初のお仕事
私は新人死神、ヒバナ。相棒は黒蛇のツキ。私の配属先、黄泉戸喫茶は亡者に最期の食事をさせ、現世との繋がりを断ち切ること。今日も扉のベルが鳴り、亡者が訪れる。
カランカラン。戸が開いたことを教えるベルが鳴り響く。
「いらっしゃいませ!お席にご案内しますね!」
「あぁ。」
今回、ご来店されたのはお年を召した男性。男性は寡黙な方なのか、短く返事をした後は会話はなく席についても静かだった。
「静かなお客様はどう対応したら…」
「うーん人によりけりだからにゃね…にゃんとも。」
そういい頭を悩ませているのは黄泉戸喫茶のマスターの使い魔のクロ。
「ひとまず、話してごらんなさい。軌跡本を頂かないと何も作れないからね。」
マスターはそういうと頑張れと微笑んだ。
ふう、と小さく深呼吸をしお客様の元へ近づく。
「こちらではお客様の軌跡本、貴方の人生が書かれた本を頂き思い出に基づいた料理をご提供しています。軌跡本を頂戴してもいいですか?」
「…この本には私の人生が書かれているのか。…お嬢さん料理が出来上がるまでの間、私の昔話を聞いてくれるか。」
「喜んで」
ニコッと微笑むとお客様は向かいの席に座るよう促してくれ、クロが本を受け取りマスターの元へ戻っていった。
「私には愛する妻がいた。」
私は昔から口下手でおまけに無表情だった。他人はそんな私を不気味に思い、距離をおいた。だが、妻だけは違った。私が積み上げた他人との壁をいとも容易く、飛び越えてくるような人だった。そして、壁の外の景色を見せてくれる人だった。彼女と出会ってからは全てが色鮮やかにうるさい程に賑やかに感じた。冷たかった他人も暖かく感じた。私は妻の傍にいるだけで幸せだった。そんなある日、妻のお腹に命が宿った。
「僕は…幸せ者だな。ありがとう。」
「何言ってんのよ(笑)まだ、生まれてもないわよ。」
幸せに笑いあっていた。その日々が続いてくれたら私は何も望まなかった。望まなかったのに。天はそれを許してくれなかった。もうすぐ我が子に会える。そんなある日、彼女は飲酒運転をした車に命を奪われた。…私の目の前で。命の灯が消える妻を抱きながら現実を受け入れられずにいると、小さく囁いた。
「貴女を遺してごめんなさい。私の分まで必ず生きてね。」
妻は最後にそう言い残し、この世を後にした。
お腹の子供も妻も助からなかった。私はその時絶望した。もうこの世に未練はない。去ろうとした。だが、彼女に頼まれてしまった。私の分まで必ず生きてね、と。手すりに足をかける度、首に縄を回す度、妻の声がこだましてしまった。私は妻だったらどうするか、そう考え行動をした。たくさんの子供を、未来を守るためにたくさん話をした。本も残した。最期にやり残したことといえば。
「妻の料理が食べたい。」
「再現はできますよ。」
そんな時ちょうど料理が運ばれてきた。
「お待たせしましたニャ!」
クロが持ってきたものは、カレイの煮つけだった。カレイは箸で持ち上げるとほろっと崩れ箸に乗っかる。口に運ぶと、優しいお出汁の効いた味が口いっぱいに広がる。
「妻の味だ…」
そういうとお客様の頬に涙が零れ落ち、小さく光っていた。その後は喋ることなく、ただひたすらに料理を堪能していた。
食べ終わったお客様を迎えに死神がやってきた。ヒバナも案内してくれた、あの死神だった。
「すっかり板についてきましたね。」
「お疲れ様です。えぇーと…死神さん?」
「貴女も死神ですよ。死神に基本名前はありませんから。」
本来、死神には個体名はない。必要がないからだ。何かあっても主から直接話があるからだ。ヒバナが特別なだけだった。
「じゃあ…うーん…なんて呼べばいいかな。」
「お好きなように。」
「じゃあ、センパイで。」
「てっきり、名前を付けてくれるのかと思っていましたが…」
センパイは「まぁ貴女らしいです。」と呟き、お客様に向き直った。
お客様に会いたいと仰っている方がいます。と死神の後ろから、カラスが一人の女性を連れてきた。
「お待たせ。あなた。迎えに来たわよ!」
「あぁ…随分と遅かったじゃないか。」
「言ったでしょう?私の分まで生きてって。」
数十年ぶりに再会した夫婦は、見た目の歳は違えど、愛し合う夫婦そのものだった。長い年月を経て、再開した夫婦を見たヒバナは、胸が暖かくなるのと同時に寂しさを感じた。あぁ、私は夫婦と言うものを味わうことはないのだなと、寂しくなってしまった。そんなとき、お客様が私を見て言った。
「お嬢さん。こんな私の長い話を聞いてくれてありがとう。人間は最期を迎えると語りたくなるものだね。」
「いえいえ。我々死神のモットーは亡者に慈悲を。ですから。お客様に会えて、嬉しかったです。」
「慈悲…か…苦を除き、楽を与える。最期くらい甘えさせてくれるのか。これでは天を恨めないな。」
そう笑ったお客様は肩の荷が下りたように、フッと笑い、奥様の元へと帰っていった。
三人を見送った後、今日の仕事が終わり後片付けをしているときにふと、マスターとクロに質問をしてみた。
「マスター、クロちゃん。愛と恋の違いって何かな。」
唐突にそんな質問をするものだから、二人はポカンとした顔をしていたが、クロが少し考えてから、口を開いた。
「うーん…にゃんかで見たんだけど、お互いを向いているのが恋で、お互いが同じ場所に向かっていくのが愛。みたいなのをどこかで見たニャ。」
私がきょとんとしているとマスターが答えた。
「僕の考えだけれど、その人のために死んでもいいのが恋。その人のために生きるのが愛。なのかなと、今日のお客様を見て思ったね。愛する人がいない世界で生きていくのは、死ぬことより辛いと僕は思うよ。」
なるほど。と私は少し納得した。愛する人がいない世界を最期まで生き続けることは永久の時に感じ、ただひたすらに終わりを待ちわびてしまいそうだ。それでも、愛する人のために最期まで生きたお客様に改めて、尊敬する。
そんなことを考えながら、片づけを終わらせていると、マスターが質問を返してきた。
「逆に、ヒバナちゃんはどう思うんだい?」
「私は…わかりません。恋も愛も。」
そう答えると、クロちゃんは悲しそうな顔をした。それもそうだ。私はまともな社会経験がない。ずっと病室で暮らしていたから。少し学校に行っていたが、馴染む前にまた病室に後戻りだった。少しの沈黙の後、クロが口を開いた。
「まぁ、私も経験にゃいんだけどね。マスターの一部だし。」
片づけが終わり、明日に備えて各自、自室に戻り夜を明かした。
次の日、また来客を知らせるベルが鳴り響く。だが、今回の客は今までとは違ったお客様だった。




