師匠の実力
「十五体の穢れの祓いにかかった時間は……約六分。及第点ってところか」
莉子先輩はスマホをしまうと蒼空に尋ねた。
やっぱり俺の想像の通りだった。
「そ~ら~、湊はまだ一体ずつの祓いしか知らないのか?」
「はい。湊は歌詠みになって今日で三日目ですから」
「了解。じゃあ、湊、よく見て学習して」
そう言うと莉子先輩は席から立った。
莉子先輩は白地にピンクの格子柄のノースリーブワンピースを着ていた。
まるでリゾート地で散歩でもしてそうな姿で鋭く声を発した。
「移動結界、展開。半径十キロ圏内。異分子有機体、移動。完了まで五、四、三、二、一」
……!
嘘だろう……。
ものすごい数の穢れに憑りつかれた人たちが、俺たちの周囲に集まっていた。
「え~と、千人ぐらいはいるか? ちょっと多いかなー。ま、いっか。そしたら猿丸、蝉丸、菅家、納言パパ、右近、取りこぼし、祓っておいてね」
「はい、主様」
莉子先輩の五人の言霊使いが声を揃えて姿を現した。
すごい……。イケメンばっかり。そこに一人だけマダムという言葉が相応しい美女がいた。
その美女が莉子先輩に弓と矢を渡した。
「祓へ給ひ 淸め給ふことを 天つ神 国つ神 八百万の神たち 共に聞しめせと白す」
祓詞を口にした莉子先輩は矢を天に向けて放った。
すると莉子先輩の歌詠みの印が桜色に光り、その光が矢にのび、一体化した瞬間に、まるで花火のように爆発した。
すると辺り一面に桜色の光の雨が降り注いだ。
そして俺たちのいる空間全体に、莉子先輩の祓詞が響き渡った。
まるで桜色の光一つ一つに祓詞が込められていて、それが穢れに当たると弾けて、祓詞を再生しているようだった。
桜色の光の雨に触れると、穢れは消えた。
莉子先輩の言霊使いは、光の雨が届かない場所の穢れを祓っていた。
「良し! 完了。三分。まあまあだな」
そう言って莉子先輩はウィンクした。
◇
正直、莉子先輩の歌詠みの力がすご過ぎて俺は口を開けて固まるしかなかった。
あんな祓いができるなら、毎夜の巡回なんていらないんじゃないかと思えた。
「み~な~と」
莉子先輩が俺の口にレモンを放り込んだ。
「うわ、すっぱ」
「ちゃんと見ていたか?」
「は、はい。見ていました。すごかったです。とにかく圧倒されました」
「でしょ~」
莉子先輩はそう言ってからアイスティーを一口飲み
「今の祓いは広範囲で沢山祓う必要がある時のやり方だ。結界の範囲も広くとるし、使われる歌詠みの力も多い。だから普段は使わない」
なるほど。そう言うことか。
いわゆる大技ってやつなんだな。
やっぱり地道な巡回が基本なんだ。
「今の攻撃で、莉子先輩、疲れましたか?」
「全然。湊と一発やるぐらいの元気は残っているよ」
「だから師匠、湊に変な例えを使わないでください」
「はい、はい。ま、わたしは自分の余力が残るように範囲を決めてこの技を使ったわけだけど、配分を間違えると、力がすっからかんになるから注意が必要だ」
「……俺でもできるようになりますか?」
「もちろん。でも今は無理。経験を積んで、自分の限界をちゃんと知って、それで神器を手に入れないと」
「神器、ですか?」
「そう。神の力を宿していたり、神が作ったり、使ったりした武器のこと。その時が来たら、黒狐が持ってきてくれる」
「へえ……。莉子先輩の弓以外にどんなものが?」
「それね、わりと新しいのだと、銃とかドローンがある」
「ドローン⁉」
「ほら、黒狐って神獣だから。神器作っているの黒狐だし。最近のトレンドもちゃんと取り入れているみたいよ」
古式ゆかしい世界からいきなり今風になるんだな……。
「まあ、時代の変化に適応した感じかな。停滞は衰退、前進は進歩、というしね。これ、わたしの言葉」
「師匠、せっかくなので、師匠の言霊使いを湊に紹介しては?」
「あ、そうだね。じゃあ、狭いから一人ずつ呼ぶよ。まずは猿丸」
ムキムキマッチョの男性が現れた。
まるで筋肉を見せるためなのか、布面積がやたら少ない服を着ている。
髪型もワイルドでターザンみたいだ。
それなのに顔立ちは端正という不思議な御仁だった。
「猿丸こと猿丸大夫。ステータスは攻撃。とにかく火力が強い。そしてスタミナもある。戦い方も素手による攻撃。相手が大将クラスの呪魂で武器を持っていてもね」
猿丸はマッスルポーズをして笑顔を見せた。
歯が白く光っていた。
「次は蝉丸。見ての通り、美男子坊主。蝉丸はこの美形で声がいいんだよ。祓いのステータスで正解だ。一晩中なかせておきたいぐらいだ」
莉子先輩が意味深にウィンクした。
蝉丸は俺を見ると静かに礼をした。
藤色の僧衣を身にまとい、動きもとても優雅だ。
そして莉子先輩が言う通り、かなりの美形だ。
「湊さま、蝉丸と申します。以後、お見知りおきを」
……!
確かに、すごくいい声をしているな。耳に心地よい。
「続いては菅家だ。蒼空の切り札が紫なら、わたしの切り札が菅家だ」
菅家……菅原道真は、見目麗しく、文官朝服姿で現れた。
衣は濃い紫という渋い色合いなのだが、それが何とも言えない男の色気を醸し出していた。
「初めまして、皆さま。わたくしが菅家です。防御のステータスですが、祓い、回復についても一通り学んでいます。どのような者であっても、主様に指一本触れることを許しません」
莉子先輩が左手を菅家の手に絡めると、菅家はその手を取り、歌詠みの印に口づけした。
その仕草がいちいち色っぽく、思わずドキドキしてしまった。
なんだろう、この男女の関係を匂わせる雰囲気は……。
「では次。納言パパ」
菅家の次が納言パパ。
パパ……。
どうも調子が狂う。
「ど、どーも。納言パパこと、清原 元輔(きよはら の もとすけ)です。清少納言の父です」
納言パパはパパというよりお爺ちゃんという感じだった。
だが、かなりダンディな雰囲気のおじいちゃんだ。
直衣もピシっと着こなしていた。
「納言パパは祓いのステータスだ。こう見えて俊敏に動ける」
莉子先輩の言葉に納言パパは嬉しそうに笑顔になった。
目尻の皺が好々爺と言った感じだった。
「最後は右近。妖艶だろう」
莉子先輩にそう言われ現れた右近は、間違いなく妖艶だった。
上品なボルドーの色味のホルターネックドレスは、胸元に縦のスリットが入っており、そこからは谷間がチラチラとのぞき、思わず目が釘付けになった。
ウエストのくびれ、ヒップの膨らみ、そのどれをとっても完璧。
ぽってりした唇にはチェリーレッドの口紅。
あまりにも妖艶で俺には刺激が強すぎるぐらいだった。
「私は右近です。ステータスは回復。マッサージも得意なので、必要な時に声をかけてくださいね」
右近は妖艶な見た目に反し、話し方は落ち着いていて、気さくな感じだった。
そのギャップも大きな魅力になりそうだ。
「以上がわたしの言霊使いたちだ。湊の言霊使いも紹介してもらおうか?」
本日公開分を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
黒狐は昔、自分そっくりのぬいぐるみ型神器を作ったのですが
不評だったようです。本人は自信作だったらしいのですが……。
それでは明日も11時に公開となるため、迷子にならないよう
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それでは午後もお仕事、勉強、頑張りましょう!
明日、また続きをお楽しみください!




