紫を救う方法
紫の病室に向かった小笠原久光は、スライド式のドアの前で立ち止まった。
「……これは信じられないぐらいの毒気が出ているな」
そう言うと小笠原久光は俺と莉子先輩を見た。
「湊はダメだ。白狐、黒狐、莉子、行くぞ」
「え、俺も……」
「お前はダメだ。一度、この毒気にやられている」
「……!」
そんなことまで分かるのか……。
「でも……」
食い下がると、莉子先輩が俺の肩を押さえた。
「あの、では姫天皇が主様の代わりに中へ入ってもいいでしょうか」
「お前は……ステータスは回復か。防御と祓いもできるのか?」
「回復に比べればまだまだですが、できます」
「陰陽師、もしもの時はわたくしがフォローします」
菅家……!
「勝手にしろ。ただし、足は引っ張るなよ」
姫天皇が俺を見て頷いた。
「菅家、姫天皇を頼む」
俺の言葉に菅家は涼やかに微笑んだ。
こうして、俺を残し、姫天皇たちは紫の病室へ入っていった。
◇
「主様、サンドイッチって美味しいですか?」
俺は小町と屋上のベンチに座っていた。
丁度昼時だったので、俺は売店で購入したサンドイッチを食べていた。
「うん。……小町も食べてみるか?」
「え、いいんですか?」
「もちろん。というかお腹すいたか?」
「お腹はすきません」
「……味とか感じるのか?」
「感じると思います。でも長らく食事をしていないので……」
「じゃあ、試すしかないな。はい」
「あ、えっと、こんなには……」
「え、じゃあ、どうする?」
「これを」
小町は俺のかじりかけのサンドイッチをパクっと口にした。
「……!」
「どうだ?」
「なんか、新感覚です!」
「もっと食べるか?」
「大丈夫です」
小町は微笑み
「主様と間接キスしちゃいました。バレたら姫天皇に怒られそうですが」
「当然よ、小町! 人が一生懸命動いている時に、主様と何しているのよー」
「きゃああ、髪を引っ張らないでくださいぃぃぃ」
「だって小町が抜け駆けするからでしょー」
「お前の言霊使いは随分騒がしいな」
「……!」
小笠原久光が俺の横に立っていた。
「紫は、紫はどうですか? 呪詛は……また呪詛返しするんですか⁉」
「というか、湊、お前も同じぐらい騒がしいな」
小笠原久光はそう言うと、小町が座っていた場所に腰を下ろした。
そして手にしていた紙パックの苺ミルクを飲んだ。
「紫に呪詛返しはしない」
「え……」
「紫の呪詛は祓おうとすればその分、さらに呪いが憑りつく厄介なものだ。だが呪詛返しは電光石火の一撃で術者に呪いを戻す。呪いがさらに憑りつく暇を与えない。そういう意味では、紫にその呪詛が憑りついた直後だったら、ぼくも呪詛返しをしていただろう」
小笠原久光は空を見上げた。
飛行機が通過し、空には飛行機雲が見えた。
「でも、もう遅い。紫の中の自浄作用が働き、もう何度も呪詛を祓おうとしてしまった。その結果、紫の言霊使いの力の中に、呪詛はしっかり入り込んでしまった。そして紫の力はもう底をつきかけている」
そう言うと小笠原久光は、俺が飲み終えたオレンジジュースの入っていたプラスチックカップを持ち上げた。
中には細かい氷が残っていた。
小笠原久光はカップの蓋とストローを外した。
「このカップに紫の言霊使いの力が入っていたとする。そう、オレンジジュースが言霊使いの力だ。だが、オレンジジュースは侵入してきた呪詛を祓うために使われてしまった。見てみろ。もうオレンジジュースはない。かろうじて氷が残っているが、今の紫はまさにそんな状態だ。この状態で呪詛返しをするとどうなる?」
小笠原久光はコップを高く持ち上げ、そして勢いよくベンチに置いた。
その瞬間カップの中の氷は四方八方に飛び散った。
「もし呪詛返しをすれば、呪詛が紫の体を離れる瞬間に、残っていた彼女の力を吹き飛ばすことになる。それでなくても今、呪詛により紫は弱っている。その上で残りの力が吹き飛ばされたら……」
「分かった。分かったよ……。その言葉は口にしないでくれ」
「……」
「どのみち、お前でもどうにもできないんだな」
なんとなく、勝手な思い込みで、小笠原久光ならなんとかしてくれる、と思っていた。
だから俺はのんきにもこの屋上でサンドイッチを食べていたのだ。
俺の食欲は失せ、一気に気持ちが落ち込んだ。
「話というのは、最後まで聞くものだ」
俺は小笠原久光を見た。
「皮肉なことだ。歌詠みではなく、陰陽師であるぼくがこの方法を提案することになるとは」
小笠原久光はカップの蓋とストローを元に戻した。
そして元に戻したカップを俺に戻した。
戻す。
その言葉がぼんやりと俺の頭に浮かんだ。
すると小笠原久光はニヤリと笑い俺を見た。
「紫を救うには、戻すしかない」
本日公開分を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
小笠原久光は一体何を湊に言おうとしているのでしょうか……?
それでは明日も11時に公開となるため、迷子にならないよう
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それでは午後もお仕事、勉強、頑張りましょう!
明日、また続きをお楽しみください!




