本来の主(あるじ)の元に
紫との再会は思い出す度に顔から火が出る思いだった。
号泣状態の俺に突然抱きしめられた紫はただただ戸惑っていた。
それもそのはずだ。
紫の呪詛は札に戻り綺麗さっぱりなくなったが、同時に記憶も綺麗さっぱりリセットされていたからだ。
絶対に「この主はなんでこうも号泣しているんだ? しかもいきなり抱きついてくるなんて、デリカシーの欠片もないのか」そう思われたに違いない。
ただ、俺が号泣していた時、業平をのぞく全員が俺に近い状態、すなわち泣いている者が多かったので、俺が泣いていたことも、思わず紫に抱きついたことも、批判する者は一人もいなかった。
むしろ札が箱に戻ると、みんな俺と紫の周りに集まり、皆が抱きついてしばらくは紫の帰還を無言で喜んでいた。
公園からの帰り道、姫天皇がなぜこうもみんなが泣いているのか、その理由を紫に説明しておいたと言ってくれたが……。
明日の朝、紫とどんな顔をして会えばいいのか、分からなかった。
四人は今、巡回に出ていた。
するとスマホが鳴った。
蒼空からだった。
「もしもし、湊」
「あ、蒼空」
「今日の歌合せはビックリしたよ。まさか湊が紫を引き当てるなんて……」
「そうだよな。なんか蒼空の切り札だった紫を俺がとってしまったみたいで申し訳ないな」
「湊がそう思っているんじゃないかと思って電話したんだ」
「蒼空……」
「白状すると、僕は本当は紫の主ではなかったんだよ。歌合せの儀式の時、僕の中で何か直感みたいなものが働いて、この札はとても強い札に違いない、って感じたんだ。……無理やり引き当ててしまったんだ。紫が札に戻ることになったのも、本来の主ではない僕の言霊使いにしていたことに、天罰が下ったのかもしれない。因果応報だね。そして紫には本当に悪いことをした……」
「そんな……。あれは俺が……」
「いや、湊はあの件に責任を感じる必要はない。きっとみんな湊にそう言っていると思うけど。本当に、その件はもう忘れるんだ」
「蒼空……」
「まあ、そんなわけで、僕は紫が湊の言霊使いになったこと、恨んだりしていないから。取られたとも思っていない」
「……そうか。安心した。……蒼空は、紫に恋愛感情の好きの気持ちはあったのか?」
ずっと気になっていたことをついに聞いてしまった。
「う~ん。どうだろう。もっと長い時間を紫といたら、そうなっていたかもしれない。前に話しただろう、『人間として好ましいという意味での好意と、恋愛感情に基づく好意、これは表裏一体だと思う』って。紫への信頼が愛情に変わる……まあ、今となってはもう分からないけど」
蒼空には申し訳ないが、そうなる前に紫が札に戻ることになったのは……良かったかもしれない。
「でも僕としては、歌詠みと言霊使いには一線を引いているから、それを超えることはなかったと思う、かな」
蒼空はそう言って笑った。
「で、湊はどうするんだ?」
「えっ」
心臓がドキッとした。
「小町も姫天皇も湊にゾッコンじゃないか」
あ、そっちか。
「う、う~ん。それは俺も一線を引いて超えるつもりはないかな」
「絶世の美女に好かれているのに?」
「……まあ、勿体ない話だよな。俺みたいな男を慕ってくれているのに。それこそ罰が当たりそうだ……」
「そうかな。僕は小町と姫天皇が湊を慕う気持ちが分かるけど」
「えっ……」
「湊は二人のことを普通の女の子と同じように接しているだろう。それになんだかんだで二人のことを受け入れてあげている。僕みたいに一線を引いてないから、ついつい二人も嬉しくなって甘えちゃうんじゃないか」
「なるほど……」
「あ、清納が巡回から戻ったから切るよ」
「うん」
俺が電話を切ると同時に着信があった。
莉子先輩だった。
「み~な~と、今日の歌合せは最高な結果だったな」
「は、はい、そうですね……」
「まさか湊が紫の本来の主だったとは。良かったな~、湊。これからは四六時中、紫と一緒にいられる。あんなことやこんなこともできるんだぞ~、なあ、湊」
「……莉子先輩、間接的に変なこと言わないでください」
「何を照れているんだ。相思相愛だろう? 紫は札に戻って二週間足らずだ。言霊使いとしての力はすっからかんに近い状態で札に戻ったのに。驚異の回復力だ。きっと湊が歌合せの儀式をするかもしれないと思って、紫も頑張って回復したんだろうな」
「それは……」
確かに驚きだった。
回復には一年から百年かかることもあると聞いていたからだ。
紫が現れてくれたら、という淡い期待があったが、それは宝くじで一等当選するぐらい低い確率だと思っていた。
「それに本来の主の元に戻ったからか、紫のスキルがとんでもないことになっているじゃないか」
「え、そうなんですか⁉」
「なんだ、湊、主のくせに紫のことを把握していないのか? 紫は甲冑をつけているから目測しにくいのだが、おそらくバストはCカップ、ウエストは六十一、ヒップは八十六ぐらいかな」
「莉子先輩!」
「ははは。冗談、冗談。冗談だけど、多分、実際に近いと数値だと思うぞ。それでだ、紫だがステータスは攻撃となっているが、別に防御、祓い、回復のどれでもいい状態だ。つまり、もう紫はわたしが知る限り最強の言霊使いだよ」
「そう、なんですね……」
「これも愛の力なんじゃないか。湊のために紫は最強になって戻ってきたというわけだ」
「俺のためというか、紫の努力の賜物なんじゃないですか」
「ほう。ではそういうことにしておこうか。ところで湊」
「はい」
「業平だが、そっちの巡回が終わったら、わたしの所でちょっと預かってもいいかい? 預かると言っても朝には戻す」
「……は、はあ」
「あの在原業平だぞ。日本史上最高のイケメンと言われている在原業平だ。あの声。蝉丸の声もいいが、業平の声はそれとも違った魅力がある。あれは堪らない。じっくり、じっくり観察させてもらうよ」
「まあ、その、業平の人権は尊重してください……」
「もちろんだとも。とりあえず数日はそんな感じでよろしく」
え、今日だけの話じゃないのか⁉
通話はもう切れていた。
業平は大丈夫だろうか……。
まあ、男なんだし、なんとかするだろう。
俺は寝ることにした。
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