるならば、Yは本当の事を言っている"事と"私が犯人で無いならば、Yは嘘をついている"事は同値だ」


Y:「Xは嘘をついている!」


さて、どちらが犯人だろうか?


***


....と内容はこんな感じだった。


「おぉ!早速見つけたのか!じゃあ分かったら俺のところに来て、理由も一緒に答えてくれ!」


溝口さんが張り切っている。


「こんな感じなのかぁ。私にはちょっと難しいかも...」


そう言って真姫さんは頭を抱えた。


「あー、私もさっぱりだわ。取り敢えず遊戯室に行って来る」


多恵さんが部屋を出る。


「僕もこういうのは苦手だなぁ...。華凛ちゃん達はどう?」


既に答えは分かっているのだが、あまり早く答えても場が白けてしまうかなと思って、ちょっと言い出せなかった。お姉ちゃんは私に譲るつもりらしい。


「あっ、はい。一応...分かった、と思います」


と私が少し躊躇いがちに言うと


「すげぇな!嬢ちゃん!早速聞かせてくれよ!」


腕を組んでニコニコしながら溝口さんが言った。


「えっと、簡単にするため、Xさんが言っていた"私が犯人であるならば、Yは本当の事を言っている"という命題をP、"私が犯人で無いならば、Yは嘘をついている"という命題をQとします。ここで犯人が必ず嘘つきである事と、二人のうち少なくとも一人は犯人である事から、Qは明らかに本当の事なので、PとQが同値であると主張しているXさんが仮に犯人だとすると、PとQがどちらも本当になる事も嘘になる事もないわけですから、Qが本当である以上、Pは嘘でなければいけません。つまり"Xさんは犯人で、且つYさんは嘘つき"という事になります。ですが、Xさんが犯人なら、YさんはXさんが嘘つきであると本当の事を言ってる訳ですから、これは矛盾します。従ってXさんが犯人では有り得ない。そして二人のうち少なくとも一人が犯人である事は間違いない訳ですから、Yさんが犯人である事になります。実際Yさんが犯人だとしても、Pが嘘になるのは、先程述べた通り"Xさんが犯人で、かつYさんが嘘つき"になる場合だけで、他の場合は全て本当の事なので、二人の発言に矛盾はありません。以上です」


「さっきのゲームの時も思ったけど、すっっげぇな嬢ちゃんっ!俺も正直途中で混乱しちまって、良く分からねえ部分もあったけど、聞いてた答えと同じだったぜ!おめでとう!」


論理の初歩ではあるけど、褒められると割りとこそばゆい。あと、遊戯室のあれはやっぱり溝口さんだったか。


「ありがとうございます!ところで手がかりというのは?」


「おぉそうだそうだ!手がかりは"Dは女性"だぜ!」


ああ、やっぱりね。そう来ると思った。


「華凛ちゃん、すっご~い!ああいうパズルっぽいの得意なの?」


目を輝かせながら真姫さんが聞いてきた。


「あっ、はい!昔からパズル好きなんです私!」


嘘ではない。実際私は昔からゲームやパズルが好きだ。


「へぇ~!いつか華凛ちゃん達と個人的に遊びに行きたいな!どう?」


「はい、是非!」


「ふふ、ありがと!問題は分からないかもしれないけど、私もカード探しに行ってくるね!」


真姫さんは明るくそう言うと食堂を出た。


「本当に凄かったよ華凛ちゃん!」


海藤さんが嬉しそうに言った。


「ありがとうございます!あんまり褒められるとちょっと照れちゃいますけど」


これは本心だ。


「ははは、うん、そうだよね。じゃあ、そろそろ探索再開しようか?」


「きゃぁぁぁぁぁぁっ!!!」


「はい」と答えようと思った瞬間、真姫さんの悲鳴が轟いた。場に緊張が走り、被害者役の田辺さんも思わず起き上がった。


「いっ、今のは?」


田辺さんがそう言うや否や、私とお姉ちゃんは書斎へと駆け出していた...。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ