大切な話
本陣の結界は多重にそして多数展開され、それはもう砦のようになっていた。
祓いのステータスの言霊使いも結界の展開に注力し、回復の言霊使いはその場で力の補給を行った。
攻撃のステータスの言霊使いは集まり、どのような攻撃を行うか、作戦を練っていた。
――湊。
突然、義経が俺に声をかけた。
――大切な話があります。紫と業平を呼んで一度結界の外に出てください。
俺は紫と業平に食料を調達するので手伝ってほしいと声をかけ、結界の外に出た。
外はまだ明るいがもうすぐ十六時になるところだった。
「私が呪魂だから知りえた情報をこれから話します」
この言葉に紫も業平も義経が話していると分かったようで、静かに頷いた。
「道鏡はまず、魂に対し、いきなり呪いはかけません。自分を信頼させるために、現世に現出するために必要な肉体をまず与えます。魂が肉体に入るために通る場所、それがここです」
義経が二人に背中を向けた。そして指さしたのは、後頭部の髪の生え際の、右側の部分だった。
「ツボではここを『天柱』と呼んでいます。ここから魂は肉体へ入ります。そして同じ位置の対面にあたる左、ここも同じく『天柱』と呼ばれる場所ですが、ここに呪いを入れるのです」
義経はそう言うと、体を元に戻し
「放たれた覇気の強さ、範囲、そこから察するに、敵はかなり巨大ではないかと思われます。恐らく道鏡はダイダラボッチと言われる巨人の肉体を手に入れ、そこに魂を入れたのではないかと推察します。ただ、巨人であろうと、天柱から魂を入れ、呪いを入れたことに違いはありません」
「もしやその天柱が巨人の呪魂の弱点であると?」
紫の言葉に義経は頷いた。
「まず天柱に覇気をあて、塞がれた入口を開く。次にそこへ覇気を送り込む。そうすれば呪いは祓われ、魂は砕け、巨人の呪魂を倒すことができるでしょう」
「その方法をなぜわたくしと紫に? 三本の矢作戦を提唱したのはあなたと聞いておりますが?」
「……これを口にすると、私がその巨人の呪魂なのではと疑われてしまうかもしれません。戦火を生きた私もまた、勝利のために常識を覆す様々な作戦を行ってきました。そして今回やろうとしていることは……失敗すれば私は非道な人間として歴史に刻まれる作戦です」
義経の苦悩が俺にも伝わってきた。
本当はこの作戦をやりたくないが、この作戦しか、全滅を回避する手段がないんだ……。
「……戦というものは、時に非情な決断を人に求めます。思慮深いあなたがそこまで言うということは、恐らく、もうその手しか我々に勝ち筋がない、ということなのでは?」
紫の言葉に義経は目を細めた。
「……あなたもまた、それだけの戦いを経験してきた、ということですね」
紫と義経の間で、互いを理解しあう何かがあったようだ。
義経はしばしの沈黙の後、口を開いた。
「本陣は囮です。巨人の呪魂に天柱を狙っていることはバレてはなりません。巨人の呪魂が本陣の壊滅に夢中になっている隙に、紫、業平、同時に天柱の入口を開き、覇気を送り込む必要があるのです。どちらか片方だけ成功しても作戦は失敗です。
もし左の天柱に覇気を送り込み、呪いを祓っても、残された魂は暴走するでしょう。……道鏡の呪いが祓われても、止まらなかった私のように。右の天柱に覇気を送り込み、魂を砕いても、残された呪いの力だけでも巨人の体は動き続けます。ですから同時に、巨人の呪魂に気づかれずに作戦を遂行する必要があるのです」
「もし、この作戦が失敗すれば……全滅ということですか?」
業平の言葉に義経は首を振った。
「それ以上のことが起こります。我々が全滅すれば空間転移の結界は消えます。それが何を意味するか、お二人なら理解できますよね」
俺たちを全滅に追い込んだ巨人の呪魂が、現世に放たれることになる……。
そうなったら現世は地獄に変わる……。
「よく、分かりました。本陣に大きな被害が出る前に、巨人の呪魂を倒せばいいのです。紫はこの作戦に身を投じることを誉に思います」
「紫、二人同時に、巨人の呪魂の天柱を狙うなんて、そんな簡単なことでは……」
業平の顔は青ざめていた。
それはそうだ。
リハーサルができるわけではない。
一発勝負で決めなければならない。
だが戦場においては何が起こるか分からない。
不測の事態が起きる可能性もある。
だが失敗は許されない。
失敗は自身の死だけではなく、仲間全員の死、ひいては人類の終焉にもつながりかねないのだから。
俺は静かに口を開いた。
「業平。お前の気持ちはよくわかる。もしもを考えれば、背負う命運はあまりに重すぎる。その荷をお前に無理して背負わせるつもりはない。俺が背負う。俺には神器がある。神器であれば呪いも祓えるし、魂さえも破壊できる。業平の代わりは俺が務める」
紫が息を呑み、業平は目を大きく見開いた。
だがすぐに業平は、自分の思いを言葉にした。
「主様、あの時、義経を討ち果たしたのはこの業平だったと聞いております。業平には生まれ持っての強運があります。
生前はタブーとされる恋に二度も手を出しましたが、それによって命を落とすことはありませんでした。相応に長生きさせてもらいました。これもひとえにわたくしの強運ゆえでしょう。この作戦も必ずや成功させてみせます」
「業平……」
「つい、弱音を吐いたこと、それは忘れてください。紫とわたくしであれば、必ず、やり遂げてみせます」
「二人ともありがとうございます。時が来ましたら、合図を送ります。それまでは本陣でこれまで通りにふるまってください」
義経が二人を見て微笑んだ。
「義経、作戦の時、主は……」
紫の言葉に義経は
「湊には本陣にいてもらいます。湊と言霊使い二人が本陣から消えては騒ぎになるでしょう。天柱を狙っていることは仲間にさえ、秘密にしないとならないのです」
その言葉に紫の顔色が変わった。
だが。
「そう……ですね。仰る通りです」
短く答えた。
「では結界へ戻りましょう」
義経の言葉に業平が頷き、結界へ戻った。
俺もその後に続こうとしたが、紫が俺の腕を引いた。
「?」
紫は俺の首に腕を伸ばし、そのまま俺の唇に自分の唇を重ねた。
俺は驚いてただただ固まっていた。
「紫は……主のことが大好きです。お慕いしています。主が転生し、そして出会う度に、紫は主に恋をして、愛されて、幸せでした。でも今回はまだ何も始まっていません。紫はまだ主から愛されていません。ですから」
俺は紫を抱き寄せキスをした。
紫の想いが伝わってきて、俺の気持ちも溢れ、とても長い、キスをした。
「紫、俺だって出会ってからずっと紫のことが気になっていた。好きになっていた。でもいろいろ考えて、気持ちを伝えらなくて……。紫から言わせることになってしまった。ごめんな」
「主……」
「巨人の呪魂を倒そう。そして二人だけでデートしよう」
紫が微笑んた。
俺は紫を強く抱きしめた。
本日公開分を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回更新タイトルは「正体」です。
義経の奥の手の作戦は成功するのでしょうか?
それでは明日も11時に公開となるため、迷子にならないよう
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明日、また続きをお楽しみください!
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