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感動と論理

食堂の柱時計で時刻を確認すると、12時55分だった。


食堂に着いた私は、料理が並べられているテーブルに適当に座り、お姉ちゃんはその向かい側に座った。


見た目は勿論の事、既にとんでもなく食欲をかきたてられるような良い香りが私の鼻腔をくすぐっている。


ちょっと周りを見渡すと、奥田さんと真姫さん以外は全員集まっていて、コックさん、田辺さん、溝口さんが、今は開放された状態になっている食堂と厨房の間を、忙しく行ったり来たりしていた。


沢山テーブルが置かれている中、二台の長方形のテーブルに料理が並べられていて、それぞれ六人が座れる様になっている。

一方のテーブルに私とお姉ちゃんが座っていて、もう一方には海藤さんと榊さんが座っているという感じだ。


配膳が終わるのを待っていると真姫さんが食堂に入って来た。こちらの席に近づいて来る。


「テーブル、一緒に良い?」


真姫さんが小首を傾げつつ聞いてきた。


「ええ、勿論です」


お姉ちゃんんがそう答えると、真姫さんはお姉ちゃんの席から一つ空けた隣の席に座った。

私から見ると長方形の対角線に当たる。


「奥田さんの具合はどうですか?」


お姉ちゃんが心配そうに尋ねる。


「やっぱり溜まってた疲れが一気に出ちゃったみたい。

休憩室に着くなりソファで爆睡しちゃったし。

昔から真面目に頑張り過ぎる所があるからな、啓一くんは」


「仲の良い幼馴染みなんですね」


さっき田辺さんから聞いて知ってはいたけど、ここは取り敢えず流れに合わせておく。


「あはは、うん、まあ。そこまで仲が良いって訳でも無いんだけどね。

幼稚園から高校まで一緒だったから腐れ縁.....みたいな?」


なんとなくはぐらかされるかなって思ってたけど、割と本音で話してくれたな。

マイクロバスの前で喋ってた雰囲気からしても、恐らくそんな所だろうなと思う。



そうこうしてる内に配膳が終わり、その時ちょうど柱時計が鐘の音と共に1時を告げた。


配膳を終えた田辺さん、溝口さんは、海藤さん達のテーブルの方へ行き、コックさんは私達のテーブルの方へとやって来たため、自然と男女で分かれる形になった。


スタッフとゲストが入り乱れてというのが面白いなと思ったけど、知り合い同士ばかりみたいだから、こういうのも悪くないのかもしれない。



よし!さあ食べるぞ~♪と思ったら、海藤さんが既に皿を一つ空にしていて、思わず綺麗な二度見をしてしまった。


....さて気を取り直して、いただきま~す♪


先ずはカプレーゼからいただく事にした。

トマトとモッツァレラ、オリーブオイルのハーモニーが口一杯に広がり、夢見心地な気分になる。


その次はミネストローネを冷ましながら飲む。

違う種類のものを使用しているのか、カプレーゼの時とは違って、心地良い酸味のあるトマトの風味を舌で味わい、中に入っているハーブの香りを心ゆくまで楽しんだ。


他にも目、舌、鼻それぞれで楽しめる様々な料理の数々を味わいつつ、楽しみは最後までとっておくタイプの私は、いよいよステーキを食べ始める。


......ああ、ミディアムレアのお肉から溢れる肉汁が、私の口の中で幸せの洪水となって押し寄せる......


一瞬桃源郷が垣間見えた気がした。


なんて美味しいお肉なんだろう!

こんな食材を、こんな人里離れた場所で食べられるなんて!

この鮮度で食材を運んだ人や、素晴らしい味付けをしてくれたコックさんに私は感謝を捧げる。


感動のあまり潤んだ瞳で、真姫さんの向かい側、つまり私の席から一つ空けた隣の席のコックさんに熱視線を送った。


...が、それに気づいたコックさんは困惑の表情を浮かべた。


ああ、いけないいけない!冷静にならなくては!


なんか隣のテーブルで、奥田さんの分の料理を海藤さんが「勿体ないから僕がもらうよ!」とさっき言っていたと思ったら、既に「もうおかわりないの~!?」とか言って、榊さんの分も狙ってる感じがするけど、きっと私の気のせいだろう。


最後にデザートのメロンを食べる......


...なんて糖度なんだっ!


生産者の素敵な笑顔が思わず浮かび上がる程の、優しさと思いやりが、大いなる夢と共に このメロンには詰まっていた。


私はテーブルを叩きたい衝動を辛うじて抑え、代わりに自分の頭を小突いた。


そんな私の姿を見て、お姉ちゃんは嬉しそうに微笑み、真姫さんとコックさんは少し心配そうな顔をした。


はぁ~凄まじい料理の数々だった。

名にし負う偉大なる英雄達も、この料理の前ではその素晴らしさに膝を折れ、頭を垂れるに違いない......


...ハッ!これでは私がまるで食いしん坊キャラみたいではないかっ!

たっ、たまたまよ!

たまたま今日はお腹が空いていたから、思わず気持ちが盛り上がちゃっただけ!

勘違いしないでよね!


心の中が渋滞になりながらも、表情は平静を装って、周りを見渡してみた。


お姉ちゃんと真姫さんはまだ食べている最中だったが、その他の人は大体食事を終えていたので、コックさんに話しかけてみる。


「私、月代華凛っていいます。

料理、凄く美味しかったです!ごちそうさまでした!

コックさんが一人で作られたんですよね?

私感動しました!」


「あぁ!あの時の表情はそういう!ふふ、ありがと!

私は下山多恵しもやま たえ

気軽に名前で呼んで!私もそうするから。

実は料理の専門学校を出て、コックになったばかりなんだ」


多恵さんが少し恥ずかしそうに言う。


「えぇ!?もっと経験豊富なんだと思ってました!

食材の選び方とかも目利きって感じですし」


「あっ、分かる?嬉しいな~!

こっちこそありがとうね、華凛ちゃん!」


「いえ、そんな!

そういえば、どういう経緯で今回こちらで料理をされる事になったんですか?」


「ああ!溝口さん——あの厳つい感じの男の人ね。

あの人と私の兄が実は高校の頃の親友でさ。

この前たまたま連絡を取り合う機会があったみたいで、その時に私が料理の専門学校を出たっていう事を、兄が溝口さんに話したのがきっかけって感じかな」


「へぇ、そうだったんですね。

じゃあ今日美味しい料理が食べられた事を、溝口さんにも感謝しないとな」


多恵さんは屈託のない笑顔を見せていた。



多恵さんと話している間に、お姉ちゃんと真姫さんがそれぞれ食事を終えたようだ。


「私、真田真姫です!料理凄く美味しかったです!」


自己紹介をしつつ、真姫さんも多恵さんに料理の感想を述べた。


「私も。ほっぺが落ちるかと思いました!

私は月代華澄。月代華凛の姉です!」


お姉ちゃんが感動している。


「ふふ、ありがとう!すっごく嬉しい!

聞こえてたかもしれないけど、私、下山多恵。

皆も名前で呼んで」


私達はすぐに打ち解けた。

素晴らしい料理は人をつなぐのだ。


「ねえねえ、そういえばずっと気になってたんだけど、それって制服だよね?

すっごく可愛いんだけど!

学年によってリボンの色が違う感じ?」


真姫さんが興味津々という感じで、お姉ちゃんに尋ねた。


「はい、1年生は赤いリボン、2年生は青いリボン、3年生は黒いリボンをつける事になってるんです」


因みに、ポリエステルの白いブラウスに濃紺のスカートというのが私達の学校の制服で、結構人気がある。


といっても、私とお姉ちゃんの場合は、単に着ていく服を選ぶのが面倒臭いから、今回制服を着て来たというだけだったりする。


中高一貫校だったので、私は中学受験をしたのだが、中3の時は色々忙しかったので受験しておいて良かったなとしみじみ感じる。


女子校で雰囲気はいかにもお嬢様学校という感じなのだが、実際の学校の中はそうでもない。


私としては変に気疲れしないので、良い学校だなと思ってる。


「それに、二人それぞれ髪に結んだリボンの色が違うのも、なんかオシャレで良いよね!

私なんか一人っ子だから、そういう姉妹ルックみたいなの憧れちゃうな。

二人とも可愛いし」


「うふふ、ありがとうございます」


こんな時、変に謙遜しないで素直に受けとるお姉ちゃんが私は結構好きだ。


お姉ちゃんは長い髪の一部を二ヶ所三つ編みにして、それを黒いリボンで後ろに結んでいて、私は白いリボンを左側の触角に、二重螺旋状に結んでいる。


「さて、お集まりの皆さん!本日はご参加いただきありがとうございます!

今からしばらくの間、イベントが始まるまで自由時間とさせていただきますので、各々自由にお寛ぎ下さいませ!

ですが、案内の時にご説明致しました通り、危険ですので物置と予備室がある方へは立ち入らないようお願いします!」


田辺さんが皆に呼び掛けた時に、午後2時を告げる鐘がなった。


「じゃあ、私もそろそろ行くね!」


多恵さんが席を立ち、食器を片付け始める。


「私も何か手伝いましょうか?」


あんなに素晴らしい料理をご馳走してくれたのだ。

出来れば何か力になりたいなと思った。


「良いの、良いの!

華凛ちゃんは大切なゲストなんだから、そんな事は気にしないで!

私に任せて、今日は楽しんで!」


多恵さんが笑顔でそう言ってくれた。


「ありがとうございます!

お言葉に甘えて、今日は楽しみますね!」


多恵さんが食器を持って厨房の方へ行くと、海藤さんがやって来た。


「いやぁ~、美味しかったよねぇ、あの料理!

幾らでも食べれちゃうよ、うん」


確かに、海藤さんのあの勢いは尋常ではなかった。


「本当にそうですね。

多恵さんがお店出したら、私なら毎日通いたくなります!」


思わず言葉に力がこもる。


「うんうん、そうだよね~!

あっ、ちょっと座っても良い?」


そう言って、さっきまで多恵さんが座っていた席に海藤さんが腰掛けた。


「このツアーに参加したって事は、きっと皆もミステリー好きなんだよね?」


海藤さんがワクワクした感じで切り出した。


「う~ん、私は先輩に招待されたから参加させてもらったって感じで、まあ好きと言えば好きなんですけど、そんなに詳しいとか熱中してるって程では無いですね」


真姫さんが恐らく本心でそう言う。


「そっかぁ、でも興味はあるんだね!

華澄ちゃんはどう?」


海藤さんが楽しげにお姉ちゃんに尋ねる。


「私は好きです。

特に法医学とか科学捜査が本格的に出て来るのとか」


お姉ちゃんなら、まあそうだろうな、うん。


「分かる分かる!

僕もそういうの読んだ事あるけど、あれは面白かったなぁ。勉強にもなるしね!

......と言っても、僕は心理学を専攻してるから、あんまり関係ないんだけどね、ははっ!」


何がツボだったのかはちょっと分からないが、海藤さんは楽しそうに笑っていた。


「海藤さんは学生さんなんですか?」


少し気になってたので聞いてみた。


「そうだよ!

休学も留年も繰り返してて、まだ奥田くんと同じ二年生なんだ!

参ったよ、あはは!でも、まっ、なんとかなるでしょ!」


という事は、通っている大学は違うけど、たぶん真姫さんとも同じ学年という事か。


「大学は榊さん達と同じなんですよね?

どうして一緒にミステリー研究会に入らなかったんですか?」


少し個人的な事に立ち入るが、ここは聞いておこう。


「う~ん、なんでだろうねぇ。

自分でも良く分からないんだけど、直感的に、ああなんか違うかなって感じがしたんだよね。

榊くんもその時のメンバーも良い人達だったんだけど。

僕って昔から一回直感が働くと、なんの根拠がなくてもそれに従っちゃうんだよね」


ああ、確かにそんな感じするかも。


その時、再び食器を片付けに多恵さんがやって来た。


「あ!料理すっごく美味しかったよ!

もう幾らでも食べられちゃうって感じだった!

最高の料理をありがとう!

僕は海藤新!よろしくね!」


海藤さんが相変わらずの勢いで、多恵さんに感動を伝える。


「ありがとうございます!今日は沢山の人に喜んでもらえて嬉しいな!

...あっ、私は下山多恵です!よろしくお願いします」


余程嬉しかったのだろう。多恵さんがうっかり名乗り忘れていた事に気付き、慌てて自己紹介する。


「うんうん!ありがとね!」


海藤さんがそう言うと、多恵さんはお辞儀をし、再び食器を持って厨房へ行った。



ふと海藤さんは突然思い出した様に


「あっ!そういえば、まだ華凛ちゃんの好きなミステリーのタイプ聞いて無かったね!

どんなのが好き?最後に驚きがあるとか?」


と再びワクワクしながら尋ねてきた。


「驚きですか?そうですねぇ....」


さっきの田辺さんとの会話を一瞬思い出した後、私は言葉をつなげる。


「私が好きなタイプのミステリーって、手掛かりが全て与えられていて、それを論理的につなぎ合わせて真相を導く形のものなんです。

だから驚きっていうより、悔しいって気持ちになる方が良いかな。

だって私にとっての驚きって、全くの論理的つながりがないところにしか存在しないんです。

つまり、手掛かりが全て与えられていて、そこから論理的に帰結される話なら、その巧妙さに驚くっていうよりも、ああ分からなかった悔しいなって気持ちに私はなるっていうか」


途中から身を大きく乗り出しながら話を聞いていた海藤さんの瞳孔が、一瞬大きく開いた。


「うんうん!分かる!分かるよ!華凛ちゃんとは気が合うなぁ。

まあ、僕は論理的に考えるの苦手なんだけどね。

でも直感が働く時って、やっぱり的確に伏線があった時なんだろうなって感じるんだよ。

無意識と意識の違いはあっても、思考の過程は一緒って事なのかもね」


脳神経学、心理学に通じる、楽しくて興味深い話題だなと思う。


きっと推理小説を読む内に海藤さんの脳がミステリー寄りに訓練され、脳内の関連付けがその方面に特化したって事なんだろう。


時に間違える場合も有り得るだろうけど、思考速度は極めて早い。


「ふふ、ええ、そうですね」



テーブルに並べられた食器の片付けが終わり、厨房に多恵さんが籠った後も、様々な話題で盛り上がっていると


「ところで、華凛ちゃん達は自由時間どうするの?」


と、突然、海藤さんが聞いてきた。


「えっと、取り合えず遊戯室に行こうと思ってます」


内から迸るゲームやりたい熱を隠しつつ、平静を装い私は言った。


「そっか~。僕は取り合えず書斎に行ってみようかな!」


伸びをしつつ海藤さんが楽しげに言う。


「私はもう少し食堂でゆっくりしてます!

先輩と話したいけど、探し回って入れ違いになっても困るから、もしかしたらここで待ってた方が良いかなって」


そう言ったのは真姫さんだ。


聞くまでもないかもしれないけど一応聞いておこう。


「お姉ちゃんはどうする?」


「もちろん、私は華凛ちゃんと遊戯室に行くよ!」


そうだよね。


「ふふ、仲睦まじい姉妹で良いね!

私も妹かお姉ちゃんがいれば良かったなぁ」


真姫さんが明るく笑いながらそんな事を言った。



真姫さん以外の私達が席を立ち、食堂の入り口で田辺さんとすれ違った。


「あっ田辺くん!真姫ちゃんが君と話がしたいみたいだったよ!

ほら、まだあそこに座ってるから」


真姫さんの方を手で示しながら、海藤さんが告げると


「えっ真姫ちゃんが?なんだろう?」


そう言って、真姫さんの方へ歩いて行った。



さっ、遊戯室にレッツゴー!!

ららら~楽しいレトロゲームが私を待っている~♫

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