歌合せの儀式
「じゃあ、湊、始めようか」
「いや、ちょっと待ってくれ。俺は歌詠みになるとはまだ一言も言っていないぞ」
「そうなのですか。わたくし、せっかく湊さまを助けたのに、歌詠みになっていただけないのは残念です」
十二単姿の女性が悲しそうに瞳を伏せた。
この人はさっき俺を助けてくれた女性だ……。
なんだか年齢的には自分の母親のようなのだが、なんとも言えない大人の魅力が感じられた。
「主様、必要ならあたしの魅力で、歌詠みになると言わせることもできますが?」
開襟シャツからは谷間がのぞき、プリーツのスカートの丈も短い。
左の頭頂部で結わかれた髪はうなじを露わにして、それもなんだか色っぽい。
ぷっくりした唇も、その口元のほくろも、セクシーさを引き立てていた。
強烈な色気を放つ女子高校生だった。
「歌詠みになることを迷う人なんているんだねー。ぼくだったら即答でイエスなのに。それで出来ればイケメンな言霊使いを引き当てて、ぼくのハーレムを作るのに」
この巫女装束姿の幼女は何を言っているんだ⁉
こんな子供のくせにイケメンとかハーレムとか言い出すなんて……。
「コイツに歌詠みになる、ならないの選択権はもはやない。手に印は現れている。もう歌詠みになってしまっている。あとは儀式をやるかやらないかだ。やらなければ待つのは死のみだ。穢れに憑かれ、誰かを巻き込んで死ぬぐらいなら、自分がここで引導を渡しやっても構わない」
冷たい瞳で俺を一瞥したこの甲冑姿の女が、皮肉なことに四人の中で一番美しかった。
艶のある黒髪は無造作に頭頂部で一本に結わかれていたが、その長い髪が揺れるだけでも雅な雰囲気だった。
綺麗な二重の瞳には凛とした強さがあり、鼻筋も通り、唇は綺麗な桃色。
肌の色は白く、頬は桜色。
細身でありながら、太刀を手にしており、さっき見た戦闘からも相当腕が立つことが分かる。
美しさと強さを兼ね備えた女だった。
「紫、落ち着いて。湊は君と少将クラスの呪魂の覇気に当たっても肉体と魂が離れることがなかった。歌詠みの印がまだはっきりと現れていないし、防御結界の展開の仕方も知らないはずなのに。それが何を意味するか分かるかい? 湊は歌詠みの中でも秘めた力が強いということだよ。とても希少な存在だ。だから湊に引導を渡すなんて言わないでおくれ」
「……はい。主様」
紫、という甲冑姿の女は、蒼空の言葉に素直に従い、太刀を納めた。
「ということで湊、紫の言う通り、残念ながら君に選択権はないんだよ。君のその手に歌詠みの印が現れた時点で、もう君は歌詠み。そして歌合せの儀式を行わなければ、湊、君は早晩、道鏡が放つ呪魂により命を落とすことになる。君に秘められた歌詠みの力は強い。穢れぐらいだったら言霊使いがいなくても大丈夫かもしれない。でも大将クラスの呪魂に襲われたらそれでおしまいだよ」
「でも大将クラスの呪魂を倒せる言霊使いを、俺が呼び出せるとは限らないだろう?」
「そうかもしれない。でも、湊、君は歌詠みとして強い力を秘めている。きっと強力な言霊使いを呼び出すことができるだろう」
蒼空はそう言うと俺を見て微笑んだ。
「でもその質問をした時点で湊、君は歌合せの儀式に応じたということだね」
俺は黙って自分の左手を見た。
さっき、黒狐が現れた時、左手の甲にピリッとしたしびれを感じた。
すると俺の左手にははっきりと、見たこともない紋様が刻まれていた。
歌詠みの印……。
俺は蒼空を見た。
蒼空は俺を見て頷いた。
「さあ、儀式を始めよう」
◇
俺がいる場所は高校の保健室であり、保健室ではなかった。
蒼空によると、呪魂が現れた時は、空間転移の結界を展開するという。
呪魂が現れた瞬間に一定の範囲の空間をコピーし、展開した結界の中に転移させる。
ただこの転移、かなり大規模なため、空の色や月の色が少しおかしくなることはよくあるという。そのため俺が見たようなあり得ない空や月が空間転移の結界の中では展開されていた。
ちなみにこの結界を展開する理由、それは激しい戦いの影響を周囲の人間や建物に与えないためだ。
この結界の中に入れるのは、結界を展開した歌詠み自身とその言霊使い、そして歌詠みが入ることを許した者、それと他の歌詠みと言霊使いだ。
紫と上総 広常の呪魂が戦闘を繰り広げていた時も、空間転移の結界は展開されており、だから体育教師の高松の姿はなかった。
そして気絶した俺を保健室に運ぶにあたり、結界は展開したままにしていた。上総 広常の呪魂は紫が既に倒していたので、結界を展開する必要はなかったが、まだ学校には数名の教師が残っていたからだ。
そのおかげで俺の歌合せの儀式も新たに結界を展開することなく進められることになった。
黒狐が保健室の床を走り回っていると思ったら、そこに幾何学模様の図形が描かれていった。完成するとその図形は青白く輝いた。
「では湊、その円陣の中央に立って」
蒼空の言葉に従い、青白く光る円陣の中央に立った。
眩しいな。
「これから黒狐が君の周りに札を配置する。配置が終わると、札は君の周囲を回転しはじめる。湊、君はこれだと思う札を指さすだけでいいんだよ。それが君の札であれば、札は表面を君に向ける。札が自分の方に向いたら、そこに書かれた上の句を読む。言霊使いが君の呼び出しに応じるなら、下の句を読んで返事をする。そうすれば湊専属の言霊使いが現れる。通常、初めての歌合せはこれでおしまいだよ。経験を積み、必要に応じてまた黒狐が現れたら、歌合せの儀式が行われるから」
「なるほど……」
「ちなみに残りの札は勝手に箱に戻るから。もし札が残れば、もう一度同じことを繰り返すことになるよ」
「分かった」
「では黒狐、お願いします」
蒼空がそう言って箱の蓋を開けると、黒狐は手を箱にいれ、札を次々と空間に向け飛ばしていった。すると札が裏面を俺に向け、取り囲んでいった。
「配置は完了した。ここに滋岳 湊の歌合せを開始する」
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今日は2話公開です。引き続きお楽しみください!




