ペトリコール
「うーん、ここらだったはずなんだが…いるか?」
「おっ、おーい」
「あ、いたいた。お前から誘ってくるなんて珍しいよなー。史上初なんじゃねーの?」
「バカ言え、前に飲んだだろ?」
「あん時も元はと言えば俺が誘ってやったじゃんか」
旧友との再会を喜ぶ俺、勝原浅見21歳学生彼女いない歴=年齢と言う冴えない野郎の隣にいる親友であり幼馴染であり腐れ縁とも言える奴は大谷裕翔、俺のパートナー。
「ここ最近何してたんだよ?連絡ないし呼んでもこねぇしで心配したぜ?変なところに引っ掛けられてたか?」
「ちょっと暇もらってただけだ、心配すんなよ。積もる話もあったりなかったり。そういやさ、あそこの大通りでなんかイベントやるらしいし、行かね」
「それはアリ」
そのまま歩き出す俺たち、昔は身長差もなかったのに、いつの間にかこいつの方が背高くなってんだから不思議だ。
ずっと一緒だったのに気付けねぇもんもあるんだなぁ。
「今日傘持ってきたか?ゲリラ豪雨降るんだってよ!」
「それは本当にゲリラなのか?久しぶりに会ったってのに軽いのな…ってか、そうだってわかってんのになんでただのビニール傘なんだよ」
「これが俺の相棒だ。異論は認めん」
「妙なとここだわるからなぁこの石頭…俺は折り畳み傘常備してる上にパーカーだから良いが、そんな装備で大丈夫かお前?」
「うっわ折り畳みはズルだわ〜。まあこいつは幾度もの暴風雨を退けてきたんだから大丈夫だろ。その内雲割り始めるぞ」
「モーゼかってんだよ…」
そんなくだらない話をしながら、他愛のない愛おしい時間を過ごしながら、大通りに到着する。
何か特別なことはあるわけではないそこで、やけに響く足音を聞いて…周りに注意を向ける。
今までいたはずなのに、休日なのに、周りに人がいない。
人がいなくなったと言うより俺達だけが居なくなったような、そんな感じ。
「…お前か」
「ごめんな、でも、仕方がないことなんだ」
「そうか…じゃあしょうがねぇか」
そう云い終わるのを待っていたかのように、彼はポケットからガラスの板を複数取り出し、それを辺りに投げる。
「ここ一ヶ月、どうして僕が行方不明だったか分かるかい?」
「いんや、知らないね」
「そっか、君は前の『依頼』覚えているかい?」
前の依頼…二人で不正特殊能力組織の壊滅をしたアレか。
あの時から、彼の行方は分からなくなっていた。
相手にやられただの巻き込まれてそのままだの散々言われてたが、実際はどうなのだろうか。
「君は僕の能力、『鏡の中に行く』能力を知っているよね。僕が生まれた時から付き合ってる能力さ」
俺が前に出て、こいつが後方で、鏡の中でサポートをする。
いつもそうやって、いつもうまくやっていた。
全ての鏡は繋がっている、だから特別な機械、機会など必要じゃなかった。
ただ鏡を出して話す、それだけで十分だった。
本当は、話せてなかったのかもしれないな。
「けれど、前の依頼の時、何故か力の制御が上手くいかなくてね。依頼が終わった時、僕は外に入れなかった。なんでだろう。その時僕、虚しかった。裏切られた感じがしたんだよ。一週間くらい、かな。こっちに戻ってきた時にはもう気づいてたんだ。君と組んでいると、僕は置いてけぼりさ。僕が外にいる時だって、いつも君が何かをしてくれる。共依存?違うね、そんな関係ならどれほど良かったか。あえて断言しよう、僕は君に合わない。だから相対することにしたんだよ」
「…つまりは、ここ最近お前を見なかったのは敵対組織に行ってたからって認識で大丈夫か?」
「僕は君の何者かになりたいのさ」
取り出したのは白い一丁の銃、掠れた文字の刻印されたそれは隠す気もないような無骨な気を放っている。
「『タフォス』、世界に一丁ずつしかない一組の拳銃、その片割れさ。生憎もう片方は所在が掴めなかった、折角だったら二つで君を倒したかったんだけどね…君も出しなよ」
其方がその気なら俺も本気を出させて貰うか。そうしないと彼に失礼ってやつだ。
「じゃあ、これで行かせてもらおう」
「…正気かい?それはただのビニール傘じゃないか。僕は君の『風切』と戦いたいんだよ、ふざけてるの?僕は、君の刀に相応しくないって、そう言いたい訳?」
「…俺はこれで行かせてもらう」
「はぁ…この石頭め…じゃあ君を、その気にさせてやるよ」
静かにそう告げる彼、足元に発砲する。
威嚇か、いや、アレは鏡。
右後ろから来る…っ!
「やっぱ反応するよね…じゃあこれはどうかな?」
地面、正面7回の破裂音…受け流せるか…!
プラスチックとは思えない音が木霊する。
切れない、けど、ずらすことはできる…!
「それでよくやるよ…これには弾切れもリロードもないからね。だから、遠慮せず、全部持ってけ!」
四方八方から飛ぶ弾、叩き落と、せる!
今なら、近づける、彼を…!
「…やっぱり強いねぇ。傷はついてるけど、致命傷は一つも喰らってないんだからさ。けど、それでいつまで耐えられるかな?」
「お前が降参するまでさ…!」
「ははっ、生意気なこと言うねぇっ!」
俺もほとんど気にしてなかったが、今のこいつにはある癖がある。
全ての弾が胴を狙っている。
だから、俺は、強行突破をする…ってぇ!
一発は喰らったが、これで、これでこいつに、届く!
「届っ…けぇぇ!」
「っ⁉︎速っ…⁉︎」
全力で、一太刀を…っ⁉︎
斬った感触がしない、弾かれたような…腹が、暑い。
一旦避難、後ろに、弾が、邪魔!
くっそ何でだ?なぜ届かない?
「バリア、だよ。このペンダントのおかげさ。いやぁ今のは肝が冷えたよ。最後まで信じきれてなかったし。君もその武器で良くやったよ。そろそろ、お別れの時間かな」
「ほざけ…」
息が上がる、肩が動く。
襲いかかってくる弾を、ふらりと避ける事しかできない。
なかなかどうして、人生は思う通りにはいかない。
これは、俺も、意地でも、勝たなくちゃならないな。
「な、なあさ、俺たちが1番最初に手にした武器って何だか覚えているか?」
「ん?僕がframe社のパソコン、君の方は打刀で銘が『無名』だったはずだけど…それがどうかしたのかい?」
「はっ…違うね。例えば雨上がりの学校の帰り、例えば降らなかった午後の昼休み。俺たちは何をした?」
「…まさかあの時からずっと…⁉︎いや、そんなわけない、15年も持つはずが…」
何でかは知らないがこいつ、全く壊れない。
どれだけ乱暴に扱っても壊れる気配すらしないのだ。
こいつで近所の子供全員倒したのは懐かしい記憶だ。
「言っただろ、幾度もの暴風雨を退けたってな。これが俺の手に1番馴染む武器、俺が1番使ってきた武器さ。組織だと使用が認められなかったから泣く泣く刀にしたが…本来はこいつが俺の得物、名前をつけるとしたら、『天泣』だな」
「…そうかそうか、つまりこれが全力ってわけか」
「はっ、寝言は寝て言えまだ1割も出しとらんわ。それか強制的におねんねさせてやろうか」
「ははは…元気そうで、元気になったようで何よりだ。さあ、続きを始めようじゃないか!」
視界良好、見える聞こえる…感じる!
視線の先、死角、前、今なら全部叩き落とせる!
「ははっ、今スッゲー調子いいわ!全部見える!」
「じゃあこれはどう…かな!」
正面からの複数攻撃…隙が大きい。
誘っている、確実に罠だ。
疎らな銃弾、甘い仕込み、そうかそうか…オーケーだったら乗ってやるよ。
「こっちが勝つまで、続けてやる!」
「これが、僕の、全身全霊だ‼︎」
これは賭けだ。
剣先が届く位置にいる、バリアが邪魔で攻撃ができない、が攻撃じゃなければ、届くのか…!
恐らく来るのは銃弾の嵐、俺は死ぬ!
その前に、ペンダントに、届っ…いたぁ!
「っ⁉︎まさか、この土壇場で僕のネックレスを…⁉︎」
もう銃弾は効かない。
何と無くわかる、こいつは終わりを望んでいる。
だったら、最後は、俺で飾らせてもらおう!
「バリア返しだ。これで、お前に、届くなぁ!折角だ、受け取れぇぇぇぇ!」
防御を、間に合わせない!
全てを…貫け!これが、俺だ!お前に贈る、俺だ!
静寂に、からりと音が響く。
そうして俺は、気がついた。
プラスチックの傘が突き刺さった幼馴染の、親友の胴体に急いで駆け寄る。
「ははは…やっぱかっちゃんは強いや」
「バカいえ…ゆうちゃんも十分やっただろ」
「次は勝つさ、絶対」
ぽつり、ぽつりと紡がれる言葉は、今にも切れてしまいそうな儚さを帯びていて。
「ああ、悔しいなぁ。勝てなかったなぁ…やっぱ僕、変わっちゃったんだなぁ…」
「俺もそうだろ…前に進むには変わるしかない。そう先に言ったのはゆうちゃんじゃないか」
「っは、それもそっか。けど、進みすぎちゃったかも、してないね。っごほっ…不思議だな。こうしていると、空に吸い込まれてしまいそうで」
「ああ、底無しの沼って感じ、するよな」
こいつが死を望み受け入れるなら、邪魔なんてしない。
そんな無粋なことできない。
俺は、俺たちはこれで、満足なんだ。
「ああ、そろそろ、行かなくちゃ。また今度、話聞かせて」
「ああ、また、今度」
そう言って、彼は行ってしまった。
取り残された俺は、残った彼の、武器を内ポケットにしまい、傘を抜く。
現実に引き戻されたかのように、人が、喧騒が、何気ない言の葉の欠片が、俺の耳に木霊する。
まるで何もなかったかのように、傘は濡れていなかった。
明日も雨が降るらしい。