38話
シュタッバーテン家の人間と、この屋敷で働く使用人全員が捕まった。
というのも、当然王子がそんな大勢を引き連れてくるはずもなく、捕まえたのは龍族側の住人たち。
人間と私たちでは力に差がありすぎる。亀を捕まえるよりも簡単で、あっというまに全員が捕まった。
「レイモンド」
その間、私は護衛の二人とともに屋敷のはずれにある馬小屋へと足を運んだ。
屋敷の騒ぎなど知らない様子で、いつものように馬の世話をしている彼は、ゆっくりとこちらを振り返る。
「久しぶりね」
最初は誰だろうと、じっと私のことを見ていたけど、すぐに気づいたのか、慌てて駆け寄り、足元に跪いた。律儀だな……私はそんなことをしてもらう立場ではないのに。
「協力してくれてありがとう。お陰でことが済んだわ」
「いえ、私はただ先代と貴女のためにおこなったまでです」
「色々と処理や準備ができたら、ここは叔父様……シェルシェール様が後を継がれます。手助けをしてあげてください」
「はい。しかし、随分と馬の世話に慣れてしまいました。以前のように働けるかどうか……」
「構わないわ。シェルシェール様も長い時間貴族ではなかったのだから、二人で一緒に戻っていけばいいわ」
「あはは、彼が貴族らしい振る舞いをすることに違和感しかありませんな」
ずっと私に膝まく彼と視線を合わせるために、そのまま私も座り込み、以前よりも老いのせいで黒くなった髪の毛にそっと触れた。
髪の色は魔力の象徴。老いとともに魔力の量は少なくなって生き、黒くなっていく。
元の世界では、黒髪は若々しく、白髪は老いて見えた。でも今は真逆ね。
「今までご苦労様……ありがとう」
「……も、たいない、お言葉、です……」
泣くのを必死に堪えるように、噛み締めながら彼はそう口にしてくれた。
優秀な彼が、またいるべき場所に戻れてよかった。
お父様にも相談して、龍族側からも数名こちらに手伝いとして送ってもらうようにお願いしようかな。
「行きましょうレイモンド。立てる?」
「あ、はい。お手数をおかけします」
「いいのよ。私からしたら、貴方は大切な人だもの。唯一の、この屋敷での味方だったから」
「……お嬢様。この老いぼれの我儘を一つ聞いてはくれませんか」
「何?」
「貴女に、お使いする許可をください」
「……私は、もうアンジュではないの。私は貴女が使えるべき相手ではない」
遠回しの拒否の言葉。きっぱり言ってあげるべきだっただろうかと思ったけど、あっさり彼は同意してくれた。
私としても、彼が望むならそれを受け入れてあげたい。だけど、貴方の元の主人はお祖父様で私じゃない。
「ヘルツ」
その時、ちょうどお父様と兄様、それからクルシュ様がこちらに来られた。(もちろん護衛の人も一緒に)
レイモンドの体を支えていたけど、そばにいたにゃんにゃんとウォルフが変わってくれ、私はそのまま三人のそばへと足を進める。
「終わりましたか?」
「あぁ。まぁ捕まった連中はひっきりなしに叫んでいるがな」
「申し訳ない、シュタルク様。今部下が早馬で応援をよんでますがゆえ」
深々と頭を下げた王子は、そのまま私の方を向いた。さっきのような公務的な対応ではなく。顔なじみに話すような視線と態度。
「アンジュ……あぁ、今はヘルツ様と呼ぶべきだろうか」
「……はい。アンジュは、もう随分と前に死んでしまいました」
それは、魂の意味でもあり、存在的な意味でもある。
私が本物の、彼が愛したアンジュだとは知らないだろうけど。
「殿下」
「ん、なんだ」
「殿下はまだ、私のことを好いておられますか?」
私はあくまで、性格や見た目が変わってしまったが、それでもまだ想い続けているかと尋ねたが、なぜか顔を真っ赤にされていた。
「……まさか、バレてないと思われていたのですか?」
「え!ば、バレていたのか!?」
慌てるクルシュ様。護衛騎士達も「あぁやっぱり」「まぁあからさまだったしな」と口にし、それが聞こえていたようでクルシュ様は護衛騎士達に若干の八つ当たりをする。
「殿下。私はもし、今この瞬間でも、これからの先でも、貴方に求婚されたとしても「はい」と返事をするつもりはありません」
「……理由を聞いても」
「私は龍族となり、長命になりました。短命の人間を愛することはできません。愛するのであれば一途でありたい。長い間を共に過ごしたいのです」
私の言葉に、王子は小さな声で「そうか」とだけ口にした。
諦めたのかはわからない。でも、きっと今でも好きだったのかもしれない。だって、私がアンジュだと知って、私を見たときの彼は、とても嬉しそうだったから。
「私に触るな!獣風情が!」
穏やかな雰囲気だったのに、それをぶち壊すような罵声。
捕まったてる連中がまだ騒ぎ立ててるみたいだ。
「あれは、いつになったら現実を見るのだ?」
「長年腐ってたんですから仕方ないですよ。今更プライドが折れると思いませんし」
言動から、自分たちを捕まえた私たちの部下に言葉を飛ばしてるのだろう。
仕方ない。ちょっと痛い目にあわせてやりますか。




