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「なんで開かないのよぅ」


 押しても引いても開かないドアに、私は途方に暮れた。

 部屋の中は確かに何でも揃っているけど、広くて誰もいない部屋は不気味に感じる。

 段々と日も落ちて、部屋が薄暗くなってきたので、数カ所に設置されているランプに灯を入れた。


 先程までドアの外にいた殿下は、どこかに行ってしまったのか部屋の中はシンと静まり返っている。暖炉の中には火がくべられていて、暖かい筈なのに人の気配もなく静かなせいか、何処か寒々しく感じるのだ。


 私は昔、お爺様から聞いた話を思い出していた。


 デジェネレス宮殿は建国の頃からある歴史深い建物であり、一番古い宮は今私がいる王太子宮だ。建国の頃はここが宮殿の中心として使われていたと言う。


 建国の頃は、他国の侵略や国の内部争いが激しく、王宮の中にも攻め入れられた事もあり、多くの血が流されたらしい。神殿の大神官が宮殿を清め、亡くなった者達は亡霊国に安らかに眠っているが、宮殿に染み付いた古い記憶が、時折、安らかに眠っている筈の者達を揺り起こす事があると。目覚めた者達は亡霊となり、夜な夜な宮殿を彷徨い、建国の頃の惨劇を繰り返すのだとか…。


 なんでそんな話を思い出しちゃったの、私!

 も、もしかしてドアが開かなくなったのって、亡霊達の仕業なの?私を閉じ込めて、亡霊の国に一緒に連れて帰るつもりじゃあ…!!


 私は慌ててベッドの上で毛布を頭から被った。

 ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ。

 私、虫も蛇も蜘蛛もムカデも大丈夫だけど、お化けはダメなの!怖いのよっ!!

 

 亡霊の国に連れて行かれると、二度と戻って来れなくなるのよ!亡霊達は、気まぐれにまだ生きている人を攫って行くのよ!ここにいたら攫われちゃうの?


 ジジジッと蝋燭の燃える音が聞こえるぐらい静かな部屋の中、私は怖くて毛布の中でガタガタ震えていた。


「誰か、助けて…。お父様っ、お母様ぁ、叔父様っ、ぐすっ、怖いわっ」


 ボロボロと涙が溢れた。どうしてドアは開かないの?私が何か亡霊達を怒らせるようなことをした?私、このまま死んでしまうのかしら?

 今にも闇の中から亡霊達が這い出てきて、私を捕まえて亡霊の国に引き摺り込んでしまうかもしれない。


 私の泣く声は、部屋の中に吸い込まれていくばかりで、誰も助けに来てくれなかった。


 

◇◇◇



 どれぐらい部屋の中に閉じ込められていたのかしら。

 急に、ドアの外が騒がしくなった。

 私は怖くて、ギュッと身体を小さくして、亡霊達に見つからないように毛布の中に隠れていた。


「アメリア、アメリアっ!ここにいるのかいっ?」


 外から何か聞こえる。あら、これ!お父様の声?!


「バーンスタイン伯爵っ!ここへの立ち入りは禁じた筈だっ」


「エリオット殿下!こんなやり方はあまりに酷いっ!アメリアの気持ちを少しは考えてくださいっ」


「君たちがアメリアをエルナン国に行かせるなどと言うからだっ!あの国の狼の群れに、アメリアのような美しい人を放り込んだら、どうなるか分からないのかっ!」


「あの国の風習は存じてますよ!ですから叔父の私がエルナン国に一緒に赴くのです。私が可愛い姪から目を離す筈がないでしょうがっ!」


「だがっ…」


「エリオット、でんかぁ」


 私は、声を振り絞って、エリオット殿下に呼びかける。


「アメリア…?」


「ひっく、こわいの、ここ、開けてぇ、お願いっ…」


「っ!」


 ガチャガチャと音がして、ドアがバタンと音を立てて開いた。


「アメリア?どうしたんだっ!」


「アメリアっ!無事…か………」


「………」


 真っ青な顔で飛び込んできたエリオット殿下。

 その後に続いてお父様と叔父様が部屋に入ってきて、ベッドの上で泣きながら毛布に包まる私を見た瞬間、2人の顔が能面のようになる。


「お父様、叔父様…」


 ドアが開いたことと、お父様達の顔を見たことでホッとした私の頭から毛布が滑り落ち、ボザボサに乱れた髪が露わになった。頭から毛布を被っていたから、結っていた髪が解けたのね。ドレスもシワシワになっているわ。


「………エリオット殿下………」


 お父様が能面の顔のまま、地獄から響くような声を出した。

 お、お父様?今の声って本当にお父様の声?

 ポヤンは?いつものポヤンはどこにいったの?


「ウチの娘に、何をした?」


 お、お父様が、お、怒ってるのかしら?

 私、怒っているお父様を見るのは、生まれて初めてだわっ!


「兄さんが、怒っている…。20年ぶりぐらいかなぁ?」


 叔父様が着ていた上着を私に羽織らせて、呆然とお父様を見ている。


「20年振り?」


 確実に私が生まれる前ですね?


「うん…。前に見たのはまだ兄さんが学生の時で、義姉さんに横恋慕した上級生が、義姉さんの気を引こうとして、大事に育てていた花を手折った時だったなぁ。上級生を血祭りに上げてたよ…」


 お父様が?あのポヤンなお父様がっ?癒し系の代表格のお父様が血祭り?!想像できないわっ!


「まあ、大事な娘が、男の家のベッドの上で、ボロボロの格好で泣かされているのを父親に見られたら、相手の男は半殺しにされても文句は言えないよね?」


 え?どう言うこと?

 ベッドの上でボロボロの格好の娘が泣いていたら、父親が怒るって…。


 私は慌てて自分の姿を確認した。

 髪はボザボサなのは、ほつれ具合から鏡を見なくても何となく分かるわね。

 今日のドレスは少し肩が開いたデザインなんだけど、ベッドに潜り込んだ時に、肩の部分がズレて下がっていて…。怖くて泣いてしまったから、目も腫れている感じが…。


 私は顔が赤くなるのを感じた。

 もしかしてお父様、私が、エリオット殿下に、お、襲われたと思って怒ってらっしゃるの?


「お父様っ!お父様!違いますっ!」


 私は慌ててお父様に抱きついた。


「アメリア、大丈夫だよ。不埒者は、私が成敗するからね…?」


 や、止めてください!鍛え上げてるエリオット殿下に返り討ちに遭っちゃいますよ?それに、王太子殿下にそんな事をしたら不敬罪ですっ!


「違うんです!私、閉じ込められて、怖くなってっ!昔、お爺様に聞いた、宮殿に住む亡霊達の仕業だと思って!それでベッドの中に隠れていたんです!」


「…亡霊…?」


「昔お爺様に、お城の亡霊が生きた人を攫いにくるって言われたのを思い出して、それでっ…」


 口に出したらまた怖くなったわ…。

 私はギュウとお父様に抱きつき、辺りを見回す。幸いな事に、まだ亡霊は現れてはいないけれど…。


「…そう言えば君は、昔からお化けがダメだったね…」


 お父様のお声が、いつもの柔らかな調子に戻る。優しく髪を撫でられ、私はほうっと息を吐いた。


「いつの間にか大きくなって、私よりもしっかりしているのに、こう言う所は小さな頃と変わらないねぇ」


 大丈夫、大丈夫と優しく繰り返すお父様の声に、私は段々と落ち着きを取り戻した。


「アメリア…」


 エリオット殿下が私に近づいてきて、ピタリと足を止めた。

 私を見て、真っ赤に顔を染めたと思ったら、バッと顔を逸らした。


「じ、侍女を呼ぶので、身支度を整えるといい」


 耳まで赤いわ。どうしたのかしら。


 叔父様がため息を吐きながら、私の頭を撫でた。


「着替えておいで。しかし殆ど露出もないのに、我が姪ながら、若者には目の毒だねぇ」



◇◇◇



 お城の侍女達に身支度を整えて貰い、驚く事に、新しいドレスまで準備してあった。

 侍女達は私のボロボロの姿を見ると、何故か皆、顔を赤くして、お身体は辛くありませんかなどと聞いてくれる。お化けがいないなら、全然大丈夫ですけど…。


「新しいドレスを着るのは申し訳ないわ。元のドレスは着られないかしら?」


 軽く湯浴みをさせてもらい、身体が温まって落ち着いた私は、真新しいドレスを手にとって困惑した。


「元のドレスをお綺麗にするのは、もう少しお時間がかかります。こちらは王太子様がアメリア様のためにご用意なさったものですので、ご遠慮はいらないかと…」


「エリオット殿下が?」


 あら。期間限定の王太子候補(仮)なのに、気前が良いのね。それとも私が見るに耐えない格好ばかりするから、見かねてドレスを用意したのかしら。


「…それなら、着ます…」


 シュンと項垂れた私に、侍女達が慌てて直ぐにドレスを綺麗にしますから!と請け負ってくれた。エリオット殿下に認められた数少ないドレスなので、是非お願いします。


 新しいドレスは、淡い紫の、シフォンを重ねたようなデザインだった。あんまりフワフワしていない、スラリとしたラインだ。


「紫…。あまり着たことのない色だけど、おかしくないかしら?」


「お、お似合いですぅっ!」


「流石、バーンスタイン伯爵家の月姫…。神々しいばかりの美しさですぅ」


「お肌もお髪も輝くように美しくて…、お世話しがいがありますっ」


 侍女達が口々に褒めてくれたので、ちょっとホッとした。褒め上手なのね。


 支度を整えてお父様達の待つ部屋に戻ると、お父様と叔父様、エリオット殿下が立ち上がって出迎えてくれた。


「アメリア…。良かった、綺麗にして貰えたね。色は気に食わないけど、よく似合っているよ」


 お父様の言葉に、自分の姿が不安になって見下ろす。やっぱり紫は似合わないのかしら。


「ああ、違うよアメリア。君に紫のドレスはよく似合っているんだけどね、そのドレスの送り主が選んだ色を纏っているのが気に食わないんだよ」


 お父様がニコニコしながらそんな事を仰る。まださっきの怒りの余韻が残っているのかしら。言葉に棘を感じるわ。


「やぁ、綺麗だねアメリア。よく似合っているよ。ドレスに執着心が篭っていて、君に纏わりついているようだ」


 叔父様が面白そうな顔をして、私のドレスを繁々と眺める。褒められて…いるのかしら?なんだか表現が怖いわ。


「アメリア…。美しいな。私の色を纏った君は、格別に美しいよ」


 エリオット殿下がフラフラとこちらに歩み寄りながら、ちょっと怖い事を仰ってるわ…。私の色って、もしかしてドレスの色のことかしら。そう言えば、殿下のアメジストの瞳と同じ色合いのドレスだわ。

 私は慌ててお父様の側に逃げた。お父様が優しく抱き止めてくれる。


「さて、エリオット殿下。歓談が弾んでこんな時間になってしまいましたが、我々はそろそろ辞去いたします。もう夜も遅い。未婚の娘がこんな時間まで王太子宮にいるなど他の貴族に知られたら、いくら父親と叔父が一緒だったからと言っても、どんな噂を立てられるか分かりません。どうか王太子宮内から噂が出ぬよう、ご配慮頂けるとありがたいですな」


 叔父様が目が全然笑っていない笑みを浮かべて言う。


「それは…」


「アメリアは婚約を解消したばかり。そんな時に王太子宮で一晩過ごしたなどと噂になれば、例え何もなくとも、彼女の名誉に傷がつきます。貴方の手が付いたと噂になって、貴方の元に嫁ぐ事になったとして、貴方はそれで宜しいんですか?そこにアメリアの気持ちはありませんよ?」


 まぁ!王太子宮で一晩過ごしたら、そんな大変なことになるなんて考えもしなかったわ。確かに、未婚の令嬢が王太子宮で一晩過ごしたら、例えそんな事実はなくても、そう思われてしまいかねないわね。


 ウンウンとお父様の陰で頷いていると、エリオット殿下が大股に近づいてきて、あら?なんだか泣きそうな顔をなさっているわ。どうしたのかしら?私がうっかり本当に王太子妃になりそうだったから、心配なさったのかしら?


「殿下、大丈夫です!父と叔父が来てくれましたもの!仕事の話をしていて滞在が伸びてしまったと言えば、誰も不審に思ったりしませんわ!私と殿下の間に、間違いがあったなどと思う方はいらっしゃらないと思います!」


 身支度を整えてくれた侍女達も口の堅そうな娘たちだったわ。王太子宮に勤める娘達ですもの、秘密は漏らさないと思うわ!


「ご安心ください!私、ちゃんとエリオット殿下が本当に愛する方を王太子妃にお迎えできるよう、ルイーザ様やジェシカ様のように、対外的な王太子妃候補の役を全うしてみせますわ!」


 そう力強く断言したら、殿下はますますガックリと項垂れてしまった。あら?どうなさったの?


「我が娘ながら、鈍くて可愛らしいね」


「無自覚にトドメを刺す所がなかなか残酷だねぇ」


 お父様と叔父様が何か仰っているけど、どう言う意味かしら?


「アメリア…。ルイーザ嬢やジェシカ嬢が言っていたのは本当だったな…。私の気持ちが全く伝わっていないとは…」


 ずいっとエリオット殿下が近づいてきたが、お父様がそれを遮った。


「今日はもう遅いので、連れて帰ります」


「頼む、バーンスタイン伯爵。話をさせてくれ」


「申し訳ありませんが、私の気持ちは陛下にお伝えした通りです。私は」


 じっとお父様が殿下を見つめる。


「アメリアを傷つけ続けた貴方を、信用できない。貴方が不用意に放った言葉で、この子がどれほど傷ついたか。貴方が貶した装飾品を、この子はその後、一度も身に着けていないことにお気づきですか?貴方の気持ちも分からないではないが、私はこの子を幸せにしてくれる方に、この子を託す義務があります」


「……」


「殿下。それではお暇致します」


 お父様は私の腕を取った。私は殿下の様子が気になったが、一礼して素直にお父様に従った。


「何度も言っているけどね、アメリア」


 お父様がいつもの、ポヤンとした表情で微笑んだ。


「君はとても美しくて、しっかり者で、私の宝物なんだよ。どんなドレスも宝石も、君を彩るためにあるんだ。だから、何も気にしないで、好きな物を身につけなさい。とても、似合っているからね」


 お父様の言葉は、いつも通りに優しいのだけど。

 今日はとても力強く、大きく包み込まれるように感じた。



◇◇◇



 それから数日、私は穏やかな日々を過ごしていた。

 エルナン国へ行くための準備を終え、たった3月の間とはいえ、家族から離れて過ごすのだ。少し寂しい気持ちになった。

 うちの領地やオースティン領に行くために何日も王都の家を空けることはあったけど、他国へ行くのはやはり違う。少し緊張していて、でも楽しみで浮き足立った気持ちになっていた。


 それでも心に影を落としていることが一つ。

 エリオット殿下のことだった。


 最後にお会いした時の、辛そうな、悲しそうなお顔。

 あんな様子は初めてで、腹黒殿下の事なのに、ちょっと心配になっていた。


 お父様や叔父様に、あの王太子宮でのことをお聞きしても、うまくはぐらかされてしまうし…。

 あと数日で旅立つ事になっているのだけど、このままお会いしないで行っても大丈夫なのかしら?

 私がいない間に、バーンスタイン家と殿下が揉めてしまわないかしら。お父様が暴走しないか心配だわ。普段穏やかな人を怒らせると恐ろしい事になると言うのは本当なのね。

 

 そんな事を悶々と考えていたら、殿下から我が家を訪問したいと言う先触れが届いた。


 届いた手紙に返事をしたため、使者に持ち帰らせたお父様は、はあぁぁぁっ、と深い溜息を吐かれた。


「お父様?どうなさったの?殿下からの使者だったのでしょう?」


 私が声を掛けると、お父様は頷いた。


「今日の午後、我が家にいらっしゃるそうだよ。急なことだが、お前もエルナン国に行くから急がれたんだろうね」


 お父様は目を潤ませて、私を抱きしめた。


「あぁ、可愛いアメリア。いつまでも私の手元で大切に守りたいと思っているのにね。そう言う訳にもいかないと分かってはいるが、いざとなると悲しいものだね。はぁぁ、お父様は辛くて死にそうだよ」


「…?私、お父様とこれからも一緒に居ますわよ?」


 たった3月の間、家を離れるだけなのに、いくらなんでも大袈裟だわ。


「本当にもう、うちの子は鈍くて可愛い」


 あー、ヤダヤダと、お父様はなかなか私を離してくださらなかった。


 それから数刻後。


「アメリア…。会ってくれてありがとう」


 きっちりと正装に身を包み、両手に溢れんばかりの赤い薔薇を抱えたエリオット殿下が、緊張した面持ちで我が家を訪れたのだ。


 

 







 



 

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[良い点] 娘を守ろうとするパパがかっこいい。 叔父様も素敵です。
[気になる点] エリオットくそやんけ
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