28話
夕食後、私は部屋で本を読んでいた。
夕食時、予告通り兄様が私の勉強と特訓を申しでた。昼食からのあまりの豹変ぶりに、周りの家族は随分驚いていた。
隣にいた姉様も「何があったの?」と小声で尋ねるほどに。私は苦笑いを浮かべながら「色々と」と答えた。
シュタルク様は私が良ければ構わないと言われたので、私は返事をした。
許可をいただいて嬉しいのか、兄様はご機嫌で夕食を口にする。
こちらに来て、やっと私は平穏な食事を取ることができた。
「それにしても、可愛いって思ってたのになんで黒い靄が見えたんだろう」
祝福の力。相手の自分への好意と悪意を視覚的に捉える能力。
好意は相手の周りが輝いて、悪意は体から黒い靄が溢れて出てくる。
もしかしたら、可愛いと思いながらも私のことを警戒していたから好意よりも悪意……敵対心で黒い靄が見えていたのかもしれない。
「まぁ何はともあれ、無事に解決してよかった」
昨日今日で、まさか新しい家族と仲良くなるとは思いもしなかった。長期戦を覚悟していたけど、まぁ何はともあれよかったよかった。
——— コンコン
不意に誰かが部屋の扉をノックした。
時刻は深夜を回ろうとしていた。こんな時間に誰だろうと思い返事を返した。
すると、扉が開き、自分と同じ青みがかった白銀の髪が視界に入って来た。
「シュタルク様」
そこにいた彼は、普段の当主としてのきっちりとした服装ではなく、少し緩めの服装だった。恐らく部屋着だろう。
にしても、本当に手を合わせたくなるほどになんて美しい姿だろうか。兄様や姉様も将来的にはこのぐらい神聖身が増すのだろうか。
「なんだ、フィルは兄というのに、私のことはまだ父上とは呼んでくれないのか?」
笑いながら意地悪な口調でそんなことを言われてしまった。
それは本当に申し訳ない。でも、まだ彼が父だという実感が持てない。恐れ多すぎる。
「冗談だ。ゆっくりで構わない」
私のそばまで来て、優しく頭を撫でてくださった。
人に触れられることに対して、いい思い出は前世も含めてあまりなかった。でも、今この瞬間はとても心地のいいものだった。そう思うと、さっきまでの神聖身がなくなり、少しだけ「あ、この人は私のお父さんなんだ」と思ってしまう。
「それで、どうやってフィルを手懐けた?」
「てなっ……別にそういうわけではありません。ただ、話す機会があって、その中で打ち解けただけです」
嘘は言ってない。言ってはないけど、本当のことを言ったかと言われれば、「はい」とは答えられない。
それが顔に出ていたのか、シュタルク様はクスリと笑って、また私の頭を撫でてあげた。
「どう、されたのですか?」
「ん?」
「いえ、こんな時間にお部屋にこられたので」
視線を合わせるのが少し恥ずかしくなって、うつむき気味にそう答える。すると頭からするりと手が滑り、シュタルク様が私の髪を少しだけ持ち上げる。
実の子供たちですら受け継がれなかった、自身と同じ髪の色。
「よかったと、思っているだろうかと」
「え?」
「龍族になったことだ。人間ではなくなったことに対して、お前が後悔していないかと不安を感じてしまって」
「そんな、まさか……」
「期待は、していなかったんだ」
私の言葉に少し被せるように、シュタルク様はそう言われた。
その言葉に、「あぁやっぱり」と心のどこかでそう思ってしまった。
彼から娘にならないかと誘ってはきたが、彼は種族転換が成功するとは思ってもいなかった。
無理もない。過去に何度もやって成功した試しがなかったのだから。
シュタルク様の魔力は特別。みんな、耐えきれずに死んでしまった。私もそうなるだろうと思っていたけど、結果成功した。もしかしたら今、彼は複雑な感情を抱いているかもしれない。
あくまで私の勝手な妄想。成功して嬉しい反面、期待していなかったことへの罪悪感。本当によかったのだろうかという不安感。
本当にそう思っているかはわからない。でも、例え私の成功を期待していなかったとしても、結果として成功して私は龍族になり、新しい人生を歩むことになる。
「後悔なんてしていません。むしろ、感謝しかしていないのです」
ぎゅっと、私の髪に触れる彼の手を握る。
大きな手。でも少しひんやりとしている。
「私は人間の欲ぶかさ、愚かさにうんざりしていました。同じ生き物であることが嫌になるぐらい。だから、人間ではなくなったことが私は嬉しいのです」
だからシュタルク様、そんな寂しそうな表情を浮かべないでください。
あの時、あなたと出会えたことは私にとっては何よりも幸運です。人生すべての運を使ったにも等しいほどに。
私はただ、こう思ってもらえるだけで嬉しいんです。
「娘にしてくださって、ありがとうございます」
私に申し訳ないなんて思わないでください。自分のやったことに後悔しないでください。失敗したら失敗したで切り捨てていいんです。貴方は、貴方自身の行動を肯定化してください。
「……そうか」
また優しく頭を撫でられた。
それが心地よくて、少しうとうとしてきた。
すると、体がふわっと浮き上がった。自分がお姫様抱っこされているということは、眠気で意識が少し遠のいているせいでうまく認識できなかった。
しばらくすれば、柔らかなベットの上に体が沈みこむ。
「おやすみ、ヘルツ」
柔らかな声が耳に響くと同時に、私は深い眠りについた。




