静かな結末
「戻すしかない……?」
「そうだ。紫を札に戻すんだ。札に戻ればすべてがリセットされる。札の世界は現世とも隠世とも全く違う。札の世界において、呪詛はそもそも意味を成さない」
「……!」
「今、白狐、黒狐、莉子が蒼空を説得しに行っている。紫を札に戻すことに同意するように」
「……札に言霊使いが戻るのに歌詠みの同意が必要なのか⁉」
「陰陽師のぼくにそれを聞くな」
「……」
小笠原久光は俺の顔を見るとため息をついた。
「必要だ。当然だろう。呪魂との戦闘の最中に、突然、言霊使いが『やっぱり札に戻ります~』っていなくなったら困るだろう。言霊使いが札に戻る、それには主たる歌詠みの同意は必須だ」
そうなのか……。
莉子先輩の言葉がよみがえる。
――
「蒼空はこの札だ、と思ったようだが、その札は反応しなかった。その場合は別の札を選ぶ必要があるんだが、蒼空はその札をつかんで半ば無理やり引き当ててしまったんだ」
――
蒼空は紫を札に戻すことに同意するだろうか……。
でもこのままでは紫は……。
蒼空もきっと同意するはずだ。
「同意はするさ。ぼくが条件を出すように伝えたからな」
「条件……?」
「蒼空は物腰も柔らかいし、一見優しいが、その実、強くなりたい、誰かに負けたくないっていう気持ちもとても強い。紫はとても強力な言霊使いだろう。それは見れば分かる。紫を失うことは蒼空にとっては大きな痛手だ。
だから近いうちに歌合せの儀式を行い、再度言霊使いと出会うチャンスを与える。そしてぼくが受け取る予定だった神器の一つを蒼空に譲渡する。この二つの条件で、蒼空は紫を札に戻すことに同意するはずだ」
「蒼空のことを知っているのか……?」
「ああ。歳は離れているが昔、同じ町に住んでいた。子供の頃にな。その時によく遊んでいた。蒼空の家が引っ越すことになり、最初は手紙のやりとりもしていたがそれも絶えて……。まさかここで再会するとは驚きだったよ」
そこで小笠原久光は伸びをした。
「よし。答えは出たようだな」
小笠原久光は立ち上がった。
「……俺もついて行っていいか?」
「ああ。呪詛の毒気はぼくが抑える。蒼空がその場にいないと始まらんからな」
そう言うと小笠原久光は振り返ることなく階段へ向かっていった。
◇
小笠原久光は、蒼空を刺激しないためということで、空き室になっている紫の隣の病室から、呪詛の毒気を抑えるための祈祷を行うことになった。
紫の病室には、白狐、黒狐、莉子先輩、蒼空、そして俺の入室が許された。
紫の病室の前で待っていると、蒼空が三人の言霊使いを連れ、ゆっくりやってきた。
莉子先輩が蒼空に言霊使いを霊体化するように言い、蒼空は素直に頷いた。
小笠原久光によって毒気が抑えられているからか。紫の病室の前に立っていても、体が重たくなることも、気分が沈むようなこともなかった。
俺たちは病室の中へ入った。
十三時を回ったばかりの七月のこの日、空はよく晴れ、外はとても明るかった。
紫の病室も窓からたっぷりの日が届いていた。
ベッドに横たわる紫にも日が当たり、まるで紫自身が輝いているようだった。
とても呪詛に憑かれているようには見えなかった。
「では始めるよ」
白狐が黒狐に合図を送った。
えっ……。
別れの挨拶をする時間もないのか⁉
……いや、違う。
俺たちが感傷的にならないよう、一気に終わらせようとしているんだ……。
歌合せの時に使った箱の蓋を、莉子先輩が開けた。
すると黒狐が一枚の札をくわえ、トコトコと宙を歩き、その札を蒼空に渡した。
「蒼空、札の表面を紫に向けて。紫の歌を詠んであげて」
白狐の言葉に蒼空は頷いた。
「めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲かくれにし 夜半の月かな」
紫の体が金色の光に包まれ、キラキラと輝きながらその姿は消えた。
「ありがとう、紫」
蒼空は静かにそう言うと、黒狐に札を渡した。
黒狐は札をくわえ、箱に戻した。
莉子先輩が箱の蓋を閉じた。
「これでお終いだ」
白狐が静かに告げた。
本日公開分を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
突如訪れた紫との別れ。湊と蒼空はこの後どうなるのでしょうか。
それでは明日も11時に公開となるため、迷子にならないよう
良かったらブックマーク登録をよろしくお願いいたします。
それでは午後もお仕事、勉強、頑張りましょう!
明日、また続きをお楽しみください!




