4話
シュタッバーテン家は、魔獣の森と隣接する領地である。
だが、一度として魔物に領地が襲われたことはなかった。理由は、魔物の森の反対側に隣接する国、龍族との契約があったからだった。
龍族と王都との仲介役。それが、シュタッバーテン家が爵位を与えられた理由だった。
他部族との交流は難しいとされているが、シュタッバーテン家はその中でも神に近いとされる龍族との交流に成功していた。
契約の内容は、魔物から領地を守る代わりに資材の提供をするというものだった。
王都は数ヶ月に一度視察でこの血を訪れる。その際、家族全員で迎えることになっている。そう、家族全員。その中に、意外にもアンジュは含まれている。
「あーあ、髪がボロボロ」
「どうする?」
「適当にしたいけど、こられるのは王太子様だし、他の姉妹と差があればすぐに指摘されるわ」
「そうなれば、担当した私たちがお叱りを受けることになるわよ」
「あーあ、なんで私たちがこれの世話をしないといけないのかしら」
本人目の前で御構い無し。イヤダイヤダ。使える人間に対する発言や態度じゃないわ。
今まではアンジュが気弱で何も言い返さなかったから、好き勝手言ってたみたいだけど、残念ながら中身はもうアンジュじゃないのよ。
「ねぇ」
若干低い声でメイドたちを呼ぶ。彼女たちは緊張感も何もない様子で「はい?」と言った返事をする。表情は小馬鹿にするようなもの。あー、苛つく。
「普段はどうであれ、今は使えるべき人間よ。立場をわきまえなさい」
「あーはいはい。申し訳ありませんね」
適当な返事を返すメイド。周りもくすくすと笑って入るけど、数名だけいつもと様子が違うことに戸惑いを見せていた。
「全く、奥様の命令で仕方なくやってるんですから大人しくしてください」
「そうですよ。一人じゃ何もできないんですから」
あー、アンジュ可哀想に。ただ呪われて、家族からひどい扱いを受けているだけで使用人にまでこんな態度を取られて。私だったら、腹立たしくて手がでるわ。
「あっ、が!」
ちょうどお風呂に入っていた私は、勢いよく立ち上がると、目の前のメイドの首を鷲掴みにして力を込める。
親指で喉をゆっくりと押していく。当然そんなことをすれば息苦しさと同時に痛みを感じる。メイドの口から女性とは思えないほどの汚い嗚咽まじりの喘ぐ声が漏れる。
「もう一度言うわよ。普段はどうであれ、今は仕えるべき人間よ。立場をわきまえなさい」
「ちょっ、ちょっと何して!」
ワントーン低く、本来なら可愛らしい上目遣いも行動と声だけで印象はガラリと変わる。
苦しむメイドの見下ろす表情はどこか恐怖心を抱いているようだった。
周りのメイドが私を止めようとする。だけど、その行動を静止させるために勢いよく彼女の前に手をかざし、わずかに目を細めて注意する。
「敬語」
首をつかんでいたメイドから手を離しながらそういえば、一瞬びくりと怯えたメイドたちはか細い声で返事を返した。首を絞められたメイドはその場に座り込み、激しく咳き込んだ。やりすぎにも見えるけど、こうでもしないとこの手のタイプはわからない。前世でも似たような人はたくさんいたし。
「それに、自分たちでも言ってたでしょ。私がどんな立場にあるにしろ、明らかに姉や妹と差があって、それを王太子様に指摘されれば、最終的に怒られるのは貴女達なのよ」
まだアンジュの両親には会ったことはないが、彼女の記憶を見れば両親がどんな人間かはすぐに理解できる。
そんな指摘をされれば、恥をかかされたと怒り狂うだろう。両親だけじゃない。姉や妹も同じだろう。
もちろん八つ当たりで私も暴言を吐かれるだろうけど、それ以上に支度をしたメイドたちに矛先が向くだろう。罵倒され、きっと体罰も受けるだろう。そして、やめさせられるか、はたまたもっと別の何かかもしれない。
メイドたちはさっきの行動が答えたのか、それとも雇い主である両親のことを考えたのか随分と怯えた表情を浮かべていた。ガタガタと震わせ、中にはその場に座り込む者までいた。
「わかったら文句言わずにやりなさい」
そう言いながら、私はもう一度湯に浸かる。
メイドたちは、怯えながらも仕事をこなしていく。
用意されたドレスも装飾品も、私にとっては華やかなものだけど、アンジュの記憶にある姉と妹の服に比べた地味な部類にはいる。
差が大きく出ず、なおかつ華やかさが劣るようにしたのだろう。
まぁ、それでもなんの文句はない。私はただ、用意された服と装飾品を身に纏っただけ。用意したのがもしかしたら母かもしれないし、姉妹かもしれない。私には知ったことではないけど、もし尋ねられたらこう答えよう……。




