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おまけ 1

「まあぁ。アメリア。なんて美しいの!」


 純白のドレスに身を包んだ私を、お母様が涙を浮かべて見つめている。

 この日のために用意したマーメイドラインのドレス。お母様と王妃様と私とデザイナーで、悩みに悩んで決めたものだ。流れる様なスカートの所々に真珠があしらわれ、着るのも躊躇うぐらい美しい仕上がりとなっている。

 結い上げた銀髪には、歴代のデジェネレス王国の王太子妃が身に付けてきたティアラ。大粒の宝石をあしらったもので、デジェネレス王国の伝統を受け継ぐ重みを感じさせた。

 アメジストのイヤリングと揃いのネックレスは、エリオット殿下の瞳の色。これを身につけるたびに、殿下のお気持ちが感じられて、幸せな気持ちになった。

 

「デジェネレス王国一の美しさね。私の娘はなんて素晴らしく育ったのかしら」


 私の手を取り、優しい言葉をかけてくださるお母様。


「アメリア。本当にお嫁に行ってしまうのかい?嫌なら止めても良いんだよ?」


 涙を流しながら、何かとんでもない事を言ってらしゃるお父様。


「兄さん。流石にここまできたら、いくら兄さんの願いでも止める事は出来ないですよ。本気で止めたいなら、もうちょっと早く言ってもらわないと」


 呆れ顔の叔父様の言葉も、なんだか不穏ですわ。流石、お父様至上主義。


「君たち。漸く私とアメリアの婚儀の日を迎えたというのに、祝ってくれるのは義母上だけなのかい?」


 引き攣った顔で傍に立つエリオット殿下は、私の腰を強く抱き寄せる。離してたまるものかと言わんばかりだ。

 殿下の礼服も素晴らしい。濃い青の生地に金糸と銀糸の刺繍が映える。腰に宝剣を差した姿は、エリオット殿下のキリリとした容姿に良く似合っていた。


「エリオット殿下!わ、私の娘を、この前の様に暗い宮廷に閉じ込めて、な、泣かせたりしたら、すぐに連れて帰りますからねっ!うぅっ、あ、アメリアは、頭が良くて可愛くて優秀だけど、昔からお化けが怖くて小さな頃はよく私たちの寝室に泣きながら逃げてくる様な、繊細な子なんですっ!あ、アメリアを怖がらせたり泣かせたら、許しませんからっ!」


「大丈夫だ。夜は私が必ず側に眠る。可愛いアメリアはお化けを怖がる暇などないだろう」


 ニヤリと笑うエリオット殿下に、叔父様が「明け透けに言い過ぎですよ」と渋い顔をする。


「そうか…。エリオット殿下が夜通し側に居てくださるなら、アメリアも怖くないね…?良かった」


「まあ。アメリアが怖くて泣かないなら良かったですわ!」


 こてりとお父様が首を傾げ、納得する。お母様もふわりと微笑んで喜ぶ。


 素直に喜ぶお父様とお母様の様子を見て、エリオット殿下は顔を顰めて胸を押さえた。


「うっ。何故か胸が痛い。自分が薄汚れた存在のように感じる…」


 ポヤンマニアでない方にとって、お父様とお母様のポヤン振りは、なかなか馴染めないものよね。

 

 殿下が少し心配になって見つめていると、気を取り直した殿下が、私を見て微笑んだ。


「アメリアが怖いと言っていた王太子宮も、新しい場所に移ったからもう怖くないだろう?新妻を迎えるに相応しい宮になったからね?」


 私が以前閉じ込められた王太子宮は、老朽化が激しいとの理由で改築している。その為、王太子宮は比較的新しい反対側の宮に移された。そこに、私の部屋も用意されている。


「元々何度も改築の話が出ていたからね。面倒で後回しにしていたんだけど、アメリアが住むなら綺麗な所が良いものね?」


 そう言って、エリオット殿下は新しい王太子宮の内装を私に任せてくれた。壁紙や装飾品を選ぶのって、とっても楽しかったわ!エリオット殿下も一緒に選んでくださったし…。


「はあ。それにしてもアメリア。今日の君はいつもに増して、天使の様に美しい。私がこの日をどんな思いで待っていたか、分かっているかい?」


「アメリア様は身に染みて分かっていらっしゃると思いますよ?暴走した殿下を止めるのに、私とオリバー様がどれだけ苦労したか分かってます?」


「外野は黙っていろ!」


 私の手を握り締めつつ、エリオット殿下はアルト様に向かって叫んだ。

 うん…。エリオット殿下が、あの手この手で婚儀をなんとか早めようとしては、準備が間に合わないとアルト様と叔父様に止められていたものね。王太子の結婚が1年で準備出来たというのも奇跡だけど、それを更に早めようとするなんて、本当に無茶だと思うわ。

 それもこれも、私を早く妻にしたいからという理由だったものだから…。私が強くお止めすることが出来なくて申し訳なかったわ。アルト様や叔父様からは、私が止めるとエリオット殿下が拗ねて面倒になるから、止めないでいいと言われてしまったし。


 そんな苦労(主に、アルト様と叔父様の)も、今日でお終いだわ。

 私はエリオット殿下の手を握り返し、見慣れたアメジストの瞳を見返す。


「私も、エリオット殿下とこの日をお迎えできて、本当に嬉しいですわ。これから、朝も夜もずっと毎日一緒にいられるなんて、本当に幸せ…」


「……」


「アメリアはしっかりしているとはいえ、あの兄夫婦の娘ですからね。本質はあの二人と同じですよ?」


 何故か黙ってしまったエリオット殿下に、叔父様が真顔で仰る。


「…私は負けない。今日のために国王陛下と王妃(両親)の諫めも貴族どもの反発や横入りをねじ伏せてきたんだ。くそっ、最後の強敵が、無垢なアメリアとは…」


 エリオット殿下は何と戦ってらっしゃるのかしら?

 不思議に思って全てわかっていらっしゃるらしい叔父様を見たけど、静かに首を振られた。


「アメリア。何も聞かないでおくれ。男心と言うものは、難しいものなんだよ」


 叔父様の物々しい言葉に、アルト様が頷く。

 私は苦悩しているエリオット殿下の横で、コックリと頷いた。



◇◇◇



 大聖堂での荘厳な式の後、王都でのパレード、他国の賓客を招いた祝宴も無事に終え、エリオット殿下と私は今日からの住まいとなる王太子宮に下がる時刻となった。

 

 お父様やお母様を見送る時になって、弟のウィリアムが私が一緒に帰らないと知って、泣いて駄々をこね始めた。

 もう6歳になるのに、未だに私にベッタリの甘えん坊さんだからその反応も仕方ないけれど…。困っていたら、エリオット殿下がウィリアムを上手にあやしてくださった。何やらコソコソと内緒話をしていたと思ったら、ウィリアムが凄く喜んでコロッと機嫌を直していたわ。

 

 エリオット殿下にどうやってウィリアムの機嫌を直したのかと聞いたら、一緒に馬に乗る約束をしたのだとか。ウィリアムは最近、エリオット殿下に贈られた仔馬が大のお気に入りなのよね。殿下が「これぐらいの妨害は想定の範囲内だ」とか仰っていたけど、何の事かしら。


 王太子宮で、エリオット殿下と私は一旦別れ、寝る前の身支度をする。王太子宮付きの侍女達が待ち構えていて、湯殿へ連れて行かれ、また頭の先から足の爪先まで磨かれたわ。

 朝、式の前にもピカピカに磨かれたのだけど、こんなに徹底的にやる必要あるのかしら?侍女達のマッサージは気持ちがいいので嬉しいのだけど…。


 朝からの疲れと、侍女達の神業の様なマッサージでウトウトしていたところ、柔らかな布で体を拭われ、至福の時は終わった。半分眠った頭で言われるままに差し出された夜着に腕を通そうとして、私はピタリと動きを止めた。


 何かしら、この、余りにも頼りない薄さの布は。

 ほとんど透けていて、何も隠せそうにないけど?


 グギギと振り返ってニコラとサリナを見ると、とても申し訳無さそうな顔をした二人がいた。


「エリオット殿下から、今宵はコチラをお召しになる様にと…」


「エリオット殿下が?!」


 え?これを殿下が?聞き間違いじゃないわよね?


 私は透けた布の塊を抱えて、途方に暮れた。


「あ!そうだわ!上からガウンを!」


 透けてるなら隠せばいいわよね?我ながら名案だわ!


 ニコラとサリナがまたまた申し訳無さそうに、透けたガウンを差し出す。


 透けた夜着の上に透けたガウンを重ねて一体何を守れると言うのかしら。


「アメリア様。重ねると一応肌は隠れます…」


「…そ、そう」


 こんな布を見たのはエルナン国以来だわ。そう言えば、あの国で透けた生地のドレスを見て、叔父様が新婚夫婦の夜着だと仰っていたっけ。


 新婚夫婦。

 あら、私、エリオット殿下と婚儀を挙げたのだから、新婚夫婦だわ。

 いけない。スコンと忘れていたわ。王太子の結婚は国中を挙げての祝い事だから、ついついスケジュールをこなすことに集中してて、仕事感があったものだから。

 そうよね。王太子妃になったのだもの。そして今夜は、夫婦になって初めての…。


 私はさっと血の気が引くのを感じた。


「ニ、ニコラ…、サリナ…」


「はい?どうなさいました、アメリア様!急にお顔の色が!」


「ご気分でも悪いのですか?」


 ニコラとサリナの心配そうな様子に、私は泣きそうな声を上げる。


「大変!私、忘れていたわ!今夜は初夜ではなくて?!」


「わ、忘れていたんですか…?」


「え?本気ですか、アメリア様。エリオット殿下があんっなに楽しみにしていたのに?」


 ニコラとサリナが、信じられないという顔をしている。


「ど、どうしましょう!私、支度が何も…」


「頭の先から爪先まで念入りに磨いてございます。相応しい夜着も、心地よい寝所も、お酒と軽食も、全て整っております」


「でも、でも、どうしたらいいか分からないわよ?」


「アメリア様は何もなさる必要はございません。後は殿方にお任せするだけです。必要なのはお覚悟一つ!」


「アメリア様らしいと言えばらしいですが、流石に先程の発言は、エリオット殿下がお気の毒過ぎます。ほんっとうに楽しみになさってたんですよ?」


 ニコラとサリナにさっさと夜着を着せられ、あれよあれよと言う間に、寝所に連れて行かれた。


 寝所のドアの前で、私はふうっとため息を吐く。


 ま、まあ。ドキドキするけど、今夜を乗り切れば明日からはエリオット殿下と一緒に7日間の休暇の予定だ。

 結婚式の準備だとか、王太子妃教育とか、オースティン領やバーンスタイン領の仕事の引き継ぎとか、この一年休む間もなく働いてきたんだもの。


 それにしても、未だに信じられないわ。あのルイス様がオースティン領のことを貪欲に学び、積極的に仕事をするようになるなんて。まるで憑き物が落ちたように落ち着いて、そして仕事に対して情熱的になられたわ。お陰でオースティン領の事は、オースティン伯爵やルイス様にお任せすることができるようになって、大分仕事が楽になったのだけど。

 

 そのお陰もあって、明日からの休暇をたっぷり満喫出来そう。エリオット殿下とお忍びで王都を歩くのもいいし、景観が素晴らしいと評判の湖を散策したり出来るかもしれない。


 夢のような休暇の予定を考えながら、私は寝所のドアを開けた。待っていて下さった殿下のアメジストの瞳が、私を優しく迎え入れる。

 

 この時、私は想像もしていなかった。

 まさか7日間の休暇を丸々、この王太子宮の寝所で過ごすことになるなんて。



◇◇◇



「アメリア…」


 何度目かのエリオット殿下の呼びかけにも応じずに、私は寝具に包まり沈黙を貫いた。


「アメリア、その、ごめん…」


 殿下の謝罪の言葉に、私はガバリと起き上がった。


「あ、あんまりです!7日もお休みがあったのに、ずっと寝所に篭りきりだったなんて!」


 7日なんて、あっという間だったわ!怒涛すぎて、起きてる間は朝なのか昼なのか夜なのか分からなかったわよ?

 それで明日から公務再開って、酷過ぎませんこと?


 睨む私に、殿下はゴホンと咳払いをする。


「いや…。後継を儲けるのも王太子妃の大事な仕事だしな…」


「仕事と仰るなら、休暇の間はご遠慮頂きたかったですわ!」


「すまない!仕事だなんてそんな事思ってない。ずっと我慢していて、君が可愛過ぎて歯止めがきかなかった。反省している。この埋め合わせは必ずする」


 殿下に抱き締められ、真摯な目で見つめられると、怒りがシュルシュルと小さくなっていく。

 それでも楽しみにしていた分、気持ちが晴れず、私はシュンと項垂れた。


「殿下とお忍びで王都を歩きたかったのです」


「休日は大広場に屋台が出るらしいな。行儀が悪いが食べ歩きをしてみよう」


「湖も散策したかった…」


「春の美しさは格別だと聞く。必ず今年の春の間に行こう」


「ウィリアムと馬に乗る約束もしていましたわ」


「初めて出来た義弟だ。約束を違えたりはしない」


 誠意のこもった殿下のお言葉に、私はため息を吐く。


「必ず叶えてくださいませ」


「勿論だ、私の最愛。君の願いを叶える楽しみを与えてくれてありがとう」


 ニコリと嬉しそうな笑みを浮かべ、私に口付けるエリオット殿下。

 こんなことされたら、許さずにいられないじゃないの。もうっ。

 あっさりと殿下に丸め込まれたような気がして悔しいけど、約束を違える方ではないし、真摯に謝ってくださったのだから、私も機嫌を直さなくてはね。


 そうして、無事に殿下と仲直りをして7日振りに寝所を出たのだけど…。


 陛下と王妃様の呆れた顔と、侍女達の赤い顔と、アルト様の死んだような目と、叔父様の生温い笑顔と、お父様とお母様の邪気のない笑顔に出迎えられ、死ぬほど恥ずかしい気持ちになり、殿下への怒りが再燃した。

 

 もう二度と、休暇を丸々寝所で過ごすなんて事、しませんからねっ!




 

すみません。ご指摘があり、弟ウィリアム君の年齢を修正しています。


そしてもう1話、追加になりそうです。


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― 新着の感想 ―
[良い点] これ一生言われるやつですな…まぁ諦めるしかない(笑)。 叔父が長年兄夫婦に激萌えしていることもよくわかりました。経験値高そう…(楽しい)苦労してるんだろうな… [一言] 楽しく読みました!…
[良い点] 楽しく読ませていただきました! 王太子ムリだわ隣国への留学で新しいヒーロー出てこないかなとコッソリ思ってましたが(笑) アメリアも心の中では王太子を気に入ってたんでしょうね〜 「似合わな…
[一言] ポリネシアンかな・・・? こりゃ一発命中不可避ですねぇ(生暖かい目つき)
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