命知らずの陰陽師
俺は律を担いでトイレから出た。
莉子先輩がベージュのスーツ姿の女性を連れて駆け寄った。
「律、どうしたの⁉」
その女性は律の母親だった。
「あ、こんにちは。律の同級生の湊です」
「あ、湊くん! 律から聞いたことある。一緒に迎えに来てくれたの?」
「はい。で、律のやつ、なんかお腹の調子が悪いってトイレにこもっちゃって……」
「もー、暑いからお腹でも出して寝ちゃったのかしら」
律の母親は律の頬に触れ
「律、大丈夫?」
そう声をかけた。
するとそこに
「美奈子」
スーツ姿の男性が駆け寄った。
律の父親だった。
俺は事情を説明し、律を二人にまかせ、莉子先輩と小笠原久光の所へ戻った。
「あと三十分もすれば目を覚ますって」
莉子先輩が俺に教えてくれた。
小笠原久光は既に歩き出していた。
「呪詛をかけられていたのに、このまま家に帰して律は大丈夫なんですか?」
俺の問いに、並んで歩きながら莉子先輩が答えてくれた。
「本人から聞いたよ。小笠原久光は呪詛返しを行ったんだろう。呪詛返しは文字通り、呪った相手に呪詛を丸ごと返すと同時に、律についていた様々な不調もオマケで送り込んでいる。律は呪詛をかけられる以前より、むしろ健康で元気になったはずだよ」
「そうなんですね」
「しかし、小笠原久光、流石だな」
俺は莉子先輩を見た。
莉子先輩はゾクゾクして堪らないという顔をしていた。
「あの道鏡相手に呪詛返しをしたんだよ。呪詛返しをするということは、まさに宣戦布告だ。誰が呪詛返しをしたかは、すぐに分かる。それは道鏡に名前を知られ、目をつけられることを意味する。だから道鏡に対して呪詛返しをしようと考える陰陽師なんていない。今生では小笠原久光ぐらいだろうな」
確かに小笠原久光自身も宣戦布告と言っていた。
「これは道鏡にとっては天と地がひっくり返るぐらいのインパクトだったはずだ。まず、呪詛が戻されたことに驚く。そしてそんなことをする陰陽師が現世にいることに衝撃を受ける。さらに自分を、道鏡を敵に回すことをいとわない、つまりそれだけ力がある陰陽師が存在している事実に愕然とするはずだ。
……恐らく、道鏡は小笠原久光の目が黒いうちは、二度と呪詛による攻撃は行わないだろう。そんな命知らずの陰陽師と面と向かって勝負することは、例え道鏡であっても避けたいはずだ」
俺はずっと前を歩く小笠原久光を見た。
見た目はただの少年のようにしか見えないのに……。
「蒼空以上にそそる存在だね、小笠原久光は」
莉子先輩が舌なめずりした。
その気配を察知したのか、小笠原久光はぶるっと体を震わせた。
◇
「では蒼真の呪詛を祓う」
病院に戻ると、小笠原久光はあっさりそう言った。
「えっ、でも……」
思わず俺が呟くと
「なに、条件は簡単に作れる。蒼真のスマホを」
蒼真の病室に待機していた白狐と黒狐が蒼真のスマホを引き出しから取り出した。
スマホは顔認証のはずなのに、起動していた。
小笠原久光は何やら操作すると「よし」と呟いた。
「湊だけ残れ。湊、言霊使いに最大級の防御結界を展開させろ。白狐、黒狐、莉子、念のためだ、病院の敷地から出ろ。莉子、敷地の外に出たら、空間転移、人避けの結界を展開しろ。病室で寝ている言霊使いと……蒼空のところにも防御結界を展開させろ。莉子の言霊使いに……道真がいるな。アイツなら間違いない。道真に結界を展開させるんだ」
……一体、小笠原久光はどうやって蒼真の体内の呪詛を祓うつもりなんだ……?
俺は莉子先輩を見た。
莉子先輩は大丈夫、と声を出さず、口だけ動かした。
……信じるしかないのか。
俺は小笠原久光が何をしようとしているのか聞き出したかったが、それをやめ、小町を呼んだ。
「主様、了解しました」
小町が防御結界を展開しはじめた。
俺は歌詠みの印に集中した。
あちこちで力が動いていることが感じられた。
「えっ……」
いつの間にそこにいたのか?
俺は驚いて、ベッドで眠る蒼真のそばに立つ男性を見つめた。
そこにいたのは蒼真の父親だった。
「よし。すべての結界は展開された。役者も揃った。では始めよう」
小笠原久光がニヤリと笑った。
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