第5話 反撃
「よう、アンノーン。待ってたぜ」
そこにはセイヤのことをニタニタと見つめるザックたちの姿があった。
「ザック君……」
思わぬ人物の登場に後退りするセイヤであったが、退路を断つようにホアたちが立ち塞がる。
「こうして俺たちだけで会うのは久しぶりだよなぁ?」
「最近はあいつがずっと一緒だもんな」
「こうして会えて嬉しいなー」
セイヤとの再会を心の底から喜ぶザックたちは、もちろん友好的な態度ではない今日は一体どういう名目で制裁を加えようか嬉々としながら考えている様子だ。
そもそも制裁という制度はウィンディスタン地方にしかない風習であり、家の地位によって決まった力関係を誇示するための制度である。しかし制裁制度が実際に適用される事例は稀だ。
現在の魔法界では不必要な争いを避ける傾向が強く、魔法師の家同士の繋がりも強くなっている。そのため一族単体ではなく、複数の一族の共同体で物事を判断することが主流となってきており、制裁制度を利用することで複数の一族同士での衝突に発展しかねない。
このような観点から制裁制度は形骸化しているのだが、セイヤの場合は別であった。記憶も一族も持たないセイヤには繋がりのある魔法師がいない。
春までセイヤの保護者であったエドワードは上級魔法師であるが、学園長として中立の立場を維持する必要があった。そしてユアも特級魔法師一族であるが一族の長ではないため、ウィンディスタン地方での影響力はほとんどない。
故にセイヤは形式上では単体の一族に分類されている。ザックたちはそのことを理解しているからこそ、セイヤにこうして制裁という名の暴力をふるっていた。しかしセイヤが弱者の地位に甘んじていたのも昔の話である。
「ごめん、ザックくん。もう僕は我慢しないよ」
「ああん?」
反抗的な態度をとるセイヤをザックが睨みつける。
セイヤが初めて見せる顔にザックが怒りを覚えた。
「アンノーン。てめぇ、何か勘違いしてないか?」
「そうだぞ! これは制裁なんだ!」
「アンノーンは黙って受けるしかないんだよー」
ザックがセイヤに近づき、拳を振り下ろした。
セイヤは身体を右に逸らすことでザックの拳を避ける。
その動きには一切の無駄がなかった。
セイヤに避けられると思っていなかったザックは驚愕の表情を見せると同時に、背後に立っていたホアたちに指示を出す。
「おい、アンノーンを捕まえろ!」
「「でも……」」
ザックの指示に困惑の表情を浮かべる二人。
これまでの制裁で彼らがセイヤに触れたことはない。もしセイヤに触れてしまえば制裁ではなくなってしまうからである。
制裁制度は当事者の家に階級差がある場合のみ適用される措置であり、分類上は初級魔法師に該当するセイヤに対して同じ初級魔法師一族のホアたちは手出しができない。手を出してしまえば制裁ではなく暴力行為になってしまうからだ。
だが今のザックに冷静な判断はできなかった。これまで下に見てきたセイヤに容易く拳を躱されたという事実に彼の怒りは有頂天に達していた。
「おい、さっさとやれ! てめぇらも制裁を受けたいのか!」
制裁という言葉を聞いてホアは渋々セイヤの動きを止めるために羽交い締めを試みる。セイヤは背後から襲い掛かってきたホアに対して身体を素早く回転させて横に回り込むと、回転の勢いを利用してホアの背中を軽く押す。
襲い掛かった対象を失ったホアの重心は前に傾き、セイヤに背中を押されたことでそのまま目の前にいたザックに突進する形となってしまった。
「邪魔だ!」
ザックは自分に向かって倒れ込んできたホアの頭を右手で吹き飛ばす。バランスを崩したホアはそのまま地面に倒れ込み、鈍痛に襲われる頬を抑えていた。
「シュラ!」
「わかったよー」
今度はシュラが大きな身体でセイヤに圧し掛かって動きを止めようとしたが、再びセイヤは身体を横に移すことで難なく回避する。そして避けた隙にシュラに向かって右足を出すと、シュラは躓いて地面に倒れてしまった。
「雑魚どもが! 相手はアンノーンだぞ!」
セイヤにいいようにあしらわれたホアたちにザックは苛立ちを隠しきれない。しかし、これが本当の実力差であった。
魔法が使えないという欠点があるセイヤであるが、それは裏を返せば魔法以外の分野で欠点を補うことで魔法師を名乗っている。一般的な魔法師が魔法に頼るような場面でもセイヤは魔法以外で対処してきた。
魔法以外の分野であればセイヤは一流の実力者である。制裁制度があるために弱者の地位を受け入れてきたセイヤであるが、抵抗しようとすれば簡単にできた。
それでも抵抗してこなかった理由は再び失うことを恐れていたからであって実力が劣っていたからではない。これまでの制裁を経て、いつしかザックたちはセイヤの実力は自分たちに劣ると勘違いしていたのだ。だからザックはセイヤが自分たちよりも劣っていなかったという事実が許せなかった。
「ザック君、僕は君には触れられない。でも他の二人は別だよ」
「アンノーンごときが調子に乗るなよ!」
額に血管を浮き上がらせたザックがセイヤに襲い掛かるが、セイヤはその全てを簡単に避ける。ザックがいくら拳を振ろうともセイヤに当たることはない。またセイヤがザックに触れることもない。
制裁制度において弱者が強者に歯向かうことは許されていない。そのためセイヤは決してザックに触れない。下手に触れてしまえば反逆であると拡大解釈されかねないからだ。
避けるだけならばザックの攻撃が外れているだけとも解釈できる。
何度も拳を振るうザックであるが、セイヤはその攻撃を全て避けている。ザックの息が上がり始めてもセイヤの呼吸は全く乱れていない。両者の間には埋められないほどの実力者があった。
「クソ! だったらわからせてやるよ!」
ザックはセイヤから距離を取ると右手を構える。
「火の加護を授かる信徒が念う。我が思いに……」
詠唱を始めたザックの右手には赤い魔方陣が構築されていく。
学内での魔法使用は拘束によって制限されている。ましてや生徒間の私的なトラブルに魔法を行使することはご法度だ。
「ザック、それは駄目だ!」
「冷静になってよー」
魔法の行使を見てホアたちが慌てて制止するが、ザックは止まらない。
「るせっ! このままアンノーンにコケにされて黙ってられるか!」
たとえ制裁のためだとしても魔法の私的な行使は明確なルール違反だ。ザックの詠唱が完了して魔法が行使されれば大事になる。
「させないよ」
セイヤは姿勢を低くすると思いっきり地面を蹴る。 一瞬で加速したセイヤはザックの横を通り抜けると、そのまま跳躍して開いていたトイレの窓から外へと出た。
セイヤたちがいたトイレは一階に位置しているため窓から飛び降りても問題はない。標的を失ったザックの魔法が不発に終わる。
そしてザックの目にはセイヤの姿を捉えることができなかった。ザックたちにしてみればセイヤが忽然と姿を消したように感じられただろう。
「アンノーン……!」
怒気の籠った声で先ほどまでセイヤがいた場所を睨みつけるザック。その瞳には殺意さえ滲んでいた。
一方のセイヤは窓から外に出ると急いで校舎裏へと逃げ込む。これ以上のトラブルを避けるために人目のない場所を選んだセイヤであったが、そこには意外な人物が待っていた。
「ユア?」
「やっぱり虐められた……」
どうやらユアにはお見通しだったらしい。
セイヤは観念したように答える。
「ユアが正しかったよ」
「ふふ、私の勝ち……」
ユアが僅かに口角を上げる。
「それで反撃はできた……?」
「ばっちりだよ」
「よかった……」
ユアはセイヤの言葉に微笑むのであった。




