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少し短めです
「さて、もう遅い。名残惜しいが休まなくては」
柔らかなアメリアをいつまでも腕に抱いていたいが、夜も更けてきた。
離れていた間を埋めるように夢中でアメリアと話していた。オリバーは積もる話もあるでしょうと気を利かせて先に退室していたが、アメリアの体調は万全ではないので早めに休ませて欲しいと言われている。
立ち上がろうとすると、腕を取られた。
視線を向けると、アメリアが腕にしがみついている。
「アメリア?どうした?」
また具合が悪くなったのだろうか。心配になってそう声をかけると、アメリアがふるふると首を振る。
「申しわけありません、エリオット殿下。長旅でお疲れなのは分かっているんですけど、もう少し、だけ…」
サファイアブルーの瞳が不安げに私を見上げている。
「朝目覚めた時に、殿下がここにいらっしゃるのが夢だったらと思うと怖いんです。もう少しだけ、お側に居させて下さい…」
潤んだ瞳で最愛の人にそう言われて、断る男がいると思うか?
「可愛いアメリア。私はいつでも君の側にいるよ」
出来るだけ優しくそう告げ、私の胸にもたれさせる様にアメリアを抱きしめる。アメリアは私の胸に額を擦り付けるようにして、ギュウッと抱き着いた。
頬や額に口付け、髪を梳いている間に、胸元から可愛い寝息が聞こえてきた。
アメリアを抱き上げ、侍女に案内されて彼女を寝室に運ぶ。ベッドに横たえると、アメリアの右手がしっかりと私のシャツを握っているのに気づいた。そっと指を外し、毛布をかけてやり、最後に彼女の額に口付け、寝室を後にした。
自室に戻ると、先に部屋に帰っていたアルトが待っていた。部屋のドアが閉まるのを確認して、俺は顔を覆って声にならない悲鳴を上げる。
「…くぅぅぅぅ、可愛い!可愛すぎるっ!なんだアレは!久しぶりに会えただけであんなに可愛くて可愛いのに、私を殺す気か?紳士的に送り届けられたのは奇跡だぞ?どうしろっていうんだっ!」
「破壊力ありますねぇ、アメリア様のお願いは。側で聞いていて、殿下がいつアメリア様に襲い掛かりはしないかと、ヒヤヒヤしてました」
「くっ、アルトっ!勝手に俺のアメリアを見るなっ!くそぅっ!可愛い!誰にも見せたくないっ!」
「何言ってんですか、王太子妃にして、いずれは王妃になる方なんですよ?国中どころか近隣諸国からも注目されるに決まっているでしょうが」
「あぁー、可愛い。俺の妃。ヤバいな、俺の妃って言葉がもう…。あんなに可愛いアメリアを、他の男にも見せなくてはならないとは。拷問だな」
「アメリア様は、どこがいいのかエリオット殿下に夢中ですので、他の男に取られる心配はないかと存じますが」
俺はジロリとアルトを睨みつける。
最近のこの男の俺の扱いに、敬意の欠如が顕著だ。腹心の側近だというのに、由々しき問題だ。
「最短どれぐらいでアメリアと結婚できる?婚約期間はなしで。そのまま教会で誓いを立てれば1日か」
「いずれ国を継ぐ方の結婚が、そんなんでいいわけないでしょう!国中挙げてのお祭りですよ?一年ぐらいですかねぇ?」
「そんなに待てるわけないだろうが…」
アルトは深くため息をついた。
「女性にとって結婚式は特別なものですよ。バーンスタイン伯爵も、そんな駆け落ちみたいな結婚、許すはずないでしょう」
「だが、1日でも早く、アメリアを…」
「アメリア様は非常に美しく魅力的です。そんな簡易的な婚姻だと、妃としての立場も侮られかねない。軽んじられたアメリア様を掻っ攫おうとする不心得者が出るかもしれませんね。それに対し、最高に美しく着飾ったアメリア様が、殿下の横に並び立ち、国中を挙げて祝えば、もう誰も手出しが出来ないでしょうねぇ?我がデジェネレス王国の王太子妃です。そこに手を出すということは、我が国を敵に回すということになりますので」
「仕方ない。国中を挙げての祝事として準備しよう。ただし、帰国次第、婚約は発表するぞ。これだけは譲れん。帰ったら陛下と王妃を説得する」
ニコリとアルトは笑った。
「陛下と王妃様より、万が一、アメリア様が殿下を受け入れる事があれば、早急に婚約の手続きを進める様仰せつかっています。まずは無いと思うがそういう奇跡が起こったら、アメリア様の気が変わらない内に外堀を埋めてしまえと」
「言い方に大分引っ掛かりを感じるが、すぐに婚約するのは問題なさそうだな。それでは陛下に急ぎ知らせを…」
「もう送りました。国に帰ったら直ぐに婚約発表の場を準備していただける様、申し添えておきました」
くっ。私への敬意は足りんが仕事は早い。抜かりもない。
「まずは手始めに、エルナン国でのアメリア様の立ち位置を明確にさせましょう。このままではあのクソ…失礼、第3王子の手がついているなどと思われかねません。そんな噂がすでにチラホラ囁かれていますからね。明日の夜会では、発表前なのでアメリア様との婚約は明確に断言はなさらないでください。しかし思う存分、イチャついて下さって結構です。殿下の最愛の方だというアピールをし、婚約も間近だと印象付け、あのクソ…失礼、第3王子に、誰に手を出そうとしていたのか骨の髄まで理解していただきましょう」
アルト…。お前も地味に怒っていたんだな。前々からアメリアの能力と資質を高く評価し、アメリアが私の妃として、いずれは我が国の王妃として立つ事を望んでいたからな。あんな小物が、アメリアを軽んじて手を出そうとした事が許せないのだろう。
だがなぁ。お前よりも遥かに、深く怒っている人間が、ここにいる事を忘れているな。
「分かった。まずは明日の夜会で、アメリアが誰のものか知らしめることにしよう」
ニヤリと笑みを浮かべ、私は続けた。
「エルナン国にも、あのような小物如きに、私の妃の相手をさせたことを、後悔してもらおうか」
◇◇◇
「お早うございます、アメリア様」
侍女のニコラの声で目が覚めるた。
私はゆっくりと身体を起こし、しばらくぼんやりとする。
良く眠れたせいか、久しぶりに身体が軽かった。
ニコラに手伝ってもらい、身支度を整える。今夜は夜会があるため、それまではゆっくりと休めるよう、身体を締め付けないゆったりとしたドレスを選んだ。
朝食をサロンに準備していると言うので、足早に向かう。サロンに入ると、アメジストの瞳が優しく迎えてくれた。
「お早う、アメリア。良く眠れた?」
私はエリオット殿下に駆け寄り、ホッと息をついた。
「良かった。夢じゃなかった…」
思わず溢れた言葉に、エリオット殿下は目を丸くして、笑みを溢した。
「まだ疑ってたのかい?こんな事なら、一晩中君の側に着いていれば良かったね?」
揶揄うようにそう仰るエリオット殿下に、私は素直に頷いた。
「はい。そうしたら朝目覚めた時、一番に殿下のお顔を見ることができて、安心できます…も…の…」
言葉の途中で自分が何を口走っているのか気づいて、私は顔が真っ赤になるのを感じた。
「も、申し訳ありませんっ!わ、私、なんて、はしたない事をっ!」
寝起きでボーッとしていたわっ!恥ずかしいっ!
殿下はといえば、顔を背けて両手で顔を覆っていらっしゃるわ。こちらに見えている耳が真っ赤になっていた。
淑女らしからぬ言動で、殿下を怒らせてしまったわ。殿下はお優しいからお叱りの言葉はなかったけど、呆れられてしまうわよね。
「あー、朝から仲が良くて大変素晴らしい事ですが、そう言うのは2人っきりの時にお願いしますー」
側に控えていたアルト様が呆れていらっしゃるわ。侍女のニコラとサリナは、キラッキラの目でこちらを凝視しているわね。
叔父様は朝が弱いため、いつも朝食は抜きなので、幸いな事にこの場にはいなかった。もし同席していたら、困った笑顔を向けられていただろう。
恥ずかしい思いでエリオット殿下と2人の朝食を終え、私は夜会のための身支度を始める事になった。早いと思われるかもしれないが、全身を磨き上げるには、これぐらいの時間から始めなくてはならない。
「君に似合うドレスを準備したからね。私の色を纏っておくれ」
エリオット殿下に軽く口付けされて見送られ、私は恥ずかしさにフラフラしながら身支度の為に退室した。退室した後で、サロンから呻き声のようなものが聞こえたけど、気のせいかしら?
◇◇◇
「綺麗…っ!」
エリオット殿下から贈られたドレスを一目見て、私は一瞬で魅了された。
淡い紫の生地に精緻な刺繍がふんだんに施され、薄いシフォン生地が重ねられている。身体に沿ったスッキリとしたラインだが、足元にはレースがふんだんに重ねられ、ボリュームを出している。肩と鎖骨が露わになるデザインだが、上品な仕上がりになっていた。
ドレスを身に付けるとピタリと身体にフィットする。ニコラとサリナに髪を結ってもらい、軽く化粧をしてもらう。大粒のアメジストのネックレスとイヤリングを身に付け、鏡の前に立つと…。
「はー…、さすがエリオット殿下と言わざるを得ません…」
「お似合いすぎて、ありきたりな賞賛の言葉では到底足りませんね…」
ニコラとサリナが絶句してるわ。
確かに鏡に写る姿は、今までで一番と言っていいほど、似合っていると思うわ。
「エリオット殿下のご期待に添えているかしら…」
「悩殺ですね」
「夜会の前に寝所に連れ込まれぬよう、気をつけてください」
ニコラとサリナにそう忠告された。大袈裟ね。
支度を終え、殿下の待つサロンに向かう。
朝から支度を始めたというのに、やっぱりこんな時間になってしまったわ。早く始めて良かった。
サロンに入ると、礼服に身を包んだ殿下がいらっしゃった。
いつもは下ろしていらっしゃる前髪を後ろに撫で付けた姿は、男っぽさと色気が醸し出されて…。まあぁ、格好いいわぁ。
ポカンと殿下に見惚れていたら、殿下が足早に私に近づいてきて…っ!思いっきり口付けされたわ。軽くない、深いのをっ!
「殿下っ!いけませんっ!ああっ!紅がっ!お化粧が、崩れますからっ!」
「きゃーっ!アメリア様っ!大丈夫ですか?」
カクンと腰が砕けそうになる私を片手で支え、唇を離したエリオット殿下が唸る。
「しまった。美しすぎるっ!これは私以外に見せてはいけないっ!」
「貴方が作らせたドレスでしょうがっ!」
私を抱き締めて呻き続けるエリオット殿下を、アルト様が引き剥がす。
「やれやれ。アメリアは身も心も貴方様のものなのだから、少しは余裕を持って下さい」
「貴方が無様な真似をなさったら、アメリア様の評判に傷がつくんですよ」
叔父様とアルト様に殿下が怒られている間に、私はニコラとサリナにお化粧を直され、ドレスを美しく整えて貰った。
私も気を取り直し、エリオット殿下に苦言を申し上げる。いくら大好きな方でも、キチンと怒らなくちゃ!
「ひ、人前ではお止め下さいませっ!」
怒った瞬間、エリオット殿下が顔を赤らめデレっとして、「わかった、人前では我慢する」と仰った。
ちゃんと怒ったことが通じているのかしら?どうしてあんなに嬉しそうな顔をなさるのかしら?
後からニコラに「人前でなければ構わないと仰った様に思えました」と言われて、そんなつもりは全く無かった私は、顔が赤らむのを止めることが出来なかった。




