蒼真を助けたい
姫天皇と小町を莉子先輩に紹介し、その後はお互いの連絡先を交換し、解散となった。
そして今、俺は蒼空と電車に乗り、席についたところだった。
「蒼空、今日はありがとうな。すごく勉強になったよ。莉子先輩の結界、祓い、神器、全部すごかった」
「そうか。それは良かったよ。……ちょっと癖があるけど悪い人じゃないから」
「……なんか、菅家と莉子先輩、ただならぬ雰囲気だった。もしかしてあの二人は……」
すると蒼空はクスッと笑った。
「湊が想像しているようなことはないよ」
「……えっ」
「莉子先輩は歌詠みだ。歌詠みはさ、言葉遊びが好きな人が多いんだよ」
「つまり……?」
「そーゆう関係があるかもしれない、みたいな言葉を散りばめて、相手の反応を見て楽しんでいるんだよ」
「な……、そうなのか⁉」
「うん。莉子先輩、あーみえて真面目だから。ちゃんと一線を引いている」
そう言えば蒼空自身も
――
「紫も蜻蛉も伊勢も和泉も、とても素敵な女性たちだよ。でも一線は引いている。僕は歌詠みで彼女達は言霊使いだから」
――
そう言っていたな。
「……歌詠みと言霊使いが恋に落ちることはないのかな?」
「それは……どうだろう。ない、とは言い切れないんじゃないか。だって恋をするぞ、って恋をするわけではないだろう? 気がついたら、恋に落ちていた、なら、避けようがない」
確かにそうだ。
「ただ、難しくはあるよね」
蒼空は優しく微笑んだ。
「そうなのか」
「言霊使いのこと、湊はどう思っている? 僕は対等な存在だと思っているけど」
「うん。俺も対等だと思っている」
「僕たちはそう思っていても、言霊使い達は少し違うようなんだ。彼女たちは僕達のことを主って呼ぶだろう。彼女達の中では主従関係があるというか、主の言葉には従順に、っていう気持ちがあるみたいなんだ」
「なるほど」
「そうなると、もし歌詠み側から想いを告げたら、言霊使いは断りづらいと思うんだ」
「え、でも言霊使いにだって感情はあるんだ。好意がないなら断るだろう?」
「彼女達の従順さは主への好意が根底にあると思うんだ」
「え、主のことを好きという言霊使いが選ばれるということか⁉」
「違う、違う。恋愛感情の好意じゃなくて、人間として好ましい、一緒に何かやり遂げるならこの人とやりたいと思える好ましさ、そう言った意味での好意だよ」
「ああ、そういうことか。それなら明確じゃないか。いわゆるビジネスパートナーとして最高の相手、ってことだろう」
「でもそんなに単純じゃない」
「えっ……」
「人間として好ましいという意味での好意と、恋愛感情に基づく好意、これは表裏一体だと思う」
「つまり……相手を信頼すればするほど、それが恋愛感情の好意に変わりやすいと?」
「そう。そして相手を信頼することで生まれる好ましいという気持ち、これは相手への好意、恋愛感情の好意なのではないかと思ってしまうこともある」
「言霊使いは元々主として、歌詠みのことを好ましいと思っていた。そこに歌詠みから想いを告げられたら、そもそもとして主従関係からも断りづらい。さらにもしかしたらこの好ましいという気持ちは、恋愛感情からくる好意なんじゃないかと思ってしまう。その結果、言霊使いは歌詠み使いに請われたら想いを受け入れてしまう、ということか?」
蒼空は頷いた。
そんなことがあるのだろうか?
……正解は、あるかもしれないし、ないかもしれない、だろうな。
「おっと、湊、僕が降りる駅だ。また連絡するよ」
「うん、またな、蒼空」
蒼空はホームに降り立つと、出発する電車と俺を笑顔で見送ってくれた。
◇
俺は行きと同じ駅で降り、乗り換えをするために歩いていた。
そこで俺は知っている後ろ姿を見つけた。
蒼真だ。
もうすぐ十二時。
蒼真は今日も部活のはずだった。
練習は一日がかりのはずだ。
どうしてこの時間に?
昨日だって変な時間に歓楽街にいた。
俺は蒼真に何かよくないことが起きているようなきがして、その後姿を慌てて追いかけた。
◇
蒼真は昨日と同じ場所に向かっているようだった。
俺は蒼真が歩く道の、道路を挟んだ反対側の道へ向かった。そしてその道を走り、歓楽街を抜けた先にある川沿いの道で、蒼真を待ち伏せすることにした。
ほどなくして蒼真がやってきた。
蒼真は驚くほど顔色が悪く、うつむき加減で歩いており、俺にも全然気づいていなかった。
――主様
霊体化した小町が話しかけてきた。
「どうした、小町」
――……主様が見ている方、穢れが憑いています。
「えっ……」
俺は驚いて蒼真を見た。
確かに今の蒼真は、蒼真らしくない。
俺は歌詠みの印に神経を集中させ、そして蒼真を見た。
「なんてこった」
思わず声に出ていた。
蒼真の全身は穢れに覆われ、もう押しつぶされそうだった。
どうして……何があったんだ、蒼真⁉
俺の呼吸の乱れを感じたのか小町が囁いた。
――主様、落ち着いてください。穢れのサイズは大きいですが、そこまで強い穢れではありません。主様であれば祓うことができます。……でも必要があれば小町が祓います。
さらに姫天皇も
――主様、命じていただければ、姫天皇も小町を手伝います。
二人の言葉に俺は冷静さを取り戻していた。
「二人とも、ありがとう。大丈夫だ。俺が、祓う」
俺は深呼吸をした。
背筋を伸ばし、歌詠みの印のある左手を地面に平行に持ち上げた。
「人避け結界、展開」
空間がぶるぶると震えた。
「半径五キロ圏内、有機体を回避。レベル3。完成まで五、四、三、二、一」
結界が展開された。
俺は歌詠みの印がある左手を握りしめると右手で左手をつかみ、人差し指を立てた。
そしてその人差し指を口元に寄せ
「諸々の禍事 罪 穢 有らむをば 祓へ給ひ清め給へと 白すことを 聞こし召せと 恐み 恐み も白す」
俺の歌詠みの印が青白く輝いた。
俺は手をほどき、左手を蒼真の方に向けた。
「待て、湊」
莉子先輩が俺の歌詠みの印を隠すように掴んだ。
だが俺が放った青白い光はすでに蒼真へ向かっていた。
「蒼空」
莉子先輩が叫んだ。
蒼真の前に立ちふさがるように蒼空が立ち、そして自身の歌詠みの力を、若竹色の光を俺の青白い光へ向かって放った。
ぶつかる。
激しい閃光が起き、突風が起きた。
莉子先輩が俺を庇うように抱きしめた。
「相殺できなかった⁉」
莉子先輩が叫んだ。
蒼空は吹き飛ばされ、俺の放った青白い光は蒼真に憑りついた穢れを直撃した。
その瞬間、穢れは俺が想像もしていない行動をとった。
半分の穢れは蒼真の体の中に吸い込まれた。
吸い込まれた――そう表現する以外の言葉が見つからなかった。
まるで、砂に落ちた雨粒が砂の中に吸い込まれるように、穢れが蒼真の中に入っていた。
そしてもう半分の穢れは、蒼真の体を離れ、俺の方へ向かってきた。
「菅家」
莉子先輩が短く叫んだ。
「防御結界、展開。五行相生、東に木神、南に火神、中央に土神、西に金神、北に水神、召喚」
菅家による防御結界はあっという間に展開された。
「あ……!」
俺は短く叫んだ。
蒼空の手がピクリと動いた。
その瞬間、穢れは蒼空に向かった。
◇
莉子先輩が「菅家」と叫び、俺も「小町」と叫んでいた。
二人の防御結界の円陣が蒼空の足元に広がるより先に穢れが蒼空に……。
その時だった。
涼やかで爽やかな香りを一瞬感じた。
艶やかな黒髪が閃くのが見えた。
穢れに触れそうになる蒼空を抱きしめて庇ったのは紫だった――。
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今日は2話公開です。引き続きお楽しみください!




