男の俺でもしびれる声
日中は部活に参加して、部活の後は律と蒼真と待ち合わせて晩御飯を食べた。
そしてその足で、結界の展開を習うために蒼空が連れて行ってくれた公園へ向かった。
公園に着くと、そこには蒼空と莉子先輩もいた。
「蒼空、久しぶり! 莉子先輩もお元気でしたか?」
「ああ、元気だとも。こちとら大学二年生、青春を謳歌しながら穢れを祓うっていう矛盾を見事にこなしているよ」
……もしかして莉子先輩の青春って、青じゃなくて性ということなのか⁉
「湊は部活が忙しいって和泉から聞いたけど」
「あ、うん。九月に文化祭で上演する劇の稽古をやっている。良かったら、蒼空も莉子先輩も見に来てくださいよ」
「うん。ぜひ行かせてもらうよ」「喜んで見に行こう」
そんな風に話していると白狐と黒狐がやってきた。
「じゃあいつも通り始めようか。今日は沢山いるから誰に結界を展開してもらおうかな」
白狐がみんなを見てそう言うと
「はーい、はーい! 清納が結界を展開します!」
清納は青色のくノ一の衣装をまとっていて、元気にぴょんぴょん飛び跳ねてアピールした。
「清納はいつも元気だね。じゃあ頼んだよ」
白狐の言葉に清納は元気よく「はいっ!」と返事をした。
そして大きく溌剌とした声で叫んだ。
「空間転移結界、展開」
空間がぐらりと歪んだ。
「移動物質、再構築。レベル3。完成まで五、四、三、二、一」
夜空に青空が混ざったような不思議な空が広がった。
黒狐が円陣を描いた。
「では湊、始めようか」
俺は青白く光る円陣の中央に立った。
結界の中にいるので、言霊使いは全員、霊体化を解いていた。
こんな大勢に囲まれて歌合せの儀式をするのは緊張するな。
そんなことを思っていると
「はい、黒狐」
莉子先輩が箱の蓋を開けた。黒狐は手を箱にいれ、札を次々と空間に向け飛ばしていった。札が裏面を俺に向け、取り囲んでいった。
「配置は完了した。ここに滋岳 湊の歌合せを開始する」
白狐の言葉を合図に、ゆっくり札が動き出した。
俺は久々の歌合せということと、沢山のギャラリーがいること、そして一つの淡い期待にドキドキしながら回転する札を見つめた。
一枚の札の周囲が光った。
俺はその札を指さした。
札の動きが一斉に止まり、俺が指さした札がゆっくりこちらを向いた。
……!
まさか、俺がこの札を⁉
◇
「ちはやふる」
俺のこの一言に莉子先輩の目の色が変わり、蒼空が目を大きく見開いた。
他の言霊使いも手で口を押えたり、息を飲む様子が伝わってきた。
これはあまりにも有名過ぎる歌だ。
「神代もきかず 竜田川」
皆が沈黙し、下の句を待った。すると
「からくれなゐに 水くくるとは」
もう声だけで男の俺でもしびれてしまった。
艶のある声だった。
「主様、呼びかけに応じて参りました。言霊使い在原業平朝臣です」
もう非の打ち所がないイケメンが俺の目の前に現れた。
鼻筋が通ってほりが深く、左右の顔のバランスも完璧。
藍色の束帯を纏い、背筋をピンと伸ばし、清潔感にあふれている。
「ステータスは攻撃、防御にも自信があります。必ずや主様のお役に立ちましょう」
ステータスは攻撃、と聞いた瞬間に蒼空が目を細め、莉子先輩は唇を舐めた。
言霊使いの女性陣はため息をついて業平を眺めていた。
「湊、まだ終わっていないようだ」
白狐の言葉に我に帰ると、札の回転は続いていた。
業平は円陣の外に出て、早速皆に取り囲まれていた。
俺は回転する札に目を戻し、金色の輝きを放つ札を見つけ、ゆっくり指さした。
札の表面が見えた。
俺は息を飲み、そして呼吸することを忘れた。
周囲の音が遠のいた。
涙がこぼれ落ちた。
俺は一度も感情を爆発させていなかった。
どこかのタイミングで大声で泣いておくべきだった。
それをしていなかったら、こんな場でこんなにも涙が止まらなくなってしまっていた。
「湊」
白狐が俺に上の句を詠むよう促した。
俺は涙が止まらないまま、涙で札が滲んで見えない状態で、でも暗記していた上の句を歌い上げた。
「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に」
「雲かくれにし 夜半の月かな」
目の前に紫がいた。
綺麗な二重の瞳には凛とした強さがあり、鼻筋も通り、唇は綺麗な桃色。
肌の色は白く、頬は桜色。
黒い艶やかな髪と見慣れた甲冑姿。
俺は紫が口を開きかけた瞬間に抱きしめていた。
涼やかで爽やかな香り……紫の香りがした。
本日公開分を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
まさかの紫との再会。湊の心には様々な想いが交錯します。
それでは明日も11時に公開となるため、迷子にならないよう
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それでは午後もお仕事、勉強、頑張りましょう!
明日、また続きをお楽しみください!




