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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

青く未熟な私達は羽化を望まない

作者: 洞木 蛹

 蝶を亡くしたの。ほら、キャベツについてたあの青虫。羽化しても小さくて可愛かったんだけど、だんだん動けなくなる様が可哀想で、可哀想で。でもね、何もできなかったの。

 小さな告白をした彼女は、センチメンタルに睫毛を震わせた。喪失の悲しみに寄り添うべきだろうか。一人の友達として。手と肩の力を抜く。

 私の思考を遮り、初夏の風が教室に飛び込んだ。私たちの制服とスカートに潜り込んで、汗ばんだ肌を舐めていく。湿気った肌着が浮ついて心地悪い。

 出来るだけ不快感を出さないよう、私は口を開けた。


「それで、蝶はどうしたの?」


「……近くの野原に弔ったよ」


 後ろめたさを含ませる言い方だった。彼女は弔いと表したが、第三者――例えば私から見れば違うかもしれない。ただの死体遺棄じゃないかって。地に帰したという祈りは、裏を返せば無責任と自己満足だろうと。

 たった一匹の虫。たった一匹の蝶。そうと表せば些細な事でも、彼女は愛着を持っていた。思春期の額は悲しげに照り返す。

 私は黙って聞いていた。罪を述べるように彼女は乾いた喉で言葉を紡ぐ。

 昨日まで元気だったのに、死に物狂いで跳ね回って、終には大人しくなってた。

 もがく腹に怖気を覚えて、伸ばす口先に怯えながら液体を与えたの。少し元気になったんだよ。でもね。

 全てがエゴなんだし、引くことは許されないじゃん?


「エゴ……?」


「責任を持って看取らないといけない気がしてね」


「まぁ……そっか、そうだね」


 頭を掻いて生返事。私は少し素っ気無いだろうか。彼女の痛みを知らないし、ましてや青虫から蝶まで育てた経験がない。一応、彼女から青虫の写真だよとスマホで見せてもらった。なんというか、虫だ。細長くて緑色の、目がどこにあるかも分からない青虫。偏食なんだよと彼女は付け足す。似たようなアングルの姿を何枚も、何枚も。芽生えたばかりの恋を語らうように教えてくれた。


「よく見せてくれたもんね、写真とか 」


 ただ、蛹以降の姿は見せられなかった。

 理由はある。デリケートな時期だから刺激しちゃ駄目だから撮れなかった、と。その後の成虫の写真はといえば一枚だけ。あちこち飛び回るから難しいだろう。

 しばしの沈黙を許すように、分厚い雲が太陽を覆った。

 ふと私は思い返す。

 彼女は青虫時代以外も愛していた。

 成長段階の中間にある蛹は実に面白いと聞いた。今までの姿を変えて、大きさも、作りも、変わってしまう。あれはいつだったか。スマホ片手に熱弁する彼女を見つめ、不思議だなぁと私は呟いていた。

 最終ステージの羽化に至るまでも大変と聞く。そういえばと私は彼女を見つめた。愛でていた虫が喜ばしい成長をしたのに、多くを語らなかった。蝶そのものについての言葉は少なかった。


「蝶って儚いなって思ったの。あんなに美しくなれても……長く生きられなくて、子孫を残すことに命懸けなんだから」


 だから、と細い指を伸ばしてきた。そうっと私の掌に触れる。生暖かな五本は緩やかに丸まった。


「えっと……」


 答えに困る。口を歪めると彼女はいつものような笑みを、子供っぽくて悪戯好きな茶目っ気を見せた。

 ああ。私には到底理解がつかない。恐らく私の反応を楽しんでいるんだ。悪い気はしない、良い気分にもならない。爪を立てられる痛みと、くすぐったくて恥ずかしさが羽化しそう。


「……そりゃあ虫なんだからじゃない?」


「そうかも」


 ふと、私の視界にヒラヒラとしたモノが現れた。一匹のアゲハチョウだ。黒地に映える黄色が眩くて美しい。彼女のおかげで、私は少しだけ蝶を調べていた。小学生の低学年になら自慢できる知識しか無いけれど。

 注意して見ると、その大きさに驚かされる。モンシロチョウやシジミチョウのように見慣れた個体よりも立派だ。

 優雅に舞い上がったなと見惚れたが、さすらいのアゲハは突然下方へと飛んで――違う、墜落してゆく。アッと私が声をあげた。彼女は気づかなかったらしく「どうしたの?」と問いかけた。


「なんでもないよ」


「……そうだそうだ! 羽化不全した蝶についての記事があるんだけど見る?」


「うぇ〜いいよ別に」


 流石に、と遠慮する。スマホを片手にした彼女はしばし硬直していた。その隙に私は外の世界に視線を飛ばす。

 窓の向こうに蝶はいなくて、じんわりとした夏の空気が漂う。春はもう終わったんだ。


「ね。今度の休みはどこに行く?」


 どこか焦っているような声とこちらを伺う瞳。その奥に潜む友好を超えそうな情は、甘い蜜と似ていた。私は素知らぬ態度でひらりひらりと避けてしまう。粘ついて重たい物に触れたら二度と離れず、飛び立てない恐怖感があるのだ。


「どこって……そりゃあ、いつもの?」


「決まりね!」


 ついに彼女は私の両手を握った。温かくて湿っている。柔らかい。心地良い。

 雲が空を過ぎる。

 まだ淡くて青い私たちを笑うように、晴天が頬を灼いた。ビュンと吹く風がちょっかいまでかける。

 その中に、墜ちたはずのアゲハチョウがいた。番だろう一匹と踊りながらくるくる回り揺らぐ世界に消えていく。

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