秘密
「ねえ、紫、その甲冑とか太刀とかどうやっているんだ?」
「どうやっている、と申しますと?」
「だって今も自然に甲冑は消えたし、いつも太刀だって、必要になるといつの間にか手に持っているし……」
「ああ」と紫は言い、微笑んだ。
「全部、言霊使いの力で作り上げたものなので、自分の意志で自由にできます」
「そうなの⁉ そんなところでも力を使っているんだ」
「そうですね。でも甲冑や刀のためにそこまで力を使いませんから。ちなみに主の神器である刀も同じようなものですよ」
「え?」
「主は天狐から授かった刀はどうしましたか?」
そう言われると、どこへやった⁉
「うん?」
枕の裏にあった。
「あ、あった。紫が持ってきてくれたのか⁉」
「いえ、違いますよ。今、主が呼び出したんですよ、歌詠みの力を使い」
「そうなの⁉」
「はい。今の時代、刀なんて持ち歩けませんからね。必要に応じて歌詠みの力で取り出す、と言うのは妥当な方法かと」
「いや、そーゆう問題ではなく、俺でもそんなことができるんだ……!」
すると紫はクスリと笑い、俺の頬に手を添えて妖艶に微笑んだ。
「主はまだ歌詠みとして知らないことが沢山おありですね。……紫がゆっくり教えて差し上げます」
そう言うと手を離した。
俺は心臓が飛び出すぐらいビックリして固まっていた。
む、紫もあんな顔ができるんだ。
すごく、すごく、大人の女性の顔だった。
俺は心臓の鼓動を誤魔化すように
「そ、そういえば紫は転生する度に俺のことを好きになったって言っていたけど、札に戻ると記憶がリセットされるんじゃないのか?」
すると紫は「あっ」と小さく声を漏らし、人差し指を口の前で立てた。
「?」
「他の言霊使いができるか分かりませんが、札に戻ると分かった瞬間にどうしても忘れたくない記憶に鍵をかけるんです。そうするとそれは忘れずに済むんです」
紫が顔を近づけ、俺の耳元でそう囁いた。
ものすごい至近距離で、紫の息が耳にかかり、そして涼やかで爽やかな香りがして、俺は衝動的に紫を抱きしめていた。
「主⁉」
紫の声に俺は我にかえり、慌てて紫から離れた。
「ご、ごめん、つい……」
「……いえ」
そう言って頬を染め、うつむきかげんになった紫は、本当に魅力的で俺の心臓はさっきからフルスロットルだった。
俺、落ち着け。
「そう言えば、夢魂の儀の前、紫、ものすごくナーバスになっていなかったか? 泣くのを必死に堪えていたというか……」
俺の言葉に紫はハッとした顔になり、また何かを思い出したのか苦しそうな表情になった。
「ど、どうした、紫⁉」
「義経の魂の欠片が主に刺さることになった事件は、とても悲しい結末で終わりました。夢魂の儀で主があの記憶を見ることになるのかと思うと、なんだかとても苦しくなり……。あの時、紫がもっと強ければ……」
俺は紫を抱き寄せ、キスをした。
紫が余計なことを考えられないよう、深く、激しく、息もできないぐらいのキスを交わした。
ようやく唇を離した時にはお互いに息が上がっていた。
「紫、今の俺を見て。目の前にいる俺がすべてだから。大丈夫。俺はここにいるから」
紫は頷き、俺の胸に体を預けた。
俺はその体を力強く抱きしめた。
甲冑がない紫の体はとても華奢で、暖かくて、柔らかだった。
いつもの涼やかで爽やかな香りがして、艶やかな黒髪は触り心地も良くて。
抱きしめているだけで、自分の気持ちを抑えきれなくなりそうだった。
これはヤバい。クールダウンしないと。
俺は何かこの場の雰囲気を変えるような話をしたくて、思わずこんな言葉を口にしていた。
「……紫は俺のことを(囁くような小声で)覚えているのに、(声を戻して)初めてあった時の第一声が『どけ』だったよな」
紫が俺の胸から顔をあげ
「そ、それは……戦闘時だったので……。確かに不躾でした。申し訳ありません」
「いやいや、冗談だから。むしろその後の、俺が歌合せの儀式をやるかどうか迷っていた時の言葉の方がひどかったような……」
俺はあの時のことを思い出し
「なんか歌合せの儀式をやらなければただ死を待つのみだ、誰かを巻き添えにして死ぬぐらいならここで引導を渡す、みたいなことを言われたような……」
紫は俺から離れ、正座して両手をついて謝罪した。
「も、申し訳ありません。あの時は主の手に歌詠みの印が現れたばかりで、その、まだ主とは気づかず……」
紫が慌てる様子が可愛くて、ちょっと意地悪をしたくなった。
本日公開分を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回更新タイトルは「二人の時間」です。
紫の可愛さにデレデレの湊は……。
それでは明日も11時に公開となるため、迷子にならないよう
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