由々しき事態
それから十五分後、和泉たち偵察部隊が戻ってきた。
「三十体の大将クラスの呪魂⁉」
莉子先輩が目を剥いた。
流石に冗談を言う余裕はないと思ったが
「全く、道鏡の奴、どこからそんなにリクルートしてくるんだよ」
ため息をついた。
莉子先輩の肩にいた白狐も尻尾を振りながら
「これはちょっと由々しき事態だ。大将クラス、一体につき一人の歌詠みが対応する前提で考えると、とても捌ききれない」
珍しくため息をついた。
「でも湊みたいに、強力な攻撃ステータスの言霊使いが二人いる歌詠みもいるだろう。うちだったら攻撃は猿丸だが、菅家と蝉丸なら大将クラスも祓える」
莉子先輩の言葉に白狐は
「うん。そうだね。しかし、莉子、さっきの戦闘で言霊使いを失った歌詠みもいる。もちろんさっきの休憩中に何人かの歌詠みは歌合せの儀式を行い、新たな言霊使いを迎えたけど、全員が万全というわけではない」
「では地の利を活かしましょう」
うん⁉ 今の声は俺⁉
「……湊、それはどういうことだ?」
莉子先輩が俺を見た。
「大将クラスの呪魂が一気に三十体攻め込んでくれば、我々には不利です。ですが現在陣を構えているここは草原です。三十体を迎え撃つような陣形を組んでしまっています。道鏡もそれを分かった上で、一気に三十体をぶつけてくるつもりでしょう。
ですが、この草原の手前、そこは山です。先ほどの獣の呪魂は、山と山の間の道を抜けてやってきました。そこはそう広くない一本道です。
呪魂といえど、現世に現出するためには受肉している必要があります。山は木々が生い茂っているので、肉体を持つ者には木々が邪魔です。大将クラスの呪魂も一本道から攻め込んでくることでしょう。
ならば左右の山から奇襲をかけるのです。祓いの攻撃であれば山からでも攻撃できます。言霊使いは呪魂と違い、受肉していますが、霊体化することができます。気づかれずに山へ移動できます」
「湊、君はいつから軍師になったんだ?」
莉子先輩の瞳が輝いた。
違う、これは義経だ。
義経は莉子先輩の言葉に微笑み
「この草原の陣はそのままにして、各前線に人員は配置します。そして別働体を組み、一本道を通る大将クラスの呪魂に祓いで奇襲をかけましょう」
「名案だよ、湊。莉子、早速、大将クラスの呪魂を祓える言霊使いを集め、別動隊を組もう」
白狐も同意し、別動隊が組まれることになった。
小町が驚いた顔で俺を見ていた。
「主様、すごいです! 先ほど、奇襲作戦について語る主様は別人のようでした」
「うん。実際、別人だったんだよ」
「え?」
「義経が知恵を授けてくれた」
「そうなんですね。義経さん、すごいですね!」
「なぁーんだ、そういうことか」
莉子先輩が俺たちのすぐ後ろにいた。
「義経との魂の融合。羨ましいね~。でもさー、こうなると読んでいたんだろうな、小笠原久光は。もし私が融合するなら小笠原久光だな。そうしたらわたしは最強の歌詠み陰陽師になれるぞ」
「師匠、今頃、小笠原久光がくしゃみしていますよ」
気づくと蒼空もそばにいた。
「莉子先輩、別動隊の人選は済んだのですか?」
俺の問いに莉子先輩は頷いた。
「ああ。うちの蝉丸、蒼空の和泉ほか、六名を向かわせた。左右の山から挟み撃ちだ」
「あ、もう向かったのですね」
俺が驚くと
「派手な見送りをすれば道鏡に気づかれる。隠密行動だからね」
莉子先輩はそう言ってから前線に目を向けた。
「奇襲で何体倒せるか分からないが、この前線にも大将クラスの呪魂はやってくる。配置につこう」
◇
法螺貝が敵の来襲を告げた。
山間の道から大将クラスの呪魂が姿を現した。
一体目が現れると同時に攻撃が始まった。
奇襲攻撃は上手くいったのだろうか……。
「主様、念のため、防御結界を展開します」
小町が俺の前に防御結界を展開した。
二体目が姿を現した。
あの位置には紫と姫天皇がいる……。
二体目の大将クラスの呪魂への攻撃が始まった。
あれは紫の攻撃だ。
俺は拳を握りしめた。
「主様、一体目の大将クラスの呪魂が倒されました」
小町の声に目を向けると、そこに呪魂の姿はなかった。
右奥の方で「倒したぞ!」と、喜びの声を挙げる歌詠みの姿が見えた。
だが、すぐに三体目が現れた。
「奇襲作戦は成功したようだな。一気には出てこない」
莉子先輩がそう言った時、小町の結界に覇気による振動が届いた。
紫の放った覇気だ。
俺は前線に目を向けた。
二体目の大将クラスの呪魂が消えていた。
「主様、やりましたね!」
小町が俺を見た。
俺は頷いた。
「主様」
いつも優雅な蝉丸の声が緊迫感に溢れていた。
奇襲攻撃を終えて、戻ったのか⁉
声の方を見て、俺は言葉を失った。
「蝉丸、何があった⁉」
蝉丸は担いでいた和泉をおろした。
「和泉!」
蒼空が青ざめた顔で駆け寄った。
「菅家、すぐに和泉を見ろ」
「はい、主様」
菅家が和泉のそばに駆け寄り、蒼空は自身の膝に和泉の頭をのせた。
「西行、何があったんだ!」「周防、しっかりしろ!」「深養父、治癒を今すぐ」
方々で歌詠みの悲痛な叫びが響き渡った。
「蝉丸、お前は怪我はないのか?」
莉子先輩の言葉に蝉丸は頷いた。
「奇襲攻撃は見事に成功しました。十一体の大将クラスの呪魂を祓うことができました。でも、山から祓いをしていることに気づかれまして。一斉に霊体化し、陣へ戻ろうとした時に、突然凄まじい覇気による攻撃を受けました」
「山道を進む、大将クラスの呪魂による攻撃か?」
莉子先輩の言葉に蝉丸は首を振った。
「山道を進む大将クラスの呪魂は、奇襲に気づき、急ぎ草原へ向かおうと駆け出していました。何より霊体化した我々の姿は見えないので、攻撃はしかけてきませんでした。
もっと後方から放たれた覇気だったと思います。咄嗟に何人かの言霊使いが防御結界を展開し、全員直撃はまぬがれましたが、結界は破壊され……。少なからず覇気を受け、傷ついた者が多く……」
「……そうか。和泉の治癒が終わったら、菅家に回復させるから」
「莉子、小町も回復であれば対応できます」
「そうか、では頼む」
小町は蝉丸の力の回復を始めた。
莉子先輩は白狐に声をかけた。
「状況は?」
「間もなく八体目が倒されるところだ。九体目、十体目はさっき出てきて、第二防衛線で戦闘が行われているよ」
「大将クラスの呪魂以外に何か検知したか?」
「うん……。なにかもっと後方にありそうだが、まだそれが何であるか分からないね」
白狐は尻尾を左右に振った。
「そうか。白狐、わたしは他の歌詠みにさっき蝉丸に聞いたことを伝えてくるから、ここは頼む」
「ああ、まかせておいて」
「湊も、戦況を見逃さないようにしてくれ」
俺は莉子先輩の言葉に頷いた。
前線を見ると、第二防衛線にいた二体の呪魂も倒された直後だった。十一体目も、もうすぐ倒れる。十二体目は今、紫が攻撃している。十三体目が第二防衛線に向かい、十四体目が山道から姿を現した直後だった。
――防御結界を展開するんだ!
俺は義経の言葉に「防御結界、展開。空の守護神、風神、雷神、守りたまえ」と叫んだ。
その直後、凄まじい覇気の振動が直撃した。
これは強い。ダメだ、結界が……。
その時だった。
俺の歌詠みの印が光り、青白い光が展開している結界に流れていった。
結界が輝き、広がりつつあった結界のヒビが塞がれていった。
そして。
振動が抜けた。
「今の覇気はなんだ⁉」
多くの歌詠みが今の振動で立っていられず、座り込んでいた。
「おい、前線が――」
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次回更新タイトルは「壊滅した前線」です。
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