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第1話 落ちこぼれ魔法師

 痛い。苦しい。もう止めて。

 

 それはキリスナ・セイヤが心の中で呟く言葉であった。金色の髪は土で汚れ、白い制服には赤黒いシミや泥の跡が目立つ。


 碧い瞳に宿る感情は絶望のみ。


 地面に横たわるセイヤの身体はボロボロであった。しかし誰もセイヤに手を差し伸べようとはしない。


「おら、許して欲しかったら何か言ってみろ!」


 威勢のいい言葉と共に蹴り出されたザックの右足がセイヤの腹部に直撃する。同年代の男子に比べて体格の良いザックの蹴りは重かった。そしてザックの暴行を助長するようにホアとシュラの二人が声をあげる。


「いいぞ、ザック! もっとやれ!」

「アンノーンに身の程を弁えさせろー」


 セイヤたちがいる場所はセナビア魔法学園の校舎裏だ。既に太陽の半分が地平線に隠れている今の時間帯は誰の目にも止まらない。セイヤの胸ぐらを掴んだザックは右の拳をセイヤの顔に突き出す。


「うっ……」


 苦悶の表情を浮かべたセイヤが再び地面に倒れ込むと、ザックは右足でセイヤの頭を踏みつけた。


「おいおい、どうしたアンノーン。さっさと謝らないと終わらないぜ?」

「ご……」

「うーん、聞こえないなー」


 セイヤが言葉を発したタイミングでザックは足に力を入れる。右足で口の動きを封じられたセイヤは上手く言葉を発することができない。


 その光景を見たホアたちがゲラゲラと笑い声をあげる。彼らはセイヤの無様な姿を見て笑いはするが、絶対に手は出さない。セイヤに手を出すのは決まってザックであった。


 ニタニタと笑みを浮かべながらザックは右足をセイヤの頭の上からどける。


「アンノーン、それじゃあ制裁を終わらせることはできないなぁ」

「謝るなら今の内だぞ!」

「そうだそうだー」


 ザックの言葉に同調するように後ろの二人もセイヤに謝罪を要求する。セイヤは全身の痛みに耐えながら声を出そうとするが、上手く言葉を発することができなかった。それを見たザックの右足がセイヤの腹部に飛ぶと、セイヤの身体は僅かに浮かんで後方に落ちる。


 地面に転がったセイヤは反射的に咳き込むが、口から出るのは乾いた咳だけだ。


「なあ、アンノーン。俺も好きでやってる訳じゃないんだぜ? 俺だってクラスメイトを痛めつけるようなことはしたくないさ」

「そうだぞ。ザックは仕方なくやっているんだ」

「ザックの優しさに感謝しろー」


 あくまでも自発的に暴行を加えているのではないと主張するザックたちであるが、セイヤにしてみれば詭弁でしかない。


 同じクラスに在籍している関係上、セイヤがザックたちと関係を持つことは避けられない。そしてセイヤの行動がザックたちの目に留まってしまうことも仕方のないことであった。


 ザックたちは毎日のように、こうしてセイヤに制裁という名の暴行を加えていたこれはセナビア魔法学園の全員が知っていることであるが、誰もセイヤのことを助けようとはしない。


 なぜならザックたちの行為には正当性があるから。


 正当性がある以上は例え教職員であってもザックたちを止めることはできない。ザックたちには制裁という大義名分がある。


 そしてセイヤには何もない。


 彼に残されているものはアンノーンという蔑称だけだ。何も持たず、何も知らないセイヤのことをセナビア魔法学園の人間はアンノーンと呼ぶ。


 セイヤは魔法師として致命的な存在であった。だからセナビア魔法学園の人々はセイヤのあたかも存在しない者として扱っている。


 そのためザックたちがセイヤにしている行為も見て見ぬふりをしていた。


 たった一人の少女を除いては。


「何しているの……」


 校舎裏に一人の少女の声が木霊した。


 夕陽に照らされた白い髪の少女はその紅い瞳でザックたちのことを睨みつける。少女の無表情から感情を伺うことはできないが、凛と発せられた言葉には明確な敵意が込められている。


「ユア……」


 セイヤが名前を呼ぶと、少女は僅かに頬を緩ませた。その表情がセイヤに安心感を抱かせる。逆にザックは苛立ちの表情で振り返ると、ユアに向かって尋ねる。


「おいおい、邪魔するなよ」

「やめて……」


 ユアの言葉がザックの言葉を遮った。


「何か誤解してないか。こっちはアンノーンのためを思って」

「もう一度だけ言う……やめて……」


 再びユアの言葉がザックの言葉を遮るが、今度は先ほどよりもやや強い口調で発せられたものである。ユアの言葉は懇願ではなく、命令に近かった。


 そのことにザックが更に苛立ちを見せるが、慌ててホアたちが止めに入る。


「ダメだ、ザック! 相手はユア・アルーニャだ!」

「相手は特級魔法師一族だよー」


 特級魔法師一族という言葉にザックは舌打ちをする。そして僅かにセイヤの方を振り返ると吐き捨てるように告げた。


「ふん、運が良かったな。アンノーン」


 そう言い残すとザックたちはユアの横を通り抜けてどこかへ行ってしまった。ザックたちがいなくなったことを確認するとセイヤは安堵する。ユアは満身創痍のセイヤに駆け寄ると心配そうに尋ねた。


「大丈夫……?」

「ごめん、ユア」

「ううん……セイヤを守るのが私の役目……」


 ユアがセイヤのお腹に右手を当てる。すると次の瞬間、ユアの右手には白い魔方陣が展開された。


 白い魔方陣を見たセイヤが慌ててユアのことを止める。


「駄目だよ、ユア。もし聖属性が誰かに見られたりでもしたら……」

「大丈夫……セイヤを治す方が大事……」


 セイヤの忠告を無視してユアは魔法を行使した。魔方陣から流れ出た白い魔力がセイヤの身体を包み込み、全身の傷を修復していく。


 切れた唇はリップクリームを塗ったように潤いを取り戻し、目の上にできた大きな痣は一瞬にして泡沫のように消えていく。制服の汚れもクリーニングされたかのように綺麗になっていき、泥にまみれた髪も美しい金色を取り戻した。


 白く暖かい魔力はセイヤの心までを癒す。


 ユアの魔力が刹那の時間でセイヤの身体を修復した。ザックたちから受けた暴行が夢のように消えたセイヤは簡単に立ち上がることができた。


「ごめん、ユア」


 傷を癒してもらったセイヤはユアに謝罪する。ユアが使った力は本来秘密にしておくべき力であり、このような場所で使うことは避けなければならない。


 そのような力を使わせてしまった事実にセイヤは罪悪感を覚える。だがユアから返ってきた言葉は意外なものであった。


「ありがとう……」

「え?」

「ありがとうの方が嬉しい……」


 ユアにしてみれば謝罪の言葉よりも感謝の言葉の方が聴きたかった。だからセイヤの謝罪の言葉は受け取らない。


 ユアの意図を理解したセイヤは改めて感謝の言葉を口にする。

「ユア、ありがとう」

「うん……よくできました……」


 感謝の言葉にユアは笑みを浮かべる。そしてユアがセイヤの右腕に抱きつくと、二人は帰路につくのであった。


とりあえず1章だけ書き直したので投稿していきます。

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