第8話 勝者の権限
セイヤたちの休日は模擬戦と魔法の練習で終わった。
それまで魔法に苦手意識のあったセイヤは心のどこかで魔法を諦めていたが、ユアから自分にしかできないことがあると言われて以降は積極的に魔法習得へ奔走している。そしてセイヤは自分なりの魔法の使い方に手応えを感じていた。
「どうしたの……?」
自らの右手を真剣な面持ちで見つめるセイヤにユアが尋ねた。
セイヤは右手をギュッと握ると力強く答える。
「ユアのおかげで僕にしかできない戦い方が見つけられたかなって」
「セイヤ……前よりも強くなった……」
ユアがそっとセイヤの胸に手を当てた。
今の二人は同じベッドに寝ている。セイヤが就寝の準備を終えたタイミングで、ユアが部屋を訪ねてきた。いつもであれば一緒に読むための本が手にあるはずだったが、この日は枕を手にやってきたユアは部屋に入るなり一緒に寝るように要求した。
セイヤの起床時にユアがベッドへ潜り込んでいることは多い。しかし、こうして就寝前から部屋に来ることは初めてのことである。
ユアの申し出を断ろうとしたセイヤは、そこで模擬戦の時の話を思い出した。負けた方が勝った方の願いを一つ聞く。おそらくユアはその権利を使うために部屋を訪れたのだろうと考えたセイヤは渋々ユアの申し出を受けることにした。
そして現在に至る。
ユアは自室から自分の枕を持ってきたものの、布団を被るなりセイヤの身体に抱き着いている。二人には小さくない身長差があるためユアがセイヤに抱き着くと、どうしても頭の位置が少し下がってしまうのだ。
そのためセイヤの首元にユアの頭が来る形となっており、ユアがもってきた枕は空席となっている。ユアが呼吸をするたび吐息が首元に当たる。しかもユアが身体に密着しているため、ユアの柔らかい身体を全身で感じる。
普段であれば厚い衣服のおかげで感じないような柔らかさも薄い寝巻の前では凶悪な存在となる。セイヤは意識しないようにと冷静さを保っているが、不意に感じる柔らかさにどうしても意識を奪われてしまう。
このまま一晩を過ごすことは一種の拷問であるとセイヤは考える。いつもは寝ている間に感じている感触がセイヤの意識を明瞭なものにしていき、眠気などどこかへ旅立ってしまった。
セイヤは意識を逸らすために話を続ける。
「ユアから見て僕の戦い方はどうだった?」
「正直な感想……?」
「そのほうが嬉しいかな」
セイヤはお世辞を求めている訳ではない。一人の上級魔法師としてのユアの評価を求めている。だからユアは本音を口にする。
「あの速さは脅威……でも、諸刃の剣……」
「やっぱりそう思うか」
「次からは持久戦に持ち込む……」
今日の模擬戦で披露した戦闘スタイルはセイヤが独自に編み出したものである。
四つの基本属性からなる魔法体系が主流となる現代では剣術のみ戦い方で生き抜くことは厳しい。そこでセイヤは自分にも実現できる魔法を併用した戦い方を模索していた。
結果はユアの意表を突くことには成功したが、ユアに勝利することはできなかった。セイヤの新しいスタイルには致命的な欠点がある。
その欠点が露呈してしまえば対策は容易であった。
「改善が必要だね」
「練習相手ならいつでも任せて……」
「ありがとう」
上級魔法師がいつでも相手をしてくれる練習環境はなかなかないだろう。
新しい戦い方を模索するにあたってユアの存在は大きい。いくら理論や修練を積んでも実戦でしかわからないことは多くある。特にセイヤの理想とする戦い方には多くの試行錯誤が必要だ。
セイヤは改めてユアに感謝の気持ちを伝える。
「ユアがいてくれて本当に助かったよ」
「気にしないで……でも、ご褒美は必要……」
「ご褒美って今日みたいな?」
「そう……そっちの方が本気になれる……」
確かにユアの主張には一理ある。
互いに何かを賭けた状況で戦う方が実戦に近い模擬戦が実現できるはずだ。魔法師の戦いでは時に地位や名声、あるいは命までを賭けて戦うことがある。
セイヤにとっても実戦に近い模擬戦を行える方が好都合であった。
「わかったよ。無理のない範囲で応えられるように頑張る」
「さすがセイヤ……話が分かる……」
布団の中からユアがセイヤの顔を見上げる。
「なら最初のお願い……」
「え、今日の分はこれじゃないの?」
ユアの言葉に驚くセイヤであるが、ユアはしてやったりという顔で答える。
「同衾はエッチなことだから無効……」
模擬戦を行うにあたり、セイヤはエッチなお願いは無効だと決めた。年頃の男女が夜に同じベッドで一夜を明かすことはエッチなお願いに該当してもおかしくなはない。
つまり今の状況は勝者の権利で実現されていないというのがユアの主張である。
「ずるいよ、ユア」
「事前に確認しないセイヤが悪い……」
ユアはクスリと笑みを浮かべるセイヤの胸に顔を預ける。
「なら、お願いって何なの? 僕にできる範囲でエッチなことはなしだよ」
「簡単……ずっと傍にいて……」
それは一種のプロポーズであった。いつものセイヤなら、おはようからおやすみまでトイレに行くのも一緒の意味でとって誤魔化したかもしれない。
けれども、この時ばかりは違った。
別にセイヤはユアの好意に気づいていないわけではない。積極的に好意を露にしてくれているのだから気づいて当然である。
なぜユアがここまで自分のことを好きになってくれたのかセイヤにはわからなかったが、ユアから向けられる好意が嫌なわけではない。むしろセイヤもユアのことは好ましく思っている。
しかし今のセイヤは魔法もロクに使えないアンノーンである。特級魔法師一族であり上級魔法師でもあるユアに対してセイヤは釣り合いを取れるものを何一つ持っていない。
このことがセイヤの中で重荷になっていた。
いつからか自分はユアにふさわしくない人間であると考えるようになり、ユアの思いに気づかないふりをするようになった。それでもユアは構わずに好意をぶつけてきた。またセイヤ自身が否定し続けてきたキリスナ・セイヤという存在を肯定し続けてくれた。
ユアは誰よりもセイヤの可能性を信じている。だからセイヤの中でユアの思いに応えたいという願いが生まれるのも必然であった。
そして、その思いに応えられるかもしれない力をセイヤは見つけた。まだ完璧なものではないが手応えはある。
その言葉はセイヤの覚悟であった。
絶対にこの力を自分のものにしてユアにふさわしい人間になるという覚悟である。セイヤは左手でそっとユアの頭を撫でると、ユアに誓った。
「わかったよ。僕はユアに相応しい男になって、ユアの傍にずっといる」
セイヤの言葉に驚いたユアが顔をあげて僅かに目を見開く。
セイヤはユアの目を真っすぐと見つめる。
「だから僕がユアに追いつく日を待っていて。その時に僕の気持ちを伝えるから」
「うん……待ってる……」
セイヤの覚悟を受け取ったユアが安らかな表情で胸に抱き着く。
その表情はとても嬉しそうであった。