俺の言霊使い
蒼空の言葉を合図に、ゆっくり札が動き出した。
これだと思う札を指させと言われたが、どれも同じにしか見えない。
濃い緑茶のような色をした札の裏面を眺め、俺は途方にくれた。
その時だった。
一枚の札の周囲が光っているように感じた。
円陣も青白く光っているので、その光かとも思ったが、その札の周囲の光は黄金色の光だった。
俺はその札を指さした。
すると、札の動きが一斉に止まり、俺が指さした札がゆっくりこちらを向いた。
……!
変体仮名で書かれている。
これは……百人一首?
百人の言霊使いって、百人一首の歌人のことだったのか……!
俺はあまりにも有名なその上の句を読み上げた。
「花の色は 移りにけりな いたづらに」
上の句を聞いた蒼空たちは、一様に驚いた顔をしていた。
「わが身世にふる ながめせしまに」
驚いた。
俺の目の前にとても愛くるしい姿の少女が現れた。
柔らかなウェーブのかかったブロンドの長い髪。
まるで妖精みたいだった。
「主様、呼びかけに応じて参りました。言霊使い小野小町です。小町、と呼んでください」
そう言うと、にっこり微笑んだ。
天使のような微笑みだった。
しかし、これが絶世の美女と言われた小野小町?
日本を代表する美女と聞いていたけど、全然違う。
俺は蒼空を見た。
周囲の札はゆっくり一枚ずつ、箱へ向かって移動していた。
「現世に現れる言霊使いは、自分の好きな姿形をとれるんだ。小野小町と言えど、日本人の美女として現出するとは限らないんだよ」
なるほど。
俺が合点したその時だった。
残り三枚になった札の一つが、俺の前で突如止まった。
「湊、歌合せの儀式はまだ終わっていないようだね。小町、こちらへ下がってください」
蒼空に言われ、小町が下がると、俺は黄金色に輝く札を指さした。
札がゆっくり、表を向けた。
これは……。
教科書にも載っていた有名な句だった。
「春過ぎて 夏きにけらし 白妙の」
蒼空はもちろん、小町でさえ、息を飲んでいた。
「衣ほすてふ 天の香具山」
下の句が読まれたと思った瞬間、俺は突然女性に抱きつかれた。
顔を見ずに女性と分かったのは、俺の体に押し付けられた柔らかすぎる肉体のせいで……。そして。
「主様、会いたかったです!」
そう言うなり俺はいきなりこの言霊使いの女性に唇を奪われた。
◇
「それでは自己紹介をしようか」
突然キスをされ、俺がフリーズしている間に、残りの札は箱へ戻っていった。
黒狐は再び箱を背負い、どこかへ姿を消した
と同時に円陣も消え、歌合せの儀式はすっかり終わっていた。
そして蒼空はみんなを呼ぶと、自己紹介を始めた。
「彼女は紫、そう紫式部だよ。大将クラスの呪魂とも戦える、強力な攻撃ステータスの言霊使いであり、僕が最初に出会った言霊使いでもある。ステータスは攻撃だけど、祓いも防御もできて、僕にとっての切り札みたいな存在かな」
あの美貌の甲冑姿の女は紫……紫式部だった。
紫は、小町と、俺に腕を絡めて離れない姫天皇……持統天皇に会釈し、俺には冷たい視線で一瞥だけした。
紫の俺に対する風当たりは冷たい。
俺が歌詠みになることをすんなり受け入れなかったからか……。
「こちらは蜻蛉、右大将道綱母。ステータスは回復で、とても強力なヒーラーとして歌詠みの怪我はもちろん、仲間の言霊使いの治癒を行うこともできるよ」
俺の怪我を治癒してくれた人、それが蜻蛉……右大将道綱母だった。
蜻蛉……『蜻蛉日記』の作者としても有名だからその呼び名なのか。
蜻蛉は俺たちを順番に見ると柔和な微笑みを浮かべた。
母性を感じさせる大人の素敵な女性だった。
「そしてこの子は伊勢。ステータスは防御。強力な防御結界はもちろん、空間転移の結界、人避けの結界、移動結界など多数の結界を展開することが可能なんだ」
巫女装束のおませな幼女は伊勢というのか。
伊勢は「ちーわす」と俺たちに挨拶をした。
「彼女は、和泉、和泉式部。大将クラスの呪魂の(じゅこん)の呪いも祓うことができ、結界も展開できる。ステータスは祓い。諜報活動も得意で、僕にいろいろな情報を届けてくれるんだよ」
和泉は小町と姫天皇には「よろしくー」と手を振り、俺には流し目をしてウィンクをした。
相変わらず色気オーラが全開の和泉だが、女子高校生の姿をしているが、当然、高校生ではないのだろう……。
それにしてもこんなにフェロモン全開で、本当に諜報活動なんてできるのか……?
「そして僕はこの四人の言霊使いの主、弓削 蒼空。藤が丘学園の二年生で、湊とは今日は初めて会ったけど、これからは僕が先輩歌詠みとして会う機会も増えると思うんだ。湊、小町、姫天皇、よろしくお願いします」
藤が丘学園!
付属の大学もあるエリート私立高校だ。
最寄り駅は俺と同じだが、俺たちの通う海風高等学校が駅の東口にあるのに対し、藤が丘学園は西口にあった。
「湊、自己紹介をお願いしても?」
蒼空が俺を見た。
本日公開分を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
和泉式部と言えば、二人の親王との恋愛遍歴を含め、奔放な異性関係で知られた女性です。
本作の和泉もフェロモン全開の諜報活動で、多くの男性が秘密を漏らしてしまったとか……。
それでは明日も11時に公開となるため、迷子にならないよう
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それでは明日、また続きをお楽しみください!