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第19話 白虎(上)

 力を取り戻したセイヤが再び歩みを進めた時にはユアの姿はダリス大峡谷の奥地にあった。ユアが歩いてきた道には魔獣の死骸が散乱しており、今も左手に握る白い弓ユリアルを構えると弓弦を引く。


 右手に魔法陣が展開されると赤い魔力で形作られた矢が姿を現し、ユアが手を離すと赤い矢が魔獣に向かって放たれる。


 矢は一直線で魔獣に向かっていくと被弾する。しかし魔獣の外皮が硬いため致命傷には至らない。魔獣が怒りの声をあげるが、次の瞬間には息の根が止まる。


 被弾した矢が突然爆ぜたのだ。


 ボン!という破裂音とともに魔獣の頭が胴体から飛んでいく。後ろを振り返ればユアの通ってきた道に転がる魔獣たちには頭部が無かった。ダリス大峡谷は凶暴な魔獣の巣窟と呼ばれているが、ユアにとっては障害になりえなかった。


「セイヤ……」


 思い人の名前を呟きながらユアは進む。


 既に一日以上もダリス大峡谷を捜索しているというのに疲労の色は見えない。


 理由は攻撃後に発動される白い魔法陣であった。その魔法は《聖花》と呼ばれる聖属性の魔法であり、使用者の魔力を回復させる超高等魔法である。


 通常の魔法で魔力を回復することは不可能である。しかし聖属性だけは例外であった。聖属性の特性は発生であり、無から有を作り出すことができる。


 ユアは聖属性を使うことで疑似的に無限の魔力を有している。これこそが聖属性が特別な神の如き力と言われる所以であった。


 セイヤの姿を求めてダリス大峡谷を進むユアは開けた場所へ出る。これまでは峡谷という土地柄から馬車が二台ほど通れる程度の一本道を進んでいたが、その場所は馬車を何十台も停められるほど広い。


 ダリス大峡谷は最深部に近づくにつれて太陽の光が入らなくなっており、その広場の光源は周囲に咲く花々であった。レイリアでは目にしない不思議な花は空気中の魔素を取り込むことで発光しているが、初めて目にするユアには仕組みはわからない。


 ただ薄暗い広間に光を発する花々は目の前に魔獣がいなかったならば幻想的な光景であったに違い。


 ユアの前には一匹の魔獣がいた。白い身体を持つ大きな虎が眠りについていたのだ。ユアの足音を聞いて顔を上げた白虎であるが、ユアのことを一瞥すると再び顔を下ろす。


 白虎はユアに興味を示さなかった。


 これまでは好戦的な魔獣に比べれば白虎の反応は初めて見るものである。しかし白虎を超えないことには先に進むことはできない。


 ユアはユリアルを構えると弓弦に手をかける。放つ矢はこれまでと同じ火属性の魔力で形作られた矢である。ユリアルから放たれた赤い矢が白虎に迫る。


 これまで通りならば頭部に被弾して爆ぜるはずである。


 しかし赤い矢は白虎の手前で失速すると微かに火花を上げて消えてしまった。初めての光景にユアはやや驚いた素振りを見せた。


「強い……」


 魔獣は魔と付くように魔力を持った獣の総称である。その種類は多岐にわたり、レイリアでもすべての魔獣を把握することはできていない。レイリアで把握できている魔獣の数は精々三割ほどである。それでも三割の魔獣からわかっていることは多い。


 魔獣は魔力を持った獣であり、上位の魔獣になれば魔法師と同様に魔力を使った攻撃をしてくる。さらに最上位の魔獣たちは魔力だけでなく魔法を使う。その魔法体系は現代魔法とは大きく異なっているが、その威力や精度は現代魔法に匹敵するか、あるいは現代魔法に勝るとも言われている。


 今のユアの攻撃は間違いなく白虎によって防がれた。


 目の前の虎がこれまでの魔獣とは明らかにレベルが違うとユアは理解する。ユアは再び弓弦に手をかけて赤い魔力の矢を放つが、先程と同様に白虎に届く前に火花を散らせて消えていく。


 白虎は依然として眠りについているが、その耳はユアの方に向いている。


「それならば……」


 再度ユアが弓弦に手をかけるが、今度の矢は緑色の矢だ。


 バチバチと電気を纏った矢を白虎に向けて放つ。しかし雷の矢も同様に火花を散らせて姿を消す。


 変化があったとすれば白虎が起き上がったことだろう。


 雷の矢を放ったユアを睨む白虎。その白虎に対してユアは再び雷の矢を放った。


 今度の矢は三本同時だ。白虎が動く。グルルと小さく唸り声をあげると空から雷撃が訪れてユアの放った矢を全て撃ち落す。


 その攻撃は紛れもない魔法であった。


「雷使いの魔獣……」


 ユアは白虎の使った魔法を見て雷属性の魔法を使う魔獣だと結論付ける。


 これまで放った矢は魔獣の雷の魔力に当てられ暴発したのだ。雷属性の魔力だけで言えば白虎はユアに勝っている。同じ雷属性で戦いを挑むことは不利であった。


 そこでユアは雷属性による攻撃を諦めた。


「ならば……」


 再度ユアが弓弦に手をかけると今度は光属性の魔力で形作られた矢が姿を表す。


 ユアの持つ適性は火属性と風属性に加えて光属性もあった。聖属性も加えたならばユアは実に四種類の適性を持っていることになる。


 二つの適性を持つ魔法師は珍しくないが、四種類となると話は別である。仮にユアが水属性の適性を手に入れたならば理論上ユアは全ての属性を操ることができるのだ。


 ユアの放つ光の矢を雷で撃ち落した白虎が大きな咆哮をあげる。するとユアの頭上に緑色の魔法陣が展開され、雷撃が雨のように降り注ぐ。


「《光壁》」


 ユアは単純な魔力の壁を同時に五枚発動することで雷撃を防いだ。しかし白虎の攻撃の威力は想像よりも高く、発動した壁の四枚が砕かれてしまった。


 白虎を睨むユアはユリアルの持ち手を変えた。左手から右手に持ち替えられた弓が細剣に姿を変えていく。


 その細剣はユリエルであった。遠距離攻撃では届かないと悟ったユアが接近戦を挑む。地面を蹴って迫りくるユアを見た白虎が再び雷撃の雨を降らせることで牽制を試みるが、ユアは雷撃を光の壁で防ぐか、あるいは回避することで被弾を避ける。


 みるみると近づいてくるユアに対して白虎が大きな咆哮を轟かせた。

 広場に谺する咆哮は先刻よりも凶猛で空気が強く振動する。


 白虎の威圧に思わず歩みを止めてしまったユアは瞬時に後方へと跳躍する。すると直後、ユアが立っていた場所に落雷が襲った。白虎は依然として一歩の動いていないというのに、ユアは近づくことさえできていない。


 ユリエルを構えたユアが再び接近を図るが、白虎の咆哮がユアの足を止めてしまう。


 咆哮自体に魔法的な効果は含まれていない。白虎はただの咆哮でユアを威圧して萎縮させているのだ。これまでの魔獣とは明らかに格が違っていた。


 魔法だけでなく生物として白虎は人間よりも数段上の存在である。しかしユアは諦めたりはしない。セイヤのために立ち止まるわけにはいかないのだ。


 息を吐き、ユアが呟く。


「雷光……」


 ユリエルに黄色い稲妻が纏われる。ユアの雷では白虎の雷には届かない。それならば光属性も併用すればいい。


 光属性の特性は上昇だ。雷属性と一緒に使うことで雷属性の能力を上昇させ、一時的にユアの雷を白虎の雷と同と以上に押し上げる。


 ユアの雷は風属性を基本とした発展形である。そこに光属性を合わせることで魔力を昇華させたのだ。複数の属性魔法を組み合わせることを複合魔法という。


 ユアの黄色い雷はまさに雷属性と光属性の複合魔法である。


 黄色い雷を見た白虎が身構える。


 睨み合う両者。


 先に動いたのは白虎であった。咆哮と共に再び緑色の魔法陣を展開して雷撃の雨を降らせる。この攻撃に対してユアは雷光も纏ったユリエルを頭上に閃かせた。


 たった一度の斬撃が白虎の全ての雷を撃ち落す。


「届く……」


 自らの雷が白虎に届くと確信したユアが思いっきり地面を蹴った。その速度はこれまでで一番早い。ユアの両足から僅かに光が漏れていた。


 それはセイヤとの模擬戦でセイヤが見せた技である。


 見よう見まねで使ったユアであるが成功といっていいだろう。


 一気に白虎に接近する。


 白虎の周囲には魔力の領域が形成されていた。バチバチと肌にひりつく電気を見てユアは矢が撃ち落された理由を理解する。白虎に近づけば近づくほど帯びる電気は強くなっていく。


 しかしユアの歩みは止まらない。


 ユアは自らの肉体をコーティングするように風属性の魔力で鎧を形作っていた。そのおかげで白虎の電撃はユアに効かない。


 領域内に発せられる電撃に怯まないユアを見て白虎は再び咆哮するが、その咆哮が届くよりも先にユアの細剣が白虎の眼球に届いた。


「これで終わり……」


 ユリエルの先端が白虎の右の眼球に触れる。しかし剣先が進まない。ユアが風属性の魔力で鎧を形作ったように、白虎もまた雷属性の魔力で肉体を守っていたのだ。


 風属性に分類される雷属性の特性は硬化だ。


 白虎は硬化の特性を使って肉体を守る。一方のユリエルが纏う雷光もまた風属性を含む魔力であり、特性に硬化を持っている。


 純粋な硬化勝負では白虎に軍配が上がるが、ユアの硬化は光属性の魔力で上昇させられている。


 両者の雷が拮抗する。


 何とかしてユリエルを押し込もうとするユアだが、白虎の眼球はびくともしない。白虎は眼球を守るために硬化を強めていく。


 両者の雷がぶつかり合う。


 そして次の瞬間、伯仲した二つの雷が勢いよく破裂する。


 反動で両者は後ろに吹き飛ばされて距離を取る。最初の攻防は互角に終わった。


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