第9話 授業
セナビア魔法学園では半月に一回の頻度で実戦ベースの授業を採用している。
使用する武器や魔法に制限はなく、参加者はそれぞれの本気をぶつけることが可能だ。戦いの場となる演習場には特別な結界が用意されており、参加者に襲い掛かる肉体的なダメージは全て精神的なダメージに変換される。
その累積ダメージが一定値を超えると実戦での死亡扱いとなって強制終了となる。物理的なダメージを負うことはないといっても同等の精神ダメージを味わうため学生たちは死に物狂いで参加していた。
光属性の魔法を応用してライブ中継されている映像を見ながら赤い坊主頭のカイルドが呟く。
「アンノーンの動きは以前にも増して良くなっているな」
「そうだね。以前の彼までと比べても身体能力が飛躍的に上昇している」
カイルドの言葉に小柄な少年のクリスが反応する。
二人はセイヤと同じクラスの魔法師であり、現在は前半組の戦いが終わるのを待機していた。この日の授業ではクラスを半分に分けて、各組でバトルロワイアル形式の戦いが採用されていた。
同時中継されている他の画面にはセイヤ以外の姿も映っている。
「前から剣術は秀でているけど、動きはまるで別人ね」
二人の前に立っていた黒髪をポニーテールにしたラーニャが驚いた様子で呟く。彼女はウィンディスタン地方でも有名な剣術一家の令嬢であり、彼女自身も剣術の達人として学園では有名だ。
「ラーニャから見ても異常か」
「ええ。あれほど飛躍的な成長は私には無理ね」
画面の中で次々とクラスメイトたちを仕留めていくセイヤの姿に三人は驚きを隠せなかった。特に以前からセイヤの剣術を高く評価していたラーニャはセイヤの一挙手一投足を見ながら驚嘆していた。
学園ではアンノーンと蔑まれるセイヤであるが、その度合いには個人差がある。
学年でもトップクラスの知見とクラスでも上位の剣術の腕を評価する者は、実を言うとそれなりに存在する。どちらかといえば自分のよりも劣る存在を作ることで心の安寧を求める成績下位者がセイヤのことをアンノーンと強く軽蔑していた。
そしてラーニャたちは成績優秀者であり、セイヤのことを評価している者たちである。ただし彼らがセイヤに手を差し伸べることはない。
弱肉強食が常識の魔法界において正義感で魔法師同士のいざこざに介入するお人好しは少ない。特に学生の内から下手に首を突っ込み家に迷惑をかけることは嫌悪される。
そのため彼女たちはセイヤに対して無関心を貫いていた。
セイヤが驚異的なスピードで画面の中を通過していく。
「ほう、随分と面白い技を使うようになったな」
画面を見る三人の背後から赤髪の女性が姿を現す。
「ラミア先生」
振り返ったラーニャの視線の先にいたのはセイヤたちのクラスの担任であるラミアという女性であった。ラミアはセナビア魔法学園でも近接戦闘で名の知れた中級魔法師であり、ウィンディスタン地方でも名の知れた火属性使いの魔法師である。
「アンノーンの成長の秘密を先生は知っているのですか?」
「奴から直接聞いた訳じゃないが、あれは魔法だろうな」
「魔法? でも彼は魔法が不得意では」
ラミアの言葉にクリスが疑問を呈する。
「正確にはかつて魔法と言われた技術だ。おい、基本属性を言ってみろ」
「え、俺ですか? えっと、火属性、水属性、風属性、光属性ですよね」
「そうだな、正解だ」
突然の問題に何とか正解をしてカイルドは胸を撫でおろす。
「では各属性の特性を言ってみろ」
「えー、火属性は活性化、水属性は沈静化、風属性は硬化、光属性は上昇です」
それは魔法師にとっての常識であり、魔法を学ぶ上で最初に習う基礎知識だ。
「正解だ。これは魔法が生まれる遥か昔からある基礎中の基礎で魔法を学ぶ上で重要な要素の一つと言える」
「でも現代魔法は属性ごとの特性よりも魔法の適性が重視されますよね」
ラーニャの指摘にラミアが頷く。現代の魔法体系で重視される項目は各人の適正であり、各属性の特性はほとんど考慮されていない。
「そうだね。魔法師は特性よりも自分の適性に合った属性を考えたほうが魔法自体の威力も上がるのが通説だ」
「確かに俺も適性のある火属性なら得意だが、水属性なんて使おうと思ったらアンノーンみたいになっちまう」
クリスとカイルドの言葉にラミアが微笑を浮かべた。
「お前らは何か勘違いしているようだな。奴は魔力変換こそ不得意だが、保有魔力量は並みの魔法師よりも多いぞ」
魔法とは魔方陣を通して体内の魔力を現出させて世界に影響を及ぼす存在である。
一般的な魔法師は魔力の器としてビーカーに入れた水を一気に放水するように魔力を押し出すのに対し、セイヤの器はフラスコである。しかも出入口が特に細いフラスコだ。溜まった水を一気に流そうとしても口の広いビーカーに比べれば水量が劣ってしまう。
これこそがセイヤが魔法を不得意とする理由である。
「仮にそうだとしても魔力変換が苦手なら意味ないんじゃ」
「現代魔法を使っているならばな」
「まさか彼は魔法陣を介さずに魔力を直接作用させているんですか?」
ラミアが肯定を意味する笑みを浮かべた。
クリスが答えに辿り着いたが、ラーニャたちはさっぱりのようだ。
そこでクリスが丁寧に説明する。
「僕たちが使う現代魔法は魔法陣を介して世界に魔力で影響を与えているけど、例えばラーニャが硬化で自分の身体を防御する時はどうする」
「それはもちろん魔法陣を構築して自分の身体に風の鎧を纏うイメージで魔法を使うけど」
「そうだね、それが現代の常識だ。でも、風の鎧じゃなくて硬化で身体を直接硬化させることもできるんじゃないかな」
クリスの指摘はラーニャにとって盲点であった。
「確かに言いたいことはわかるけど、それって本当にできるの?」
「僕もわからなけど、彼はそれをやっている。そうですよね、先生」
クリスの視線を受けてラミアが口を開く。
「その通りだ。奴は光属性の魔力を直接肉体に作用させることで身体能力を無理やり上昇させている」
ラミアの説明に一同は言葉を失う。
「そんなことができるなんて……」
「やろうと思えば、お前らでもできるぞ。絶対に勧めはしないがな」
「どうしてですか」
「言っただろ。あれは時代遅れの技術だ」
ラミアは画面の中を縦横無尽に駆け巡るセイヤのことを見つめながら話を続ける。
「まだ詠唱による魔法が確立されていない時代は魔力を直接作用させることが主流であり、対象は自分以外に限らなかった。例えば負傷者に水属性の魔力を使って痛みを抑えていたという記録がある」
「それなら今もありますよね」
ラーニャの頭には水属性の沈静化で痛みを鎮静させる魔法が浮かんでいたが、その魔法とラミアの挙げた話は根本的に違っていた。
「それは長い年月をかけて改良された姿だ。この技術には根本的な欠陥が存在する」
「欠陥ですか?」
「そもそも魔法陣とは何だ」
ラミアの視線を受けてクリスが答える。
「魔法陣は詠唱によって構築される魔力のゲートであり、魔力は魔法陣を通ることで術者がイメージした姿となります」
「なら武器に魔力を纏わせる時はどうだ」
「その時は明確なイメージの必要がないので直接……そうか、魔法陣は魔力の調節機関なのか」
クリスの言葉にカイルドたちは疑問符を浮かべる。
「僕たちが魔法を使う時と武器に魔力を纏わせる時の違いは魔力の量なんだ。武器に魔力を纏わせる時は大雑把に武器を強化するイメージで良いけど、魔法を使う時の魔力量は意識しないと過剰魔力で暴発するか、あるいは魔力不足でそもそも発動しない」
魔法は最適な魔力量を必要とするのに対し、武器等に使う魔力は極論を言えば最適量は存在しない。
「つまり魔法陣は魔法を行使する上でのセーフティーネットであり、僕たちが安心して魔法を使うための装置なんだ」
「正解だ。かつては魔力の過剰供給によって人体そのものを沈静化させて衰弱させてしまうという事例もあった。魔力の直接作用は調節を誤れば平気で人間の肉体を崩壊させる」
それ故に衰退した技術であり、現代魔法が魔法陣を必須としている理由であるとラミアは付け加えた。
ラミアの話を聞いたクリスたちは画面に映るセイヤのことを不安そうに見つめる。
「じゃあ先生、彼は……」
「だろうな。今の奴はいつ魔力を暴発させて身体を粉砕されても不思議ではない」
光属性の魔力の特性は上昇である。
セイヤは身体機能を半ば強引に上昇させて得意の剣術と組み合わせることで、これまで以上の実力を発揮することができている。しかし今のセイヤはアクセルしか持たないスポーツカーと同じだ。
ブレーキを持たないために減速するにはアクセルを緩めるしかない。無理やり上昇させた身体能力を元に戻すためには作用させた部位から魔力が抜け切るまで待つしかない。
一歩間違えれば大事故に繋がりかねない諸刃の剣であった。
「止めなくていいんですか!?」
「奴の知識を考えればリスクも承知の上だろう。私が言った所で無駄だ」
これほど危険な手法のリスクをセイヤが気づいていないはずがない。その上で行っているのだからセイヤは覚悟を決めているに違いないとラミアは考えていた。
担任として止めるべきだとはわかっていても、セイヤがここまでして力を求めている姿をラミアには否定できなかった。
(理由はあいつか……)
他の画面に映っていたユアを見てラミアが心の中で呟く。
ラミアは最近のセイヤの変化に気づいていた。アンノーンと罵られながらも魔法学園に籍を置いていたセイヤであるが、エドワードの休養と時を同じくして目標を失っているように感じていた。
しかしユアと出会い、セイヤは今まで以上に高みを目指すようになった。
これまで手を差し伸べてこなかった自分には今さら思い止まるように諭す資格はない。ラミアにできることは今まで通り黙って見守ることである。
(私は教師失格だな……)
画面に映るセイヤを見ながらラミアは心の中で呟いた。