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第7話 とある休日の話(決着篇)

 二人の姿はアルーニャ家別邸の中庭にあった。


 特級魔法師一族の家ということだけあって中庭も模擬戦を行えるほど広い十分なスペースを有している。動きやすい服装に着替えた二人は対峙する形で立っている。


 セイヤの両手には白を基調とした双剣が握られており、セイヤが昔から愛用しているホリンズという双剣である。一方のユアもセイヤの双剣と同じく白を基調とした細剣を手にしている。


 ユアの細剣の名前はユリエルといい、こちらもユアが長年愛用している剣であった。


「ルールは寸止めだけど手加減はなしでお願い」

「わかった……魔法は……?」

「無制限でお願い。できるだけ本気でかかってきてほしい」


 魔法師の模擬戦では互いに公平なルールを設定することが常であり、魔法師を不得意とするセイヤにとって魔法無制限は大きなハンデになる。しかし敢えてハンデのあるルールを設定したということはセイヤにも考えがあるはずだ。


 セイヤの意図を汲んだユアが宣言する。


「なら本気で倒しに行く……」

「そうしてもらえると嬉しいよ」


 その言葉を合図に模擬戦の幕が切って落とされる。


 双剣ホリンズを構えたセイヤには一分たりとも隙は無い。剣術ではクラスでもトップクラスの腕前を持つセイヤに対して正面から挑むことは得策ではない。


 ユアは初手に魔法による攻撃を選択する。


「風属性の魔法か」


 ユアの頭上に緑色の魔法陣が展開されたのを見て、セイヤはすぐに風属性の魔法が来ると予測する。実際に魔法陣から透明の空気弾が一斉に撃ち出されてセイヤのことを襲う。


 しかしセイヤはその全てを双剣で斬り伏せた。


 透明の空気弾はその性質上、視認されにくいという利点があるものの、逆に威力が劣るという弱点がある。この程度の攻撃であればセイヤの剣術で対処は可能だ。


「さすがセイヤ……」

「ユアの無詠唱魔法も凄いよ」


 次の攻撃が来るよりも前にユアに近づこうと地面を蹴ったセイヤであるが、その行く手を阻むように地面に赤い魔法陣が展開される。


 地面に複数展開された魔法陣から一斉に上空へと向かって炎が噴き出す。その光景はまるで火山が噴火して出来た火柱であった。


「これで得意の機動力は使えない……」

「やってくれるね」


 ユアの攻撃にセイヤは苦笑いを浮かべた。


 地面から際限なく噴き上げる炎の柱は無作為に噴き出すように見えて、実は緻密に計算された地点から噴き出している。その配置のせいでセイヤは直線的な動きでユアに近づくことができない。


 炎の合間を縫うように進もうするには多くの切り返しを必要とされ、それではセイヤが得意とする肉体的技術による移動が制限されてしまう。セイヤが得意とするスピードを活かした戦術が完全に封じられた格好だ。


「まだ終わりじゃない……」


 ユアが再び魔法を行使すると、今度は火柱同士が炎で横に繋がり始める。


 高さはまちまちであるが、その不規則さが逆にセイヤの動きを牽制する。これほどの魔法を常時行使し続けられる学生魔法師は多くはない。


 如何にユアが秀でた魔法師であるかがわかる。


 だがセイヤも負けてはいない。炎の配置を一瞬で把握したセイヤは再び地面を蹴って、火柱の合間を縫うようにしてユアへの接近を試みる。


 その速度はセイヤの最高速度には届いていないものの十分に速いと評していい。スイスイと火柱の間を通り抜けるセイヤに対し、ユアは炎による追撃を試みる。


 しかしユアの炎がセイヤを捉えることはなかった。圧倒的なスピードと無駄のない加減速でユアに接近するセイヤ。


「なら、これはどう……」


 ユアが指をパチンと鳴らした次の瞬間、中庭に吹き出していた火柱が一斉に離散する。魔法を解いたように思えたが、その炎は一瞬にして広がるとセイヤを閉じ込める炎の牢獄を形作った。


 セイヤはまんまと餌を吊るされた折に迷い込んでしまったのだ。周囲を完全に塞がれたセイヤの足が止まる。


「捕まえた……」

「これほど壮大な仕掛けだったとはね」

「降参する……?」

「まさか」


 閉じ込められてというのにセイヤの表情にはまだ余裕があった。


「ここからが僕の新しい姿だよ」


 セイヤの全身が僅かに光り出す。


 ユアはすぐにその光が魔力によるものだと理解する。そして次の瞬間、セイヤが右手に握った剣を横に閃かすと炎の牢獄が瓦解する。


 何が起きたのか理解できなかったユアは直ぐに距離を取るが、それよりも先にセイヤがユアの喉元まで迫る。


「速い……」


 咄嗟にユリエルでセイヤの攻撃を受け止めるユアだが、その表情には焦りの色が見て取れる。


 今のセイヤはユアの知らない力を使っている。そしてユアはセイヤの動きを捉えることができなかった。


 牢獄が切られた刹那、セイヤの姿はユアの目の前まで迫っていた。そのスピードはユアが知っているセイヤものとは桁違いである。


 ユリエルによって攻撃を防がれたセイヤが言う。


「これが僕の新しい戦い方だ。次は本気で行くよ」

「セイヤ……」


 その言葉はユアに本気を出せと言っていた。


 ユアは自分の甘さを痛感する。相手がセイヤだから、これは模擬戦だから、心のどこかで自分の力に枷をして手加減していたことをセイヤに見透かされていた。


 けれども、それはセイヤに対して失礼なことである。セイヤは対等の戦いを望んでいるというのに、自分はどうして手加減をしてしまったのか。


 ユアは自らの浅慮を反省した。


 好きな人の本気には本気で応えるべきだ。


 ユリエルに緑の稲妻が走る。


「雷斬……」


 雷を帯びたユリエルに押し込まれ、セイヤは後退を余儀なくされる。しかしその表情はどこか嬉しそうだ。


「やっと雷属性を出してくれたね」

「ここから本気……」

「臨むところだ!」


 ユアが最も得意とする魔法は雷属性の魔法である。


 特級魔法師ライガー・アルーニャは雷神の異名を持つ魔法師であり、その娘であるユアもまた雷属性を得意としている。緑色の稲妻を帯びたユリエルを片手にユアが攻める。


 セイヤはホリンズでその攻撃を受け流すが、ユアの手数がどんどんと増えていく。


(これが雷神の力か)


 セイヤは雷神と剣を交えたどころか会ったことすらない。だが、その噂はよく耳にしている。今のユアにその面影があった。


 セイヤは増えていくユアの攻撃を着実に受け流していく。


 カウンターを狙うのではなく、相手の実力を測るための行動だ。一方のユアは有効打を与えられず攻めあぐねていることを理解はしているが、焦ったりしている様子はない。


 拮抗する両者の打ち合いは次第にヒートアップしていく。


 ユアの攻撃は手数が増えていくだけではなく、その速度も伸びていく。だがセイヤもユアの攻撃をしっかりと対処する。


 魔法師同士の戦いでありながら魔法が行使されることはない。


 この戦いにおいては魔法に意識を向けることが決定的な隙を作りかねないからだ。


 そして勝敗は突然訪れる。


 ユアがユリエルを振り下ろそうとした刹那、彼女の視界からセイヤが消える。僅かに驚いた素振りを見せるユアであるが、その耳にはセイヤの足音が聞こえていた。


 セイヤは例の視認できない速度で自分の横を通り抜けたのだ。


 ユアは意識ではなく、本能でセイヤの動きを予測する。けれども予測して対処したところで手遅れだろう。


 きっと振り向いた頃には首元に剣を突き立てられているに違いない。さすがはセイヤである。ユアは自らの敗北を悟って振り向いた。


 しかし、そこにいたのはユアの首元に剣を突き立てるセイヤの姿ではなかった。


「セイ……」


 振り向いた先にいたのは地面に倒れ込むセイヤの姿だ。


 なぜセイヤが倒れているのかユアにはわからない。とっさにセイヤに駆け寄ろうとしたユアであったが、すぐに思い止まった。


 もしかすると隙を作らせるための演技かもしれない。そんな疑念がユアの脳裏に過りかけるが、セイヤがそのような姑息な真似をするとは思えなかった。


 それならば何か問題が起きたに違いない。


 セイヤが心配だ。すぐにセイヤの下に駆け寄って安否を確認したい。


 でも、これは模擬戦だ。セイヤは本気で戦うことを望んでいた。


 それならば最後まで戦いきることがセイヤのためである。ユアはゆっくりとセイヤの首元にユリエルを突き立てた。


「私の勝ち……」


 ユアの勝利宣言にセイヤは苦笑いを浮かべた。


「負けちゃったか」


 幸いセイヤの意識はしっかりとしていた。セイヤの降参を確認したユアは握っていったユリエルを投げ捨てるとセイヤに抱き着く。


「ユア?」

「セイヤ……大丈夫……?」

「うん、ごめん。ちょっと足がもつれちゃって」

「よかった……」


 セイヤがそのような初歩的なミスをするとは思えなかったが、ユアはセイヤの無事を知って安堵する。そんなユアの背中をセイヤは優しく抱きしめるのであった。


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