どこかの世界のどこかの1日
目を刺す光、薬研の音、生薬の匂い
窓から差し込む日が板張りの床に縦縞の影を描いていた。外の喧騒が人の往来が増えたことを知らせていた。商業区の、人を呼び込む声にも活気が戻った。
下の薬屋で姉が常連客と世間話をしている。前より少し明るくなったその声は流行り病の終わりを告げているかのよう。
前に病に伏せった時はもっと殺伐としてたような。
カーテンに窓の光が遮られ、部屋は常に薄暗く。
一人暮らしだったから自分の咳と荒い息だけ聞こえて。
掃除はもちろん動く事が億劫でレトルトのパックが散乱し、最後は薬を飲むのすら億劫だったっけ。
誰かに頼りたかった。助けての一言さえ言えれば親も友達も助けてくれた。ただ何も言えなかった。
でもこれはいつの記憶だろう?
カーテンなんて上等なもの、この家には無い。
レトルトなんて便利なもの、この世界には無い。
そう、この世界では見たことない。
「そっか、私は一度死んだんだ」
「あんたは死んじゃいないよ、死にかけたけどね」
姉がいつの間にか薬と粥をお盆にのせ階段を登って来ていた。
「姉さん。」
「父さんと母さんの夢でも見たのかい?サッサと飯食って薬飲んで治してちまいな。早く治して手伝っておくれ。」
「姉さん。」
「なんだい」
「ありがとう。」
なんだいしおらしくて気味が悪い、と姉は言うとお盆を乱雑に置いて階段を降りていった。声が少し震えていた。
そうだ、この世界の私はまだ死んでいない。
サッサと治して姉に生意気言ってやろうじゃないかと、姉の作った不味い薬をぐびりと飲み干した。