混乱する前線
走りながら蒼空に聞くと、動物の呪魂なんて聞いたことがないと言っていた。
その言葉の通り、動物の呪魂との戦闘なんて慣れておらず、防衛線は突入してくる動物に乱された。
それはそうだ。
熊相手に戦闘経験があるなんて、普通はあり得ない。
「主様」
顔色を変えた小町がこちらに走ってきた。
「小町、無理してこっちへ来るな」
「……!」
巨大な熊の呪魂が小町へ向かって突進していた。
俺は驚愕した。
助けなければ。
そう思ったが体が動かなかった。
上空からカラスの呪魂が遅い掛かって来て、蒼空が祓詞を口にする声が聞こえたが、俺の体は固まったままだった。
――落ち着け。
頭の中で声がした。
――声を出せ。腹の底から唸り声を出せ。それだけで熊はひるむ。
誰だ⁉
そう思いながらも、体は勝手に動いていた。
俺は足を踏ん張ると力の限りの唸り声を上げていた。
その瞬間、熊が立ち止まった。
そして俺を見た。
――刀を鞘のままでいい。引き付けて、目を狙え。
そんな、鞘のままで⁉
熊は頑丈だ。そんな攻撃で……。
――その刀は神器だ。そして目と鼻は熊の弱点だ。信じろ。
熊が向かってきた。
手が震えそうになった。
だが、俺の脳裏に熊と対峙し、刀で目と鼻を斬りつけ、窮地を脱する姿が浮かんだ。
……これはもしかして義経の記憶?
目の前に熊が来た。
俺は息を吸い込むと、刀を素早く両手で持ち、熊の左目目掛けて突き立てた。
何かが潰れる感触と何かにめり込む感触が伝わって来て、熊の顔は俺のほんの数十センチのところまで迫り、動きを止めた。
熊の鼻と口から息が漏れ、生臭い匂いが鼻についた。
――刀をぬいて、後退しろ。
ぬくと同時にジャンプして俺は後退していた。
熊はそのまま前に倒れた。
「湊、大丈夫か⁉」
カラスの呪魂の群れを祓った蒼空が俺に駆け寄った。
「熊の呪魂を倒したのか⁉」
蒼空が目を見張った。
「……義経の声が頭の中でしたんだ。そしてどう動けばいいか教えてくれた」
蒼空はさらに驚いた顔をした。
「そんなことが……。魂が融合するとそんなことが起きるのか」
風が吹き、熊の呪魂が消えると小町が駆け寄った。
「主様、申し訳ありませんでした!」
「大丈夫だ。それより、俺たちも少しでも敵を倒そう」
小町は頷き、すぐさま防御結界を展開した。
俺たちは向かってくる動物の呪魂との戦闘を再開した。
◇
最終的に本陣で莉子先輩が神器を放ち、上空の鳥類の呪魂は祓われ、地上をうろつく多くの動物の呪魂も祓われた。
紫も第一防衛線で大技を使って覇気を放ち、新たに向かってきていた動物の呪魂を一掃してくれた。
こうして動物と鳥類の呪魂による攻撃はひと段落した。
方々で防御結界が再展開され、回復と治癒が行われた。
何人かの言霊使いが戦線を離脱することになった。
「いやあ、まさか動物の呪魂まで投入してくるなんて。いよいよ道鏡も追い詰められたか⁉」
莉子先輩はピンクのフレームについた土を拭きながら前方を見た。
「出し惜しみをしているのか。時間稼ぎなのか。次はなにが来るかな」
「師匠、和泉を偵察へ向かわせますか?」
「そうだな。和泉一人では何かあった時に困るから……歩、ちょっといいか?」
莉子先輩が歌詠みの一人に声をかけていた。
和泉たちは呪魂たちが湧き出てきた山の方へ偵察に向かった。
その間に歌詠み達は食事をし、次の戦いに備えた。
俺は遠くに見える前線を眺めていた。
紫に会いに行きたかった。
さっきの戦闘で覇気の大技を放っていたから、紫が無事であることは分かっていた。
分かっていたが、無性に紫の顔を見たくなっていた。
だが、さっきのようなこともある。
用がなければ最前線には向かわないようにと、莉子先輩が歌詠みを集め言っていた。
小さくため息をついて俺は自分の指輪を見た。
なんだかんだで俺も指輪を外さず、つけたままにしていた。
なんとなくこの指輪をつけていれば、紫とは繋がっていられるような気がしていた。
「主様~」
この声は……。
「……!」
いきなり姫天皇に抱きつかれた。
「姫天皇、どうした⁉」
「主様は本陣を離れられないと思って、姫天皇の方から会いに来ました」
俺は顔を上げた。
紫が少し離れた場所で小町と話をしていた。
俺は姫天皇に「無事で良かった」と言い、紫たちの方へ向かった。
そして小町をハグした。
「小町も無事で良かった! 防御結界の再展開は終わったか?」
小町は俺から抱きつかれたことなんてなかったから、かなり驚いたようだったが
「はい。無事終わりましたよ、主様」
元気よく返事をしてくれた。
俺はその流れで紫にもハグをした。
……紫……!
久々に抱きしめた紫からはやっぱり涼やかで爽やかな香りがした。
俺はその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「紫もよく頑張ってくれた。ありがとう」
つい腕に力が入ってしまったが紫は
「ええ、主も御無事で何よりです」
そう言った後に
「……熊の呪魂を倒したと聞きましたが」
ギクッ。
俺は紫から離れた。
紫は笑顔で俺に尋ねた。
「主、無茶をされたわけではないですよね?」
俺は横にいた小町に小声で尋ねた。
「本陣へ行こうと言ったのはもしかして紫か?」
小町はコクリと頷いた。
そうか。
防御結界を再展開するために前線へ行った小町が、熊の呪魂の件を紫に話したんだな……。
「む、紫、無理はしてないよ。むしろ、そこで覚醒したというか……」
「主、こちらへ来て、ゆっくりお聞かせください」
姫天皇と小町は触らぬ神に祟りなしとばかりに俺と紫から離れていった。
「それで。覚醒したとはどういうことですか?」
俺は熊に遭遇した瞬間に起きた出来事を話して聞かせた。
「……そんなことが本当に?」
にわかには信じがたいという顔だった。
「まあ、信じられないかもしれないけど」
紫は無言で前線を見た。
風が吹き、紫の艶やかな髪が揺れた。
「主」
短くそう言った瞬間だった。
突然、紫が太刀を抜いた。
その瞬間、俺の手は鞘のままの刀を持ち、気づいたら、紫の太刀を受け止めていた。
腕がジンとしびれていた。
もちろん覇気は込めれていなかったが、力が込められた一撃だった。
紫は驚きを隠せない表情をして、そして太刀を納めた。
「主、突然失礼いたしました。……勝手ながら確認をさせていただきました」
そして深々と頭を下げた。
「大丈夫だよ、紫。顔をあげて」
紫はゆっくり上体を起こした。
「突然のことで驚いたけど、体が勝手に動いていた」
俺の言葉に紫は頷いた。
「そのようですね。さすが義経。反応が速かったです」
紫はそこで安堵した顔に変わった。
「無駄のない的確な動きでした。つい数時間前に刀を手にした人間の動きではありません。これなら紫も安心です」
「……紫、心配して会いに来てくれてありがとうな。俺も紫のこと心配で会いたかったから、来てもらえてよかったよ」
「主……」
「紫――、そろそろ前線に戻ろう~」
姫天皇がこちらに手を振り、小町は俺の方へ小走りで戻ってきた。
「では、主」
紫は俺を見た。
俺は頷き、姫天皇と紫は前線へ戻った。
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次はどんな敵がやってくるのでしょうか。
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