邂逅
俺は草原のような場所にいた。
風が優しく吹いていた。
草が優しく揺れていた。
空は青く、雲がゆっくり流れていた。
「すまなかった」
振り向くとそこに牛若丸――義経がいた。
最後に見た義経は血の涙を流していたが、今はとても穏やかな顔だった。
「君の魂に触れ、私は自分の過ちに気づいた」
義経は手を伸ばし、風に吹かれる草に触れた。
「ここで妻と子供と共に静かに過ごすつもりだった」
義経は空を見上げた。
「だがあの日、私は妻子を手にかけ、自らの命を絶った。悔しかった。悲しかった」
義経の瞳は遠いあの日を見ていた。
不思議なことに、俺の目にも義経が見ているあの日が見えていた。
刀を我が子に振り下ろす瞬間、俺は堪らず目を閉じた。
心臓が苦しみで破裂しそうになった。
気づけば、足元には息絶えた愛する人の姿……。
彼が下した辛い決断、悲しみ、悔しさが俺の胸に迫った。
それはとてつもなく強くて、痛々しい感情だった。
「怒りが収まらなかった。復讐をできるなら、したい、と思ってしまった」
義経は俺に目を戻した。
「私の魂の一部は、砕けたその時、君の体から離れた魂に突き刺さってしまった。それからずっと私は君と転生を続けてきた。君が何のために戦い、何を守ろうとしたのかを見てきた。今さら遅いかもしれない。だが、君はここまで来てくれた。だから私の力を使ってくれ」
義経は俺に手を差し出した。
俺は頷き、その手を握った。
その瞬間、義経の姿が消えた。
◇
真っ白な空間に俺は取り残された。
ここはどこで俺は今、どういう状態なんだ?
紫は無事、札に戻れたのだろうか?
義経は……大将クラスの呪魂は倒した。
ということはあの日、道鏡に狙われた命は救われたということか?
そういえば別同部隊で動かしていた小町はどうなったのだろう?
結界外で、誰が狙われているか探らせていたが……。
いや、そういえばさっき会った義経は不思議なことを言っていた。
俺と一緒に転生を続けた……?
どういうことだ……?
「主」
振り返ると、甲冑を身に着けた紫がいた。いつもの眼鏡もかけていない。
「紫、無事……だったのか⁉ その甲冑は? 眼鏡はどうした?」
「主が札に戻してくださったので、紫は魂の核の破壊をまぬがれることができました」
「そうか、無事、札に戻れたんだな」
「でも主は……私を札に戻したので、防御結界は消え、私も消えたので、覇気が直撃しました……」
「そう、か……。俺は死んだのか……」
紫は唇を噛みしめていた。
「ここは天国なのか? でもまだ閻魔にもあっていないな。いや、そんなことはどうでもいい。……俺が死んだならみんなも札に戻れたんだな。なら安心だ。……義経は倒したのだから、救うことができたんだよな?」
「主は自分のことより、みんなのことを、任務のことを心配されるのですね」
「それは……歌詠みとして責任があるからな」
「みんな札に戻りました。覇気を受けた者もいますが、みんな回復しました。ただ、道鏡が狙った相手は……暗殺されました」
「え⁉ 義経は討ったのに?」
「義経は囮でした。大将クラスの呪魂が現れれば、当然歌詠みはそちらへ向かいます。しかも、今回現れたのは義経。悲運の最期を遂げた義経の無念な思いはとても強いものでした。その強い恨みは道鏡の呪いで強化され、大将クラスの最上位と言っても過言ではない強さでした。歌詠みが義経に引き付けられるのは仕方のないことでした」
「じゃあ、他に呪魂が……?」
「はい。少将クラスにも満たない呪魂が別に送り込まれていたのです」
「小町は……小町は間に合わなかったのか?」
「間に合いました。小町はそれを祓い、札へ戻りました」
「ではなぜ……?」
「敵は……道鏡だけではなかったのです。坂本龍馬にはあの時、敵が多過ぎました。彼を狙う、彼の死を願う者は現世の人間にも沢山いたのです」
「……!」
「主の責任ではありません。主はあの時、最善を尽くしました」
本当にそうだろうか。
他に手立てはなかったのだろうか。
「もし、あの時、紫の手に刀があれば。もし紫が防御ではなく、攻撃のステータスだったら……。義経の刃を受けることなく、主が倒されることはなかったでしょう。義経の刃を振り払い、主を守ることができたでしょう。そうすれば小町と合流し、現世の人間の暗殺者を止めることも……できたかもしれません。でもそれも今となっては夢物語です」
「紫……」
「主、帰りましょう。あなたの今の名前は滋岳 湊です。主は夢魂の儀を行い、今まで魂に刻まれた記憶を夢として見ていたのです。そしてご自身の魂に突き刺さっていた義経の魂の欠片を、自分の魂と融合させたのです」
紫の言葉に俺は息を呑み、でも確かにさっき義経と会ったことは覚えていて、それが事実なのだと理解した。
「紫も以前の紫とは違います。長い回復の期間を使い、主を守るために、力をつけました。もう紫は大切な主を、愛する人を失うような失態はいたしません。これからは紫が主を守り、戦います」
紫はそう言うと俺を抱きしめた。
「紫……」
穏やかな時間を感じた時、俺に膝枕して微笑んでいたのは……。
そうか、紫だったのか。
俺は紫の背に手を回した。
優しい暖かさが伝わってきた。
「ありがとう紫。紫と一緒にいられるよう、もう無茶はしないよ」
俺は腕に力を込めた。
本日公開分を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
紫と湊の関係が明らかになりました。
が、この後待ち受ける未来は……。
それでは明日も11時に公開となるため、迷子にならないよう
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