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おさなご

扉が開き、現れたのは見かけない死神だった。

「お疲れっスー。今回はこちらの亡者の方々っすー。」

今までの死神とは違い、畏まった喋り方ではなく、おちゃらけた喋り方の死神が現れた。

「君が最近話題の死神っすねー。おー確かに、他の死神とは違う雰囲気っすね。」

「えぇーっと…あなたは…?」

「死神っすよー。あぁ、亡者の方達をお連れしましたよ。」

案内しようと彼の後ろに視線をやると、私は絶句した。

そこにいたのは、まだ首の座っていない赤子を抱っこした5歳くらいの男の子だった。

「こんな小さな子が…」

思わず本音が漏れてしまうと、死神は「まだ味わったことがなかったんッスカ。」と意外だというような反応をした。そんなとき後ろからクロが出てきた。

「まずはお席にご案内するにゃ。」

クロの一言でヒバナはハッと我に返った。

「ご案内しますね。」

「ネコが喋ってる…?」

男の子が小さく呟く。男の子は慣れた手つきで赤子を抱きなおし、案内された席へ向かい、赤子を抱っこしたまま座った。なぜ、座高の低い椅子とテーブル、布団が置いてあるのかその意味を理解し、胸が苦しくなる。

「良ければ、赤ちゃんをこっちの布団に寝かしても大丈夫ですよ。」

「ううん。妹は僕が抱っこしていないと泣いちゃうんだ。それに、泣いちゃうとお母さんにぶたれちゃうから。」

私はその言葉を聞いた時、再び胸が苦しくなり、息が詰まってしまった。

そんなヒバナに気づいたクロが、ここは私が。とヒバナを裏へ行くよう促してくれたが、体が動かなかった。

「初めましてニャ。ここは、簡単に言うと天国にゃ。ここでは、天国に行くためにお腹を満たすところにゃ。貴方たちの持っている本をもらってもいいニャ?」

「そっか。僕たち死んじゃったんだ。うん。いいよ。僕のはこっち。妹のはこっち。」

「ありがとうございますニャ。」

クロは軌跡本を受け取り、後ろで呆然としていたヒバナに渡した。そこでようやっと我に返り、本を受け取り、マスターへ渡しに向かった。だが、その時表紙が目に入ってしまった。享年0歳。『  』と書かれた本と、享年7歳『ソウタ』と書かれた本を。通常、『』の中には名前が付く。産まれる前に亡くなった子でも名前は書いてあるはずだ。だが、無いということは親は名を呼ぶことなく、気にかけることもなかったということだ。自分の子という認識ではなく、ただの邪魔な子。そういう考えだったんだろう。名を呼ぶことも、考えることもなかった。

会ったこともない二人の両親に憤りを感じながら、マスターに軌跡本を渡した。

「…浮かない顔だね。まぁ、それもそうだろうね。その気持ち、理解できない訳ではないよ。だからこそ、現実を見なきゃいけない。まま我々死神のモットーは?」

「亡者に慈悲を…です。」

そうだ。私は今、人間ではなく死神だ。私にできることをするだけだ。

「ツキ…側にいて。」

そう呟くと影から、するりと黒く輝く蛇が現れた。

「任せてください。主。」

ツキはするりと首に周り、肩に乗る。ツキのひんやりした体が私の頭を冷静にさせてくれる。深呼吸をして落ち着いていると、見ていたマスターがフッと笑い、私に声をかけた。

「ヒバナちゃんも作ってみるかい?」

そう問われ、私はやらせてください。とマスターに向き直した。


マスターはソウタ君の軌跡本を見せてくれた。そこに載ってあったのはお世辞にも綺麗とは言えない、オムライスだった。だが、確かに愛情がこもっていた。そしてその後に文章が続いていた。「お母さんが僕の誕生日に作ってくれた。」ここまで見ると、微笑ましい親子の様子だが、途中から父親の姿が無くなり、お腹に新しい命が芽生えた。

そこから彼ら親子の歯車は狂ってしまった。事情は子供には教えていないのか、書かれていなかった。だが、食事はまともに与えられず、無意味な暴力が二人を襲った。彼らの身体に傷が無いのは、死神が痛みとともに消し去ったのだろう。ソウタが7歳にしては小柄だった理由も虐待されていたからだろう。

軌跡本にはソウタの気持ちも記されていた。

「おかあさんはぼくたちのことがきらいなのかな。」

そして最後のページに書かれていたことを読んだヒバナは涙をこぼしてしまった。

「おかあさんはいつかえってくるのかな。もう、たべものがなくなっちゃた。おみずもでない。からだがうごかない。いもうとも、うごかない。おかあさん。もういちど、ぼくに、ぼくたちにわらいかけて。」

そこでソウタの軌跡本は終わってしまった。ソウタ達の最期は餓死だった。最期まで求めたのは、母の愛。ただそれだけ。どんなに飢えても、恨まず、殴られても怒らず。ただ、優しかった母への愛を求めた。読み終わり私は、静かにただ静かに涙を流し、拳を握りしめた。

だが、まだ。妹の軌跡本がある。手を伸ばすと、マスターが制止した。

「君のその状態では、任せれないよ。」

その一言を聞いて、私は彼らを見てしまった。クロと楽しく遊ぶ、二人を。

彼らは私が考えていることを望まないだろう。復讐を。

「主…」

そう心配そうにツキは私の頬に擦り寄る。そのおかげもあり、私は決心がついた。二人のためにできることをする。もう一度マスターの方を向き、任せてください。そういうと、マスターは頷き、もう一冊の軌跡本を渡した。


10ページにも満たない本を開き絶望した。書かれていたのは、言葉では表せれない日々だった。ミルクもまともに与えられず、衛生面も酷く、育つこともまともにできなかった。泣けば殴られる日々。そんな中過ごした彼女の食べ物は…

「ケチャップライス?」

そこで軌跡本は終わっていた。恐らく、ソウタが限られた食料の中で思い出のオムライスを作ろうとしたのだろう。だが、幼いソウタには火が扱えなかった。だから、材料の欄には白米とケチャップのみなのだろう。そして彼らは。

涙が頬を伝い、ツキが優しく拭ってくれた。

「作れるかい?」

そう問われ私は力強く頷いた。料理は生前、母と体調のいい日にしていたから自信がある。

軌跡本の通りにオムライスはできた。ソウタのお母さんが作ったものに似るように、少し不格好に。

妹の方は、ケチャップと白米を合わせて作った。だが、ふと思ってしまった。

「食べれるのかな。」

「ここは黄泉。亡者に苦しいという感情はなく、空腹という感覚もない。だから、特に問題はないよ。口に含んで吸収されるというより、無になる。特に問題はないよ。」

ここは現世ではなく、あの世。現世でありえないことがここでは可能になる。

マスターの言葉を聞いて、安心した私は二人の元へ料理を届けに行った。

「これ…お母さんのだ!もしかして、お母さん死んじゃってこっちに来ていたの?」

そう聞かれ、胸がツキンと痛む。

「これはね。私が貴方達の本を読ませてもらって、再現したんです。」

「そっか。お母さんがここにいる訳じゃなんだね。よかった。お母さんだけでも生きててほしいから。」

この子は母親が心から大好きだった。それなのに。また、怒りが湧いてきそうになった時、ツキが私の頬を小突いた。

「…ありがと。ツキ。」

「お安い御用です。」

二人の近くに座り込み、食べるよう促した。ソウタは口いっぱいにオムライスを頬張り幸せそうに食べていた。妹に食べさせようとすると、僕があげるよ!と自分の手を止め、妹にケチャップライスを食べさせた。

「私たちに任せても大丈夫ですよ。」

そういうと、ソウタは誇らしげに答えた。

「ううん!たった一人の僕の妹なんだ!だから、お母さんも妹のことは全部僕に任せてくれたんだ!」

あぁ…この子は本当に優しい子だ。お母さんが大好きで妹のことが大切で。私は思わず、ソウタを抱きしめてしまった。こんな小さな子になんて重たいものを背負わせているのだろう、と、胸が張り裂けそうだった。

妹に食べさせた後ソウタは自分のオムライスを平らげ、満足そうにごちそうさまでした!と手を合わせた。クロは食べ終えたソウタにやり残したことはないか、と尋ねるとこう答えた。

「お母さんに会うことはできる?」

「お安い御用にゃ。でも、あまりおススメはしにゃいよ。」

「大丈夫。」

そう答えるソウタをクロは心配そうに見ていた。

「ツキ。お願い。」

気が付くと私はツキを現世へ送り出していた。ツキは現世にいるソウタの母親に近づいた。ツキの視点を見ていた私は驚愕してしまった。母親は二人が亡くなっているアパートには帰らず、男の部屋で眠っていた。恐らく、二人が亡くなっていることに気が付いていないのだろう。そんな母親に近づき、夢の中へ入る。そしてソウタの方を向き、手をかざす。

「今から、お母さんに少しだけ会えるからね。準備はいい?」

「うん!」

ソウタが目を開けると真っ白な世界にいた。そして背中には妹がおぶられていた。その目の前に母親が現れた。

「何ここ。夢?」

「お母さん!!」

ソウタは母親に駆け寄り抱き着いた。だが、母親はソウタを、振り払い、突き飛ばした。

「なんでここにいるのよ!お母さんなんて、呼ばないで。アンタたち何て…!!」

プツン。母親の言葉はソウタには届かなかった。ヒバナが、ツキとの繋がりを音声だけ切ったのだ。ソウタもそれが何となくだがわかり、母親にとって自分たちがいてはいけない存在なのだと理解をしてしまった。ソウタはこれが最期なのだとわかり、母親に言い残した。

「お母さん。元気でね。もう僕たちはいないから。幸せに暮らしてね。」

母親の声はソウタには届かないが、ソウタはわかっていた。きっと、僕たちがいなくなって清々する。そのような言葉を吐き捨てているのだろうと。

ソウタが目を閉じ、心の中で別れを告げ再び目を開くと喫茶に戻っていた。

「ソウタ君。大丈夫かニャ?」

ソウタの頬には涙が伝っていた。その涙は、母との別れの寂しさか、現実を知ってしまった事の涙か、その両方か。それはソウタ自身にもわからなかった。

ヒバナはまだ目を閉じていた。するとマスターがヒバナの肩を叩き、意識を強制的に戻した。

「それは、我々死神の役目ではないよ。」

強制的に意識を戻されたヒバナは過呼吸を起こしている。そんなヒバナの目をマスターは手で覆い、ゆっくり呼吸をしなさい。といい落ち着かせた。

呼吸が落ち着いたヒバナはそのまま意識を失った。

「お姉ちゃん…大丈夫…?」

「少し眠っているだけだよ。」

マスターは優しく答え、ヒバナを抱き上げた。

「クロ、外にいる彼を呼んでくれ。」

「外…?外には誰の気配もしにゃ…」

カランと扉を開くベルが鳴り、二人を案内した死神がやってきた。

「ありゃ…これは禁忌に触れちゃった感じッスカ?」

抱きかかえられたヒバナを見て、死神は半笑いで声をかける。

「寸前…といったところだな。」

「何もなくてよかったスネ!」

「わかっていたんだろう。ヒバナはやると。だからずっと外で待機していたな。」

さぁ何のことだか。と死神はのらりくらりと本心を掴ませない。

「そんじゃ、行きますヨー。」

死神は亡者二人に声をかけ、主の元へと連れて行った。


その後自室に運ばれたヒバナは目を覚ました。

「大丈夫ですか…主…」

「ごめんね。ツキ。負担かかってない?」

「私は大丈夫です。マスターが止めてくださいました。」

マスターに止められたことを思い出したヒバナは喫茶店へと急いだ。




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