悪役令嬢至上主義小説に転生したけれど、書店特典SSで切り抜ける
次回予告
グリーンウッド男爵家の寄親である
伯爵家のご令嬢から、コニーに持ちかけられた相談
それは攻略対象外だが、メインキャラに関わり合いの深い人物
王太子の婚約者の異母兄に関して
話を聞いたコニーが下した決断は!
次回タイトル「宰相子息の婚約者が、エンディング後SSで結ばれた人物が、うちの寄親ご令嬢の婚約者だったなんてー! ってことは、寄親のご令嬢はどうなる……の?」
昨今記憶が戻って「悪役令嬢だ! 破滅しちゃう!」とか叫ぶ人、いるの?
いないよねー。
悪役令嬢って勝利と逆ハーが約束された、ただのハイスペック美女だ。
むしろそんな台詞吐く悪役令嬢なんて、ただのヒロインだ! ……うん、ヒロインだ。
記憶を取り戻した年齢によっては、幼少期から内政無双して、隣国にその名を響かせ、婚約破棄された瞬間に、自国よりも大きな国の、何故か婚約者がいない最良物件にプロポーズされる、キツメな美女! それが悪役令嬢。
自己紹介が遅れました。
わたし、コンスタンス・グリーンウッド男爵令嬢です。
ふわふわのピンクブロンドに、庇護欲をそそる可愛らしい顔つきで小柄という、怜悧な美貌の悪役令嬢さまとは、真逆な見た目の「断罪される電波系逆ハービッチ」です……。
わたしがいるのは「悪役令嬢とビッチヒロインが記憶を持って転生した、乙女ゲームの世界……という設定で書かれた、悪役令嬢完全勝利物語」
物語上わたしも前世の記憶を持っているので、記憶を持っていてもおかしくはないけれど違うのだ。
物語の軸となるゲームは、もちろん存在しない架空のものなので、ゲームの基礎知識なんてない。
わたしと区別するために、小説のざまぁされるヒロインのことを、ビッチヒロインと呼ぶけれど――ビッチヒロインは乙女ゲームのヘビーユーザーで、転生したことに気付き、大喜びで攻略を開始する……のだが、前述の通り、ゲームそのものがないので、わたしの記憶にはない。
知っているのは、そのゲームの世界に転生した物語があった……ということだけ。
だから脳内で喚き散らしたんだ。
物語はテンプレな高貴な五人の男性が、平民上がりのヒロインに籠絡され、卒業パーティーで、各々の婚約者に断罪&婚約破棄を仕掛けるも、返り討ちざまぁをくらって落ちぶれるというもの。
書籍化され、販売促進用に書店特典SSもついていた。
いまさら説明する必要もないだろうけど、書店特典SSとは、本を買うと特典として、ショートストーリー(SS)が付いて来るというもの。
この SSは販売する店舗によって内容が違う。
全部読みたかったら、各店舗で買え……ということなのだろう。
この物語の書店特典SSは、ビッチヒロインに骨抜きにされた婚約者たちに「ざまぁ」を成功させた令嬢たちの、その後が書かれている。
もちろん一書店につき一令嬢のアフターストリー。
ビッチヒロインには、アフターストーリーはないよ! 本編で「これでもか!」ってくらい、貶められるからね!
そんな未来を知っているわたしなので、攻略対象五人(王太子・騎士団長息子・宰相息子・王太子婚約者の義理弟・教師)に近づくなんてしません!
バカじゃないんです! 悪役令嬢完全勝利物語だって知ってて、破滅フラグな攻略対象に近づいたりしません! 脳にデバフはかかってないよ!
常時垂れ流しの魅了なんて、特異体質でもない!
絶対に攻略対象に近づかないで、無事に学園を卒業するんだ!!
…………と、思っていたのですが、しがらみって言いますか、人付き合いって大事だよねーって言うか。
「頼みがあるの、コニー」
庶民の頃からの友達に、馴染みのカフェに呼ばれ、ほいほいとお茶したのが運の尽き――
「……わかった」
「ありがとう!」
「あとで、倍にして返してもらうからね!」
攻略対象に近づくハメになりました。
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王太子パトリックには、厄介な婚約者がいた。
名をガートルードという。
二人の婚約は、表面上は「王家から公爵家への打診」により成立していることになっているが、内実は違う――
ガートルードの母親は、隣国の王女で、本来ならばパトリックの父親と結婚する筈だったのだが、出迎えの一人に一目惚れし、結婚相手をパトリックの父親から、その一貴族へと変えたのだ。
そんな暴挙がまかり通ったのは、ガートルードの母親が、隣接国であり大国の王女だったことと、国王が王女を溺愛していたため。
一貴族――子爵だったが、王女と子爵を結婚させるわけにはいかないので、子爵を公爵家の養子に迎えて、その日のうちに当主の座も明け渡し、公爵家の当主に仕立て上げた。
王女の結婚の条件として、王女の子と王家の子は必ず婚姻を結ぶという、誓約が成された――
これにより、王家は公爵家に対し「婚約を打診」し――ガートルードが三歳、パトリックが五歳のときに、婚約が結ばれた。
ガートルードの母親は、夫である元子爵には興味があったが、娘には興味がなく――ガートルードは生まれてすぐに、王城へと送られ、以来「王妃教育」と称し、王城で育てられていた。
ガートルードの両親が、彼女の元へとやってくることはない。
結婚させられた元子爵は、妻帯者で妻は身籠もっていた。
それを無理矢理別れさせたという経緯がある。
前妻との間に出来た子は無事産まれ――生まれてすぐに、子爵家を継いでいる。
元子爵は前妻と息子に会うこともなく、貴族の責務として王女と夫婦生活を続けてはいるが、娘のガートルードに関しては、一切触れることはない。
王家の面目を潰した女の娘ということで、ガートルードは好かれてはいなかった。そんなガートルードだが、五歳頃からおかしな言動が目立つようになった。
おかしな実験をするようになったり、なんとも奇妙な縦書き模様を書き付けたノートの数々を、読みながら「げーむ」「ふらぐ」などの奇声を上げたり、特定の貴族令嬢に会いたがったり、特定の修道院に度を超えた多額の寄付を行おうとしたり、
「殿下。お好きな方ができたら、いつでも身を引きますので」
――好きな相手がいなくても、身を引いて欲しいものだが
見当違いな殊勝を気取ったり――月の霊気に当たったかのような、言動を繰り返していた。
もっとも、その程度では、王族の婚姻が解消になることはなく、パトリックとガートルードは婚約者のままだった。
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カフェにわたしを呼んだ、庶民だった頃からの友達シンディ。
悪役令嬢物語の定番なので、説明を省きましたが、分からない人のためにご説明。
基本ヒロインは、庶民生まれで、ある程度の年齢になってから、理由は様々あれど下級貴族、普通は男爵家に引き取られ、元庶民という生まれかざして、思春期男子を破廉恥エロテクで落とす――わたしも、ご多分に漏れず十三歳で男爵家に迎え入れられました。あ、ちなみに今は十五歳です。
わたしが男爵家に迎えられた理由は、跡取り問題。
男爵家の当主がメイドに手を出して、身籠もったので追い出された……とかいう、昼メロみたいな理由じゃない。
わたしの父親はグリーンウッド男爵家の次男。
実家を出てちょっと裕福な庶民の母親と結婚し、王都で下級官吏の仕事についていた。
父親は男爵家を出たとはいえ、関係が途絶しているわけでもなく、家族ぐるみで交流はあった。
その流れで、男爵家を継いだ伯父さん夫婦に子どもができなかったので、親族会議の結果、わたしが婿をとり後を継ぐことに決まった――父さんと伯父さんは一歳しか違わないので、それなら次世代を後継者に定めたほうがいいということで。
わたしが跡取りと決まったのは十三歳の時。
両親と別れることもなく――両親と一緒に男爵邸の離れに住み、今まで通りに暮らしている。
……で、貴族は十五歳から十八歳まで学園に通うけれど、庶民は十三、十四歳くらいで働きに出る。
わたしの庶民時代の友達の多くは、働きに出た。
その一人、シンディは伯爵家の下働きとして、働き始めた。その勤め先の伯爵家の一人娘ダイアナは、婚約者にざまぁし――特典SSで、婚約者未満と仲睦まじく過ごす姿が書かれている。
この婚約者未満は伯爵家の見習い執事で、属性がヤンデレ。
特典SSを読んだんだが、伯爵令嬢ダイアナと婚約者ロジャーが上手くいかなかったのは、このヤンデレ執事見習いのせい……としか思えなかった。
このヤンデレ・マーカスが手紙を破棄したり、嘘の待ち合わせ場所につれていったり――ロジャーが待ちぼうけ食らっていることも、度々あったっぽい。
ロジャー悪くない! ヒロインに傾倒しても、仕方ないだろ!
読んだとき、そう思いましたが、ロジャーは本編で、辺境の前戦に送られてしまい、戦争中に行方不明に。
そんな可哀想なロジャーを作らないためにも近づかない……わたしが近づかなくても、ヤンデレに嵌められて前戦送りにされそうですが、わたしも巻き込まれたら困るので。
そう思っていたのですが――
シンディの話を聞いた翌日、わたしは意を決して、王太子に話し掛けられるというイベントアイテム「幼い日の思い出・青いペンダント(もちろん安物)」を鞄にぶら下げて、王太子に近づいた。
鞄からぶら下がっているペンダントを見て、
「もしかして、コニー?」
王太子との再会イベント、無事終了――コニーとはわたしの愛称で、子どものころは大体コニーって呼ばれてた。
むしろ自分の名前が、コンスタンスだって忘れるくらい。
ちなみにこのイベントアイテムを、物語通りお別れのときにもらって、その日の晩、眠りについてから記憶を取り戻しました。
完全に手遅れだったのです。
知ってたら、その日街に出なかったし、見かけても無視したよ……。
シンディから持ちかけられた相談は「執事見習いのマーカスの暴力事件」――ヤンデレにも種類があり、今回問題になっているヤンデレマーカスは、自分が好きな相手に他人が近づくの許せない系。
ヤンデレマーカスは、執事見習いという上流使用人で、伯爵家の跡取り娘ダイアナの信頼も得ているので、下級使用人に対し横暴を働いても、問題にならない……というか、もみ消せる。
下級使用人がダイアナに近づき――マーカス「が」許せないほど近づくと、暴力を振るってクビにするんだって。
お前の内なる基準なんて、分かるか、ぼけ!
悪役令嬢の決め台詞「ここはゲームではなく現実です」……その言葉通り、ここは現実なので、暴力行為は、ただの害悪でしかない。
暴力がヤンデレの一言で許されるのは、二次元だけです。
三次元で行う場合は、人里離れたところで、二人きりでお願いします。
他人を巻き込まないでください。
ちゃんと仕事をしている人に「お嬢さまを見た」とかいって、暴行を加えて解雇とか、控え目に言って人間の屑です。
「…………というわけで、下級の使用人たちは、彼の横暴に怯えているのです」
シンディはせっかく手に入れた、楽して稼げる貴族の邸の下働きの職を手放したくないので「横暴マーカスを、告発して欲しい」と――気持ちはわかる。
他にも使用人が解雇されると、新たな使用人が雇われ、また暴力をふるわれる……なんてことになったら寝覚めが悪い。
間違ってシンディがダイアナに近づき過ぎて、マーカスラインに引っかかって暴力をふるわれたら、わたしの寝覚めが悪いどころではない。
シンディが言うには、ダイアナ付きの小間使いも、暴力ふるわれて辞めさせられたそうだ。
とくにこの小間使いは、ヤンデレマーカスがロジャーとダイアナの仲を裂こうとしているのに気付いたのが原因と、下級使用人のたちの間で言われている。
「どう思う? スコット」
わたしはビッチヒロインよろしく、人払いした生徒会室で王太子に話を聞いてもらった。人払い……とはいっても、室内にはもう一人、王太子の護衛スコットがいる。
この護衛のスコットは、ロジャーの実兄。
王太子の護衛を務めていることからも分かるように、騎士団長の嫡男。ロジャーは次男で、同じく武門で跡取り娘しかいないダイアナの所に、婿入りすることになっている。
「使用人の話だけでは……」
下級使用人の話だけでは、動き辛いのはわかる。
そして嬉しい。
かなり嬉しい。
信じられないことの、何が嬉しいのって?
え? まともな人だって分かって嬉しいんだよ。
攻略対象って恐怖を感じるほどに、廃人化しきってるヤツとかいるじゃない。たとえば、男爵令嬢のことを無条件で信じる……とか。
「そうだな。だが本当ならば、無視はできない」
「二人の仲を引き裂こうとしたところで、家同士の取り決めですので。どれほど相性が悪くても、破談になることはないのですが」
スコットは、そう言うけれど――手をこまねいていたら、あなたの弟が負けるぞ!
「最悪、ロジャーさんが殺害されるのではないと」
あのヤンデレなら、やりかねない。というか、やる。だって暴力系ヤンデレだもん!
「コニーが聞いた話が本当なら、その可能性もある」
王族というのは貴族間の揉めごとの調停や、困っている貴族がいたら、手助けしてやるのが仕事。わたしが持ちかけたのは、庶民が困っているだけ……なので、介入し辛いが、
「解雇された小間使いから、直接お話を聞いていただけませんか?」
ヤンデレが貴族間、それも上位貴族同士の契約を壊そうとしているとなれば、事情は異なる。
王家としても、そことそこの契約が、馬鹿過ぎる理由で壊れると、色々と困る……ということで、パットこと、パトリック王太子は、動いてくれることになりました。
「それにしても、コニーは優秀だな」
「殿下に頼みごとをするのですから、当然です」
なに褒められたのかって?
小間使いの勤め先とか、名前とかまとめてきた。あと念のためにシンディの詳細も。
シンディが裏切っている可能性もあるので、シンディの身辺調査を先にしてくださいね……と言ったら、上記の台詞ですよ。
わたしもシンディの全てを知っているわけではないし、シンディが知らぬ間に何者かに操られていないとも限らない。
そんなことは、なさそうだけど。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲
八歳のパトリックは市井の生活の視察ということで、街へと出て――そこで、コニーと出会った。
「はい、半分こ!」
下町のお祭りで出会った、ピンクブロンドの少女はそう言って、屋台で買ったパニーニの半分を、パトリックに差し出してくれた。
具材はチーズとハムのシンプルなものだったが、パトリックには、今まで食べたなによりも美味しく感じられた。
少女――コニーと別れるときに、パトリックは露店で青い石のペンダントをプレゼントする。
パトリックは婚約者である、ガートルードに贈り物をしたことはない。
したくない……という気持ちはあるが、それ以上に、義務として贈ったところ「民の血税を無駄使いしないでください!」と、相変わらず見当違いなことを言われたため。
パトリックに渡されている小遣いは、「王族ではなく一貴族としての」事業の収益であって、国税ではない。
王侯貴族が事業経営するのは、珍しいことではないし、自らの生活の財源を全て税金に頼るなど、あり得ないのだが、ガートルードは王族の財源は100%国税に頼っていると、頑なに思い込み――税金だと言い張るので、パトリックは両親と話し合い、贈り物をするのは止めた。
「ありがとう! パット」
贈り物に対して、訳の分からない苦い思い出があるパトリックの、強ばった気持ちを解してくれたのは、受け取った時のコニーの笑顔。
その時の満面の笑みは、贈り物をして良かったと、心から思えた。
「また、会えたら遊ぼうね!」
パトリックを見送ってくれた。
「可愛らしい少女でしたね」
「そうだな」
パトリックにとって、忘れ得ぬ楽しい思い出――その思い出の主と、王侯貴族が通う学園で再会を果たす。
久しぶりに会ったコニーは、子どもの頃の可愛らしさを残したまま成長していた。ただそれは容姿だけで、中身は随分と変わっていた。
それに関して少し寂しさを感じたパトリックだが、
「男爵令嬢に?」
「はい。跡取りがいないので。継ぎたくはないので、弟なり従弟なりが生まれるのを、期待しているのですが……どうも望み薄のようです」
初めて出会ったとき、コニーは庶民だったのだが、再会したときには男爵令嬢、それも跡取りにすえられたと聞き、当然の変化に納得した。
「このペンダントは、一生誰の目にも触れさせずに大事にしておくつもりだったのですが、どうしても王太子殿下に気付いてほしく」
「王太子だと、知っていたのかい?」
「あの頃は、分かりませんでしたが。成長して、殿下の絵姿を拝見して、随分と似ているな……と。それに名前もパットでしたから。でも確信を得たのは学園に入学してからです。一目で分かりました」
昔の面影を残しにこにこと笑うコニーの表情に、パトリックはかなり嬉しかったが、
――わたしも、表情を隠すのが上手くなったな
純粋な思いを出すことなく、当たり障りなく再会を喜び、そして、コニーからの頼みを聞く。
――昔と変わらず、困った人には手を差し伸べるんだね
友人から困りごとを持ちかけられたので、是非手を貸して欲しいと頼まれたパトリックは、自分とコニーの出会いもそうだったな……と。
コニーの頼みごとは、王家としても看過できないものだった。
ベイオール伯爵家とエルドベリー伯爵家の婚姻が、潰れてしまう――
「宜しくお願いいたします」
コニーを見送ったあと、パトリックは捜査を命じた。
「グリーンウッド男爵令嬢の身辺調査も行いますか?」
スコットの提案に「そんな必要はない」と言いたい気持ちを堪え、
「気は進まないが、一応しておけ」
パトリックはコニーの身辺調査も許可した。
コニーの身辺調査自体は、何ごともなかったのだが、
「ガートルードが?」
「はい」
王城に戻ったパトリックは、何故かガートルードが既にコニーについて、調査しているという報告を受けた。
「なんだと思う?」
「おかしな呪文書いたノートを読みながら、奇声を上げる御方ですので、お心の内を理解することは、わたしのような、戦うことしかできない者には分かりかねます」
スコットの返事が、当たり障りないもの――ではないのは、パトリックの側でガートルードの奇行を、何度も目の当たりにしているからに他ならない。
「ガートルードの見張りにも、伝えておくように」
「僭越ながら、既に伝えております。あの御方は息をするように、突拍子もない行動を取られるので」
「ガートルードは警戒するしかできないからな。それで、小間使いの証言は?」
パットとしては、コニーとガートルードのことは気になるが、王太子であるパトリックにとって、いまは国政に直接影響がでかねない、ベイオール伯爵家とエルドベリー伯爵家の婚姻についてが優先。
「小間使いが証拠として提出しようと隠し持っていた、執事見習いが偽造した、手紙を四通手に入れ、弟の秘書に確認しましたが、時間や日付に手が加えられていることが確認できました」
マーカスは、ロジャーがダイアナに送った誘いの手紙を、先に開けて文字を付け足すなどして、日時を偽造してから渡していた。
「控えがあることくらい、分かりそうなものだが」
ロジャーは学生だが貴族。
色々な会合に出席するので、予定を調整する秘書がついており、スケジュールは間違いないように、書き記されている。
「それは、執事見習い本人に聞かないことには」
他にも執事見習いの話を真に受け、ダイアナはロジャーのことを嫌っているなどの報告を聞き、パトリックは国王を交えて、両家の当主を呼び出し事情を説明し――パトリックの話を聞いた、両家の当主の動きは早かった。
ダイアナの父親は、娘の身辺を探らせ――執事見習いマーカスと、親密な関係であることを掴む。
「男に髪を梳かせるような、ふしだらな女だったとは」
男が女の髪に触れるのは、不貞行為と見なされる。
調べれば、それらは小間使いがいなくなってから――新たな小間使いを雇わず、マーカスが身の回りの世話をしていた。
それを当たり前のように受け入れている娘のダイアナにも、父親は失望し、婚約は白紙となった。
「それほど、貞操観念が低い女だとは思わなかったのだが」
報告を受けたパトリックは、かなり呆れた――男に髪を梳かせるなど、胸を男の腕に押しつける行為よりも、目に余る行為。
「わたしも驚きです。あと執事見習いは、当主の娘の髪に触れたくて小間使いを解雇したようです」
「それを受け入れる方も、どうかしている」
執事見習いマーカスとダイアナは、新人騎士が「新人」の冠を外す儀式――生きている人間を殺す――に用いられた。
二人は罪人として麻袋を被せられ、剣で突いたり切られたりされ、最後は首切り台に乗せられ首を落とされ――二人の立派な騎士が誕生した。
婿入りする予定だったロジャーだが、ベイオール伯爵がロジャーを養子にし、ベイオール伯爵の遠縁の女性を妻にすることで、両家の和解がなった。
「近々ダイアナは階段から落ちて死亡という報を流すと共に、召使いたちから二人が駆け落ちしたのでは……と噂するよう仕組みます。どちらを信じるかは、個人の自由です」
偽情報を流し、敵を撹乱させるのは、エルドベリー伯爵家兄弟の得意とするところ。
「そうか。コニーに、詳細は伝えないでおこう」
「それが宜しいかと。そのグリーンウッド令嬢に関することなのですが、最近、またあの御方が、令嬢の身辺を探らせているようです。あの御方付きの護衛騎士から、報告を受けました」
「わたしも、またあの奇妙な模様が描かれたノートに目を通しながら、呟いているという報告を受けて、困っているのだが……本当に、なにをしているのだろう?」
ガートルードはノートを上手く隠しているつもりだが、その存在は、関係者全員に知られている。
「あの御方がすることは、分かりません」
模様の解読も一度は試みられたのだが――解読はできていない。
「他になにか変わったことは?」
「そういえば、あの御方付きの護衛騎士に”クーガーとロジャー、武術はどっちが強いの”と聞かれたそうです」
「強いのはクーガーだろう?」
「はい。護衛騎士も自分のほうが強いと答えたところ、ロジャーに襲われることがあっても、これで安心ね……とかなんとか。弟があの御方の奇行に耐えかねて、襲わないとは言い切れませんが……」
「指揮官と兵士の違いを理解していないのか?」
ロジャーやスコットは騎士団長の息子で、将来は大軍を指揮、もしくは作戦を奏上する役職を目指して、幼い頃から励んできた。
対するクーガーは士爵の出で、武術の腕を磨き、その腕で今の地位を得た――両者は出発地点からして違う。
「おそらく。ロジャーの武術の腕前など、同じ学園にいるのですから、わざわざ護衛騎士に聞かずとも分かるかと」
ロジャーは武術の腕は中程――彼が騎士志望の生徒たちに混じり学び、模擬戦トーナメントの出場しているのは、将来彼らを指揮する立場になるので、彼らの動きを知るためであり、自分の武術の腕を上げるためではない。
「そうだな」
乱暴な表現になるが、武器を持って戦うのは、集めた素人でもなんとかなるが、大軍の指揮や作戦は、相応の知識や経験がなければほぼ不可能――稀に経験や知識がなくとも、やってのける大天才などがいるが、そんな砂漠で砂金一粒を捜すようなことを、国家がするはずもない――騎士団長は息子たちに、軍の頭脳になるべく教育を施しており、武術はさほど重きは置いていない。
上位貴族の軍人ともなれば、大体がそういうもので――剣を振るうほうが珍しい。
「将来の王妃には、その違いは知っていて欲しい……と思うのは、臣としての過ぎたる望みなのでしょう」
「言うな、スコット」
パトリックは知れば知るほどに、ガートルードのことが疎ましくなるが、この婚姻は、さまざまな条約や取引などが付随しているので、破棄することはできない。
「一層のこと、全てを投げ出してしまいたくなる」
「ですが、投げ出さないのが、パトリック殿下という男です」
「家臣に、あんな問題が多い人物を押しつけるわけにはいかないからな。唯でさえ、一度、家臣に無理を強いているのだから」
臣下に数十年、王女の機嫌を取る生活を強いている王家としては、今度こそこの婚姻を成功させなくてはならない――失敗したら、臣下に合わせる顔がない。
「いまのところ、好きな相手もいないようだから、このまま大人しく王妃の座についてくれたら」
パトリックとスコットがそんな話をしていた矢先――
「隣国の留学生について、ガートルードが調査を命じた?」
ガートルードの護衛騎士から情報が入った。
調査対象は男性留学生――十数年前の、無理強いが再びか? と、パトリックたちはその人物について調べようとしたのだが、名前を聞いてすぐに誰か分かった。
「異国の王子ですね」
相手は留学生としてやってくる王子――同じ学園に通うことになるので、パトリックも知らされていた。
「なぜ、ガートルードがその情報を掴んでいるのだ?」
異国の王子はまだ国には訪れておらず、また、当人の希望で、身分を隠して学園生活を送りたいということで、偽名を使うなどする予定で、現在最終調整が行われている段階。
「どこかから、情報が漏れたのでしょう……ただ、本当に一部の者しか知らない情報ですので」
ガートルードの護衛騎士ですら、その情報は知らなかったので、調査を求められた際、純粋に不審に思い、上司であるスコットに報告を上げた。
「異国の王子に嫁ぎたいと、言い出したりはしないだろうか?」
「殿下を思えば、そうなれば良いですね……ですが、あの御方と殿下の婚姻により、もたらされるものがありますので、賛成できないのが、臣として辛いところです」
「分かっている……。父上にお伝えしておくか。それと、留学関連に詳しい役人を一人……ガートルードの異母兄がいいか」
「分かりました」
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上位貴族の婚姻問題なんて、本来なら一男爵令嬢(それも養子)にはなんの関係もないこと――ただ王太子に近づいたせいで、悪役令嬢たちの大元締めであるパットの婚約者に、警戒されたっぽい。
その警戒の仕方が、完全に記憶あり的なヤツなので……互いに近づかないで過ごそうねー。
もっともわたしが王太子に近づかないと、婚約破棄にならないから、婚約者の中の人が困るかもしれないが、わたしの知ったことじゃないので。
他人の破滅を期待しないで、自分の努力で本筋――婚約者にとっては、ゲームの頸木を解き放った先の真実の愛を、頑張って手に入れてください。
王太子に相談を持ちかけてから二週間後。
「使用人への暴力行為と、ロジャーとの交流妨害工作の裏付けは取れたよ」
生徒会室に呼び出され、シンディの報告は事実だったと教えてもらえた。ついでにシンディに、裏は何もないそうです。
ないとは思っていたけど。
さすがに王太子が直接、解雇された小間使いと会ったりはしなかったようだ。……うん! 国家が正常で嬉しい! 現場主義の王子さまなんて、周りの胃が痛くなるだけだから。街に出て庶民の生活を……もいいけれど。
実際、わたしと王太子が幼少期に出会ったのは、そういう流れだけど、その頃はまだ王太子は王太子じゃなかったから、自由がきいたのだ。
いまは王太子として冊立されているのだから――物語としては、なんら盛り上がらないけど、現実として生きて行くならこの位が丁度良い。
「そうですか。その執事見習いは?」
王太子は優秀なので、もう両家の当主にも話を通したんだって。
これだよ、これ。
乙女ゲームの攻略対象として、憧れられる正統派王子さまって、こういう優秀さがあってこそだよ。
「近いうちに解雇するそうだ」
え……ヤンデレを解雇……です……か。
進んで殺せとは言いませんが、碌な事しなさそうだよなー。
そうは言っても、上流貴族の間で決まったことだから、わたしが口だしする筋合いのものではない。
「シンディのことは、バレていませんか?」
「大丈夫……というか、誰が密告したか、分からないんじゃないかな? 彼、色々やり過ぎてるから」
ヤンデレって、味方作ることできない性質だもんね。
王太子から話を聞いてから一週間後、伯爵令嬢ダイアナが学園を辞めた――学園には、もっと前から来ていなかった……らしい。
クラスが違うので、気付いたらいなかったことしか分からない。
退学の理由は公にはされていないので、わたしも詳しいことは知らない。
不自然にならないくらいに、興味を持っている素振りはするけれど、実際は全く知りたくない。
下手に首を突っ込みたくない。
友人に頼まれたから仕方なく近づいただけで、それ以外で近づきたいとは思わない。
極力近づかない!
絶対近づかない!
「感謝する」
そう思っていたのですが、またまた生徒会室に呼び出され――スコットとロジャーの二人から、直々に感謝の言葉をいただきました。
要らないんだけどね。
王太子? 護衛のスコットがこの場にいるということは、王太子もいますよー。
「わたしからも、感謝を。あの両家が仲違いしてしまったら、国としても大きな損害を被るところだった」
そうだろうね。武門として名を馳せる家が対立とか、王家としては避けたいところだろう。
「お役に立てて幸いです」
「また、何かあったら、頼ってくれ、コニー」
「王太子殿下を頼らなくてはならないような出来事なんて、そう起こりませんよ、パット」
わたしは生徒会室を出て――二度とこの煌びやかな連中に近づかない! 決意を固めたのですが、
「コニー」
校舎でわがグリーンウッド男爵家の寄親である、伯爵家の令嬢に声を掛けられた。
「はい、なんでしょう?」
男爵家の跡取りになる前からの知り合い――寄子の末席にぶら下がっている、同性で年齢が近いということで、庶民の頃からお呼ばれしたことが何度かあり、正式な跡取りになってからは、より一層付き合いは深まっているし、学校で一緒に行動することも珍しくない。
ちなみに、グリーンウッド男爵家の寄親である伯爵家は、それほど名家じゃないので、ロジャーとダイアナ絡みの話は持っていけなかった。
この物語に登場する貴族は、揃いも揃って上位も上位、貴族の中でもさらに選ばれし者たちなので……シンディはそこまで考えてはいなかったらしい。
シンディからすると、グリーンウッド男爵家の寄親伯爵家も、自分が務めている伯爵家も、同じ伯爵だからどうにかなるんじゃない? くらいだったみたい。
「今週末、実家でお茶会を開くので、是非来て欲しいの」
物語には登場せず、この世界では、上流の中の中流ポジションの伯爵家ご令嬢――
「はい。喜んで」
わたしはこの時、いつものお茶会の誘いだと思っていた。
そう、いつもの……まさかその席で、
「…………というわけなの。お願い、コニー。力を貸して! 頼れるのは、あなたしかいないの」
完全に王太子案件の問題を、相談されるなんて!!
・コンスタンス
ビッチとか魅了とか呪いアイテムとか、そういうもの全て取り払った結果、あっさり薄味ヒロインに
・パトリック
危険物処理前線部隊隊長
・ガートルード
小説のヒロインということで、特濃味付けに高級素材を数十種類メガ盛りトッピングされた結果、危険物に
・スコット
危険物処理後方支援
・クーガー
ゲーム→登場しない
小説→ガートルードと結ばれる
本作→?