蒼空の師匠
改札を抜けると、強い夏の日差しが降り注ぎ、俺と蒼空はその眩しさに目を細めた。
「お~い、蒼空」
少し鼻にかかったような女性の声がした。
見上げると、歩道橋の上からこちらに手を振る女性のシルエットが見えた。
◇
蒼空の師匠、賀茂 莉子は、蒼空と俺を駅ビルのカフェに案内してくれた。
雑貨店に併設された、いかにも女子が喜びそうな店だった。
ちなみにここは彼女がアルバイトをしているお店だという。
「君が新しい歌詠みの湊だね。話は聞いているよ。防御結界なしで覇気に耐えたなんて、秘めた歌詠みの力が相当すごいんだね。私は蒼空の恋人、賀茂 莉子だ。莉子先輩とでも呼んでくれ」
「師匠、変な自己紹介しないでください」
「え、変だったか?」
莉子先輩がピンクのフレームの眼鏡越しに俺を見た。
俺はどう答えたらいいのか戸惑いながら
「えっと……莉子先輩は蒼空の歌詠みの師匠と聞いていますが……」
俺の言葉に莉子先輩は腰までの長さの三つ編みを手で払いながら
「それは心外だな。蒼空とは一晩を共にしたって言うのに」
俺は口に含んだばかりのコーラを吹き出しそうになり、必死に堪えた。
「師匠、湊が誤解するような言い方は止めてください。夜を徹して呪魂と戦っただけじゃないですか」
なんだ、そういうことか。
「フッ。つまらんな。まあ、でも蒼空はまだ高二だしな。卒業したら存分に可愛がってやろう」
蒼空は「癖はちょっとあるけど」と言っていたが、これはちょっとどころではないような……。
「おや、湊。君も仲間に加わりたいのかな? 三人で、という経験はないが、挑戦することはいいことだ。湊も……」
「師匠、湊に変なことを吹聴しないでください」
「はい、はい」
莉子先輩はそう言うと、アイスティーを一口飲み、舌で唇をペロッと舐めると俺を見た。
「じゃあ、お手並み拝見だ、湊」
そう言うと左手で肘をついた姿勢のまま
「人避け結界、展開。半径五キロ圏内、有機体を回避。レベル5。完成まで五、四、三、二、一」
「空間転移結界、展開。移動物質、再構築。レベル5。完成まで五、四、三、二、一」
嘘だろう⁉
左手の歌詠みの印は桜色に光ったが、それを結界に向けることもなく、しかも間髪をいれずに連続で結界を二つも展開した。
「移動結界、展開。半径百メートル圏内。異分子有機体、移動。完了まで五、四、三、二、一」
⁉
なんだ、移動結界って……。
「うーん、十五体か。初心者には丁度いいんじゃない。……じゃあ、湊、始めて」
莉子先輩が俺を見てウィンクした。
「主様、穢れが」
小町と姫天皇がすぐそばに現れていた。
俺が立ち上がり店内を見渡すと、あちこちに黒い靄に覆われた人がいた。
パッと見る限り年齢も性別も様々だ。
店内の客に穢れが……?
突然、数メートル離れた場所にいた老婆がこちらに向かってきた。
姫天皇が護符を投げた。
「祓え給い、清め給え」
護符が穢れに触れると、穢れは消え去り、護符もまるで燃えるようにして消えた。
と同時に老婆の姿も消えた。
俺が驚いて莉子先輩を見ると、「元居た場所に戻った。問題はない」と答えた。
「主様」
小町が俺の前に立ちふさがり、こちらへゆらゆらと歩いてきた会社員の男性に何かを撒いた。
「祓え給い、清め給え」
小町の言葉と同時に穢れが消えた。
会社員の男性の姿も消えていた。
「清めの塩を使いました」
小町が俺を見て微笑んだ。
なんとなく分かってきた。
莉子先輩は俺たちの力を見るために、穢れに憑かれている人間を、結界の中に移動させたんだ。
穢れを祓うとその人間を元居た場所に、莉子先輩が戻しているんだ。
なんてことをするんだ、という気持ちと同時に。
いくつもの結界を瞬時に展開し、さらに人間を簡単に移動させることができる莉子先輩の歌詠みの力の強さに、俺は驚きを隠すことができなかった。
って、驚いている場合じゃない。
俺も穢れを祓わないと。
「諸々の禍事 罪 穢 有らむをば 祓へ給ひ清め給へと 白すことを 聞こし召せと 恐み 恐み も白す」
俺は左奥にいた若い女性に憑いた穢れを祓った。
本日公開分を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
かなり癖がありそうな莉子先輩。湊は大いに振り回されそうですが……。
それでは明日も11時に公開となるため、迷子にならないよう
良かったらブックマーク登録をよろしくお願いいたします。
それでは午後もお仕事、勉強、頑張りましょう!
明日、また続きをお楽しみください!




