朝から修羅場
奇妙な夢を見た。
俺は着物に袴姿で。
小町は町娘みたいな姿だった。
蒼空は俺と同じ着物に袴姿。
姫天皇はお城のお姫様という装いだ。
そして。
紫は女剣士としてそこにいた。
何か妖怪のような化け物と俺たちは戦い、見事倒すと、紫は俺に笑顔を向けた。
紫の笑顔を俺は初めて見た。
その場がぱぁっと明るくような魅力的な笑顔だった。
俺はその笑顔を見られたことが嬉しくて、気が付けば紫を強く抱きしめていた。
紫の体温が伝わってきた。
紫の心音が俺に届いた。
俺は我慢できず、紫の顔を自分に向け、キスをしていた。
「う、うん」
紫の声が漏れ、俺はさらに感情が高ぶっていった。
「あ、主様……」
……!
その声に俺は驚いて目を開いた。
唇を離すと、そこには頬を上気させた小町がいた。
小町は……町娘の姿ではない。
「あ、あわわわ…」
俺はがばっと起き上がる。
夢かと思ったが、現実だった。
俺は横で寝ていた小町にキスをしてしまっていた。
いや、もしかすると、抱きついていたかもしれない。
だって夢で体温は感じないだろう……。
小町はとろんとした顔で俺を見上げていた。
ヤバい、ヤバい、ヤバい。
「こ、小町、これは、その……」
「主様……、小町はとても嬉しいです。……こんなに情熱的に主様…に求められて……」
小町は耳まで真っ赤で、鎖骨のあたりまでほんのり赤くなっていた。
俺はなんてことをしてしまったんだ……。
「主様となら小町は最後までいく覚悟はできています」
小町が潤んだ瞳で俺を見つめた。
ど、どーするんだよ、この状況……。
俺が愕然とした時、背中に物凄い殺気を感じた。
「主様、これは一体どーゆうことですか?」
振り返らなくてもそれが誰であるか分かっていた。
だが振り返られずにはいられなかった。
これを人は怖いもの見たさというのだろう。
御多分に漏れず、そこには鬼の形相の姫天皇がいた。
◇
朝からの修羅場で、俺は家を出る時にはすでに今日一日が終わったように、クタクタだった。
あの後、姫天皇は怒り狂い、小町は弄ばれたと泣き出し、二人をなだめるのにどれだけ俺は言葉を重ねたことか……。
夜、二人を巡回に出しても、朝帰ってくると俺のベッドに潜りこんでくる。
また同じようなことが起きかねない。
今回はキスだけで済んだ。
でもそれ以上のことがあったらそれこそ取り返しがつかない。
どうすればいいんだ⁉
「湊、おはよう……なんか疲れて切っているね」
駅で待ち合わせした蒼空は、昨日とは違い、紺色のインナーに白シャツを羽織り、黒のスリムパンツという装いで、ちゃんとした感があった。
師匠に会うからきちんとした服にしたのかな……?
湊の師匠……そもそも男なのか女のかも分からないし、年齢も知らなかった。
俺はパールグレーのTシャツにジーンズというラフな服装だったので、ちょっと心配になった。
「なあ、蒼空の師匠って、何歳ぐらいなの?」
改札を抜け、ホームへ向かう階段を昇りながら、俺は蒼空に尋ねた。
「師匠は……十九歳で大学二年生だよ」
「大学生なのか。結構上だな」
「でも気さくで話しやすいよ。癖はちょっとあるけど。歌詠みになったのは十二歳だから、歌詠みとしてはかなり先輩だよ」
「へぇー。ところで、蒼空はどうやってその師匠と知り合ったんだ?」
電車がホームへ入ってきた。
「電車に乗っていた時に、師匠から声をかけられたんだ。『君、これからワクワクするような世界の住人になれるよ』って」
「え、マジ⁉ いきなりそんなこと言われたらドン引きだよな?」
「それがそうでもなかった。なにせその時の僕はね、突然左手に変な印がうっすら浮き上がってきていて、とても困惑していたから……。僕は師匠に『それってこの印と何か関係がありますか?』って尋ねていた」
蒼空と俺は電車に乗り、並んで座席に座った。
「蒼空の問いに師匠は?」
「師匠は『ああ、そうだよ』って言って、僕の向かいの席に座った。その時、僕はボックス席に座っていてね。それでこの印が何であるとか、全部師匠は教えてくれたよ」
「そうなのか」
「おかげで僕は終点まで行くことになっちゃったけど」
「へえー」
「それで師匠と終点の駅で降りたら、そこに白狐がいて。一人の歌詠みが亡くなったことを告げ、僕の左手には歌詠みの印が、湊の時のようにくっきり表れたんだよ」
「なるほど……。その後は俺と同じように歌合せの儀式を?」
「うん。師匠も立ち会ってくれたよ」
「それで紫と出会ったのか」
「そう。普通、初めての歌合せの儀式で出会う言霊使いは、防御か回復のステータスなんだって。それはそうだよね。新米歌詠みは、力の使い方も分からない、結界も展開できない、祓いもできない。でも穢れはその辺にうようよいる。でも紫は攻撃のステータスだったから、翌日には二回目の歌合せの儀式をやって、そこで和泉と蜻蛉と出会ったんだ」
「でも紫は防御も祓いもできるんだろう?」
「そうだね。でも紫は最初そのことを言わなかったんだ」
「そうなのか?」
「うん。紫は前回の現出でかなり深手を負っていたらしいんだ。百年以上は回復のために札の中で待機だったらしい。傷がかなり癒えた段階で紫は時間を持て余して、防御と祓いのスキルを上げた。
元々言霊使いは、防御、攻撃、回復、祓いの四つのスキルを持っていて。一通りのことはできる。ただ、やはり得手不得手があって、得意を極めるとそれがその言霊使いのステータスになる。
紫は自分の防御と祓いのレベルは大したものじゃないと謙遜していてね。だから自分からは言わなかったんだよ」
「そうなのか。紫は謙虚なんだな」
「うん。あれだけの力があるのにね。真面目なんだよ、紫は」
美しく、強く、真面目な紫……。
凛とした佇まいの紫の姿が目に浮かんだ。
そんな紫に夢だったとはいえ、抱きしめ、キスするなんて、俺って最低かも……。
ってか実際、紫だと思って小町を抱きしめしてキスしていたし……。
あー、最悪だ。
俺が目をつむり、猛省していると
「湊、着いたよ。降りよう」
蒼空が元気に声をかけた。
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今日は2話公開です。引き続きお楽しみください!




